2日目・森林①
***
「恐ろしいな……」
沈みゆく意識の底で、男の掠れた呟きが聞こえた。
それは恐怖ではなく、どこか心震えるような、歓喜に近い響きを帯びて。
「この【能力】なら……ようやく、俺を殺せるかもしれない」
切実に、喉から手が出るほどに死を欲する、救いのない祈り。それが俺の耳に残った最後の記憶だった。
***
「……ッハ!」
肺に冷たい空気を叩き込み、俺は勢いよく上体を起こした。
視界が揺れる。辺りはすでに深い闇に包まれていた。
そこは森林の中の小さな更地だった。中心ではキャンプファイヤーが赤々とした舌を伸ばし、爆ぜる火の粉が夜の静寂を切り裂いている。
火を挟んだ対面に、あの男がいた。
痩せこけた体躯、無精髭に覆われた顎のライン。全身を塗りつぶすような黒いコートを纏い、全てに絶望したような、底の知れない瞳が俺を射抜いている。
「……ようやく目覚めたか」
「ここは……どこです!? あの、カルムさんは、一体……!」
「落ち着け。少しずつ話そう。ここは【安全地帯】だからな」
男は取り乱す様子もなく、水の入ったカップを傾けた。その所作一つひとつに、長い年月を諦念とともに生きてきたような重みがある。
「俺の名前はアドミラグだ。君は――龍王坂健だね。この【遊戯】の招待状に、そう記されていた」
招待状。
数週間前、ポストに投げ込まれていた薄汚れた封筒を思い出す。悪質な悪戯だと思って中身も見ずに捨てたはずだ。だが、あれがすべての引き金だったというのか。
「もう理解していると思うが、これは夢でも幻覚でもない。残酷な現実だ。ここでの死は、現実世界での死を意味する」
――死。
突きつけられた非日常のワードに、俺は膝の上で拳を握りしめた。
なぜ俺が。なぜこんな理不尽に命を晒されなければならない。
「知っての通り、このゲームには人を殺す【災い】と呼ばれる魔物や、参加者を殺して効率的に勝ち上がろうとするカルム・アルビダのような手合いが跋扈している。……君は、殺されかけたんだ」
そうか、あの人は、本気で俺の命を奪おうとしていたのか。
頭をよぎるのは、あの忌々しい【総則】に記された【願い】という項目。参加者は皆、それを叶えるために狂気に身を浸しているというのか。
「君が無事に現実世界へ戻るためには、七日以内に【迷宮】へ潜り、【災い】の本体を討伐して生き残る必要がある。幸い、おそらくこれが最終戦だ。それさえ終わらせれば、君はすぐに解放される」
アドミラグは静かに続けた。だが、その言葉に安堵はなかった。
俺は、自分の運命が、得体の知れないシステムに弄ばれている事実に震えた。
「しかし……だ。俺は、その結末を阻止したい」
「……え?」
アドミラグは、ごく当たり前の日常報告をするかのような淡々とした口調で告げた。
だが、その内容はあまりに破綻していた。
「いや、ちょっと待ってください。本体を倒さないと、俺たちは死ぬんですよね? それを阻止するって、どういう……」
「……俺は、死を渇望している。しかし、俺の【能力】――【不死】がそれを邪魔するんだ。ならば、俺はこのゲームのシステムそのものに殺してもらうしかない」
「そんなの――」
言葉が、怒りとなって喉を突き上げた。
「あなたの勝手な事情で、他の人間まで道連れにするつもりですか!? 俺には戻らなきゃいけない日常があるんだ。一秒でも早く、ここから出なきゃならないんだよ!」
激昂する俺を、アドミラグは表情一つ変えずに見つめていた。その冷徹な静寂が、余計に俺を焦らせる。
「……ああ、君の言い分はもっともだ。だが、俺ももう、これしか手段がない。いや、一つだけ。一つだけだが、これを回避する方法がある」
俺は、弾かれたように顔を上げた。
火に照らされた彼の顔を、ようやく正面から見た気がした。
「俺が立てた仮説だが、この【不死】はおそらく、身体のどこか一部さえ残っていれば成立してしまう。そして現実世界では、肉体を塵も残さず葬り去ることなど不可能だ。……だが」
アドミラグは言葉を切り、重い沈黙を挟んだ。
そして、獲物を定めるような鋭い視線で俺を見つめる。
「あのカルム・アルビダを退散させた、君の圧倒的な火力をもってすれば……俺という存在を、根源から焼き尽くすことも可能だと思っている」
「俺の、火力……?」
脳裏に、あの胡散臭い【神】を自称する声が蘇る。
――『君の能力は、【火】だ』
「君の【能力】は、正しく扱いを学べば、この世界で最強の矛になる。だから、頼みがある」
アドミラグはカップを置き、俺に向かって深々と、だが威圧的に告げた。
「俺が君を、このゲームを生き残れるほどのプレイヤーに鍛え上げよう。その代わり、準備が整ったその時は……。君の手で、俺を殺してくれないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます