断章 【神】②
***
「……死んだか」
唇から零れたのは、祈りでも嘆きでもなく、単なる事実の確認だった。
一つの結末が確定した。予定調和と言ってもいい。
ただ、私を僅かに落胆させたのは、彼女……いや、彼だったか――その生死などどちらでもいいことだが、私の目に留まった「その個体」の終焉が、あまりに凡庸で、何の興趣も削がれるものだったということだ。
私は手にしていた蒼い装丁の厚い本を、音もなく本棚の隙間へと戻した。
「――やはり、【日記】などは読むべきではないな。他者の人生など、これほどまでに退屈なものか」
そのとき、背後の空間が歪み、どろりとした【沼】が床を侵食するように蠢き始めた。
次元の裂け目から這い出してきた影を、私は見知っていた。
「……お前か。【災禍の子】ムダミラ」
「おはようございます、お父様」
ムダミラは床に膝をつき、恭しく頭を垂れた。
地に伏したまま、決して視線を上げようとしないその歪な忠誠心に、私は言いようのない不快感――あるいは、定義不能な曖昧な苛立ちを覚えた。
「困るな、ムダミラ。進行中の【遊戯】を放棄してまで、この【宮殿】へ戻ってくるとは……」
「いえ、しかし――私には、お伝えせねばならぬことが……」
「ムダミラ!!」
私の怒声が、静謐な書斎を震わせた。
このなり損ないは、私の意図を何一つとして理解していない。
「……即刻、戻れ。二度は言わん」
「……御意。申し訳ございませんでした、お父様」
絞り出すような謝罪を最後に、ムダミラは再び【沼】の深淵へとその身を沈め、消え去った。
「文々悠里……か。妙に耳に残る名だな」
私は【沼】の魔力によって構成された、巨大な揺らめく画面へと向き直る。
そこに映し出される【遊戯】の凄惨な中継を眺めながら、ふと、記憶の片隅に引っかかっていた泥を思い出した。
「ああ、そうだ。先ほど死んだ人間の名は――……何と言ったかな」
思い出そうとして、止めた。
「特別」を自称し、醜くあがきながら消えていった、あの救いようのないクズの名など。
もはや、記録に留める価値すら残っていない。
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