幼馴染の前世、なーんだ!?

 ところで、鏡に写った水兎の前世(自称)には既視感があった。

 細い目に、微かに口角の上がった唇。

 アハ体験のように、正解が頭の中に浮かび上がる。

 活動家として世界中を飛び回ってボランティアをしていた佐渡さど冬尊とうそんという人物だ。

 社会科の教科書に掲載されていた肖像にくだらない落書きをしたので覚えていた。

 ちなみに、その落書きというのはおでこのあたりに漢字を書くという、ありきたりで本当にくだらないものだ。

 そんな黒歴史はさておいて、記憶が定かではないが、亡くなったのは二〇〇九年前後、少なくとも俺達が産まれる前にはこの世を去っているので、生まれ変わっていても矛盾は生じない。

 生じていない方が良かったのだが。


「見ての通り、佐渡冬尊というしがない活動家よ」

「冗談だろ。これはパーティグッズの一種で、予め登録されている動物や人物がランダムで表示されてるだけだ。変顔でもすれば、ヘラジカから牛にでもなるんじゃないか」


 恥を捨てて、鏡の前で顔を粘土のように歪める。

 しかし、ヘラジカが口を開けたり目を見開いたりするだけで、他の動物に変化することはない。

 加工アプリであれば、顔で個人を識別して表示されるものを変えるというのが定番なのだが、どうも違うらしい。

 段々、自分の代わりに写っているヘラジカが腹立たしくなってきた。


「これは正真正銘前世を写す鏡、どう頑張ってもヘラジカにしかならないわ。諦めなさい」


 変顔を辞めたが、決して水兎の言葉に屈したからではない。

 彼女が佐渡冬尊の生まれ変わりだとすると、海外の伝統文化に造詣が深い理由付けとしては十分だ。

 生まれながら全てが完璧な美少女という不条理を受け入れるか、転生というオカルトを受け入れるかの二択。

 だが、人間とは当然ながら、都合の良いものを信じる生き物。

 中身が純正の女の子か、おっさんかという設問に置き換えれば、答えは明白である。


「こんな胡散臭くて古臭い鏡、証拠にはならない。そうか、お前の目論見が分かったぜ。念入りに用意した嘘なら馬鹿を騙せる説っていうドッキリなんだろ」


 そもそも、スピリチュアル的概念を証明するものが、原理の分からないスピリチュアルアイテムというのがおかしい話だ。

 流れで騙されかけたが、そうは問屋が卸さない。

 甘く見られたが、俺もそこまで馬鹿ではない。


「あら、まだ信じられないようね。じゃあ、一番の証拠を見せてあげるわ。まず、あなたは愛の告白だと思ってここにきた。合っているかしら。どうやら、合ってるみたいね。甘いわよ、若造が」

「ひッ」


 突然の豹変、ドスの利いた声に飛び上がる。

 その筋の人と遜色ない気迫を帯びた水兎の顔は初めて見るものだった。


「予め言っておくけれど、私は男も女もいけるわ。でも、告白も自分から出来ないような腑抜けた男に抱かれるなんて死んでもごめんよ」


 言葉が矢の如く、耳を突き抜けていく。

 体育館から絶え間なく聞こえてくるシューズが床に擦れる音と共に。

 確かにお年寄りが言いそうなことだ。

 胡散臭い鏡よりも、説得力がある。

 一番の証拠とは、実年齢七十七歳の貫禄か。


 なんて、平気そうに振舞っているが心はボロボロだ。

 幼馴染の中身がお爺さんだという証拠を突きつけられ、自分の性格を酷評されて、まるで死体撃ちだ。

 俺はシナシナになったニラのように、地面に浸りこんでいた。

 だが、水兎はまだ気が済んでいないようで、何か念仏のような説教を唱えている。


「欲しいものがあるならそれ相当の努力をしなさい。私は美少女に転生するという目的の為に、徳を積んだ。そして、その努力が報われた」

「本当なら、動機が最低だな。不純極まりないッ」


 説教に紛れ込んだ水兎の衝撃的な告白パート2によって、俺の意識は呼び戻される。

 まさか、慈善活動の裏に女体化願望があったとは誰も思うまい。


「そうかもしれないわ。でも、私なりに誠意をもって世界中の人に寄り添ってきたつもりよ」


 しみじみと思い出を語るように、空を見上げる。

 世界中にいるであろう佐渡冬尊に救われた人々が不憫だ。

 そして、下心の為に徳を積んだ水兎もとい元・佐渡冬尊の執念が恐ろしい。

 すっかり得体の知れない人間となった水兎に怖気付いていたが、それすらも許してはくれなかった。


「最後に。証拠を見せる為とは言え、お年寄りっぽく振舞ったけど、これからも変わらぬご愛顧を。な?」


 耳元で囁いて、こちらへ笑いかける。

 見慣れた小悪魔的な笑顔には違いないが、年長者の威圧感が混じっている。

 子どもの頃、ハンバーグの中に、苦手なきのこを入れられて泣き喚いたことがあったが、それと同等の意地悪なカモフラージュだ。

 水兎の形をした着ぐるみの中から、佐渡冬尊が顔を出して笑いかけているように見えた。


「ひ、ひ、ひぃぃぃぃ!」


 物心がついた時から想い続けていた相手が爺さんだった。

 それだけが真っ白になった頭の中にはあって、当分叫ぶことしか出来なかった。

 想い出の中の水兎がすべて佐渡冬尊に置き換わる。

 入学式、校門の前で恥ずかしそうに顔赤らめる俺の横に佐渡冬尊。

 バレンタイン、チョコレートを貰って有頂天になっている俺の前で笑う佐渡冬尊。

 走馬灯のように修正された情景の数々がフラッシュバックして悶絶する。

 しかし、この時の俺は知らない。

 この告白が、転生という理に翻弄される俺物語の序章に過ぎないことを━━━━

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