第18話
今日は、ばあちゃんの秘書さんが来る日だ。
リビングでは、トーコとシズちゃんがお茶の準備や部屋の片づけをテキパキ手伝ってくれていた。
「先輩、秘書さんってどんな人なんですか?」
「俺が大学の頃にあいさつしたときは、50代くらいのおじさんだったな。
春海さんって人で……優しそうな人だったよ」
「ずっとその方が秘書を?」
「そうだな。ばあちゃんにだいぶ前に聞いた話だと、先代から藤原家の秘書は春海家が担当してたみたいだ」
「桜おばあちゃんの秘書って……絶対すごい人ですよね」
「ばあちゃんが“仕事できる秘書”って言ってたから、かなり優秀だろうな」
そんな会話をしていたとき――
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
俺がドアに向かうと、トーコとシズちゃんも後ろにぴたっとついてくる。
軽く背筋を伸ばし、ドアノブを回した。
「お越しいただいてありがとうございま……す?」
言葉が途中で止まった。
立っていたのは――中学生くらいにしか見えない、小柄な美少女。
黒髪を綺麗にまとめ、濃紺のビジネススーツを完璧に着こなしている。
どこかで見た顔……いや、絶対に見覚えがある。
「15年ぶりかしら。大きくなったね、ハルちゃん」
「……え? あれ、もしかして……りんねぇ?」
「やっと気づいた?」
懐かしい笑みを浮かべながら、彼女は腰に手をあてた。
「な、なんでりんねぇがここに!? え、秘書だった春海さんは……?」
「パパなら2年前に秘書引退したわよ。今は――私、春海りんが桜さんの秘書なの。よろしくね」
キラリと光る名刺入れから名刺を渡される。
俺は完全に呆然、トーコとシズちゃんは ぽかんと口を開けている。
「とりあえず入らせてもらうわ」
りんねぇは昔と変わらないキリッとした顔で、玄関で靴を脱ぐとリビングへ向かった。
◆
「はじめまして。
「はじめまして。篠原
「藤原ホールディングス会長秘書、
差し出された名刺には――
『藤原ホールディングス株式会社 会長秘書/税理士 春海 りん』
……さらっと書いてあるが、肩書きが重い。りんねぇは俺の2つ上だから、まだ27歳のはずだ。
「りんねぇ……税理士になってたのか」
「そうよ。中高一貫校から大学に進学して税理士法人に就職してたのよ。
ハルちゃん、私が秘書やってるの知らなかったの?」
「大学に進学したとは聞いていたけど、そもそも……会うのも15年ぶりだから……」
「確かにそうね」
りんねぇはくすっと笑う。
俺が子どもの頃、この弁天島のマンションにじいちゃんとばあちゃんが住んでいて、夏休みに遊びに来たときには、りんねぇがよく遊んでくれた。
お姉ちゃんという感じで、俺はりんねぇと呼んでいた。
トーコが感嘆の声を上げた。
「すごい……綺麗なのに頭もいい! りんさん、かっこいいです……!」
シズちゃんは身を乗り出す。
「りん先生、私、確定申告が毎年地獄なので……優しく教えてください……!」
急に2人から迫られ、りんねぇは困ったように俺の方を見る。
「ハルちゃん……この2人、初対面なのに近くない?」
「トーコ、シズちゃん。いったん落ち着こう」
「はーい♡先輩」
「はい、
身を乗り出してた2人は席に座りなおす。
りんねぇはタブレットを取り出し、姿勢を正して俺の方を見る。
「今日は、“1億円を3億円に増やす計画”を聞きに来たの。何か考えてることはある?」
「ある。トーコとシズちゃんと相談して、Vtuber事務所を立ち上げて収益化したいと思ってる」
「桜さんからトーコとシズちゃんがVtuberということは聞いてるわ。二人は個人で成功してるけど――ハルちゃんが事務所としての利益を出せなきゃダメよ?」
「わかってる。事務所に所属することで、所属Vtuberがもっと稼げるようにならないと、意味ないからな」
りんねぇは満足げに頷き、続けて質問した。
「……で、最初に必要な費用は?」
「事務所の賃料、グッズ制作費、編集の外注費かな」
「事務所については、駅前に桜さんがオーナーの商業ビルがあるわよ。明日にでも案内するわ」
「そんなビルがあるのか……さすが、りんねぇ。助かる」
「秘書として当然よ」
トーコが嬉しそうに手を上げた。
「りんさん、このあとお昼ご飯食べるんですけど……お時間あれば、よかったら一緒にどうですか?」
「そんな悪いわよ……」
「4人分も5人分も作るの変わらないです!」
「私もお話したいです、りん先生」
「……ああもう、ハルちゃんの周りは相変わらず押しが強い人が多いわね。食べていくわ」
◆
キッチンから聞こえる軽快な調理音。
俺は配信部屋を案内しながら小学生の頃の思い出話や、トーコ・シズとの出会いを語った。
「ごはんできたよ〜! 今日は、なつかしさいっぱいのナポリタン!」
テーブルに置かれた皿から、甘く香ばしいケチャップの香りがふわっと広がる。
「うまそうだな。さっそくいただくとするか」
「トーコちゃんいただきます」
「トーコちゃんいただくわね」
「どうぞ、おかわりもありますので」
ひと口食べた瞬間、りんねぇが目を細めた。
「……ふしぎ。ナポリタンって、なんでこんなに懐かしい味がするのかしら」
「じいちゃんが作ってくれた焼きそば思い出すな」
「バーベキューのね。ハルちゃん、あれ必ずおかわりしてた」
「ナポリタン食べてるのに焼きそば思い出すの?」
とトーコが笑う。
シズちゃんも隣で微笑んでいる。
温かくて、柔らかい空気。
この部屋が“家族みたいな空間”になっていくのを感じる。
◆
みんなでナポリタンを堪能し、トーコとシズちゃんはキッチンで食器を洗っていて、りんねぇと俺はコーヒーを飲んでいた。
食後の余韻に包まれながら、俺はふと思う。
――じいちゃんとばあちゃんの周りには、昔から“いい人”が集まっていた。
そして今、俺の周りにもまた、こんなふうに集まってくれている。
りんねぇは、ゆったりとコーヒーを飲みながら言う。
「ハルちゃん。ちゃんと3億、達成しなさいよ。……あたしも全力で手伝うから」
「……頼りにしてる。りんねぇ」
その言葉に、りんねぇは子どもの頃と同じ、すこし照れた笑顔を返した。
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