えっ? 最強付与術師の俺を追放ですか!?~万能スキル【オールインワン】(スキル発動時、(前略)(中略)(後略)する。)の効果が難解すぎて誰も理解できないんだが~
西園寺兼続
前編
俺たちがいつものダンジョン探索を終え、酒場で打ち上げを始めようとしていた時のことだった。
「付与術師スタック! お前をこのパーティから追放する!」
パーティメンバーが席に着くなり、勢いよく椅子を蹴って宣告したのはリーダーの勇者ジェイド。いつもは希少な職業である勇者の権威を笠に着て、パーティの女性陣に良い恰好をしようと気取ってたイケメンだ。そんな彼が何やらひどく神妙な面構えをしているんだから、こりゃ大変なことだ。
「……ええっと、ジェイド。とりあえず、順序立てて説明してくれないか」
俺はとりあえずそう言って、ジェイドを座らせようとした。
いや、リーダーが何か大変な問題を今まで抱えて来たんだろうなってのは察せられるよ? 「いよいよ腹に据えかねた」ってツラしてるもん。 でも俺の方がもっと大変だよ? 今まさに追放されようとしてる付与術師スタックって俺だもん。
「言っておくがスタック、これはお前以外のパーティメンバー全員で協議した結果だ。何を弁解されても聞くつもりはないからな!」
えっ? えっ? もう俺以外の全員とは話済んでるの?
俺は円卓に着く他の仲間たちを見渡した。
机に頬杖をつき、怠そうに長い金髪を弄ってる女は魔術師のロザリー。ジェイドの彼女で、ジェイドの探索方針に意見しているのは見たことがない。
気まずそうな表情でジェイドをチラチラ見ている巨漢は戦士のドニー。ジェイドの幼馴染らしいが、舎弟みたいな感じで逆らえないようだ。
俺たちの話題には興味無さそうに経典を読みふけっているのは、僧侶のリンデ。一番新入りのメンバーで、そつなく仕事をこなすけど冷淡な子だ。なぜか俺には当たりが強い。
既にガッツリ逆風を感じながら、それでも俺は弁解することにした。いきなり首にされる謂れはないからな。
「ここ半年間、5人で上手くやってきたじゃないか。勇者ジェイド、魔術師ロザリー、戦士ドニー、僧侶リンデ、そして俺、付与術師のスタックでさ」
勇者が近接攻撃、戦士がメイン盾、魔術師が魔法攻撃、僧侶が回復、付与術師が支援。これは冒険者にとって、非常にバランスのいいパーティ構成だ。希少な勇者であるジェイドの実力はもちろん、他の皆も粒ぞろいだ。自慢じゃないが、俺だってこの職業じゃトップクラスの付与スキルを扱える。
「そうだな。俺たちはこの都市じゃ一番の冒険者パーティだろう。今挑んでるダンジョンの階層ボス『最後の不死隊』も、俺たちの手で倒せるだろうさ」
『最後の不死隊』はダンジョンの一階層を根城にする凶悪なアンデッド軍団で、街の領主様からは金貨500枚の懸賞が掛けられている。討伐に成功すれば当面不自由なく暮らせるし、より上級の装備を整えたり更なる高難度のダンジョンに挑む足がかりにもなる。
既に事前偵察は済ませており、俺の作戦立案によって撃破の算段も立てていた。それで明日そのボスとの決戦に挑むということもあり、今日の打ち上げは決起集会の側面もあったのだが……。
だが、とジェイドは卓を両手で叩いた。
「スタック、お前の付与スキルは俺たちには不要なんだよ」
「そ……そんな、なんでだよ! あれだけダンジョン探索に貢献してきたじゃないか……」
「なぜ、だと? ふん……」
ジェイドは忌々しげに俺を睨むと、一度席に腰を下ろした。だがそれは俺の今までの献身を認めてくれたからではなかった。
「それはな、お前の付与スキルが意味不明だからだ」
俺のスキルが、意味、不明……?
「それって、俺の付与スキルが意味不明なくらい強すぎってことだよな?」
「言葉通りの意味だよ!」
どうしてかジェイドは頭を抱えてしまった。
でも、俺はきちんと仕事をこなしてきた。ちゃんと自分の有用性をアピールすれば、皆分かってくれるはずだ。
「落ち着いて聞いてくれ。もう一度俺の付与スキルについて説明するから、それで考えを改めてくれたら嬉しい」
俺は喉を潤すため、手元の盃に入ったブドウ酒をさっと呑み干し、それから説明を始めた。
「俺の付与スキル【オールインワン】はスキル発動時、自分以外の味方全員に15スタックの【神授の英雄】状態(固有バフ・解除不可)を付与する。【神授の英雄】状態の味方の攻撃力、防御力、魔法攻撃力、魔法防御力、装備によるステータス補正+100%。攻撃時、敵への状態異常付与率+50%。【神授の英雄】の各スタックは独立して戦闘終了まで継続し、味方アクティブスキルの発動によってのみ消費される。戦闘中に効果対象のいずれか1人以上のスタック数が0になった時、このスキルを自動で再発動する。また2回目以降の【オールインワン】発動時、それまでに味方が消費した【神授の英雄】スタックに応じて各5%の≪力戦≫(与ダメージ上昇・最大15回まで)と≪堅城≫(被ダメージ減少・最大15回まで)を獲得する。
【神授の英雄】状態の味方が物理攻撃スキルを発動する際、【神授の英雄】を1スタック消費して1スタックの【聖なる戦い】状態(固有バフ・解除不可)を発動。【聖なる戦い】状態の味方は即座に≪魔族特効≫(パッシブスキル・敵〔魔族〕に対する攻撃時のダメージ計算係数1.5倍)を発動し、攻撃対象を〔魔族〕とみなす。また、【聖なる戦い】状態の味方のクラスが〔勇者〕だった場合、≪魔族特効≫の代わりに≪眠れる退魔の血脈≫(パッシブスキル・敵〔魔族〕に対する攻撃時のダメージ計算係数2.0倍)を発動する。さらに物理攻撃が敵に命中した際、攻撃力175%の聖属性ダメージを追加で与え、対象がアンデッド系の場合は敵の防御力を半減させたうえでダメージを与える。この聖属性ダメージは1回の追撃とみなされる。
【神授の英雄】状態の味方が魔法攻撃スキルを使用する際、【神授の英雄】を1スタック消費して1スタックの【至高の叡智】状態(固有バフ・解除不可)を発動。【至高の叡智】状態の味方は即座に各1スタックの≪フォーカス≫(魔法バフ・詠唱速度を大幅に短縮)と≪リキャスト≫(魔法バフ・同一の魔法をもう一度発動する≫と≪最適化≫(魔法バフ・詠唱の魔力消費を半減させる)を獲得する。また、【至高の叡智】状態の魔法攻撃が敵に命中した時、魔法属性を敵の弱点属性とみなし、さらに弱点特効効果を通常の2.0倍まで上昇させたうえで攻撃する。
【神授の英雄】状態の味方が防御スキルを発動した際、【神授の英雄】を1スタック消費して【鉄壁の守り】状態(固有バフ・解除不可)を発動。【鉄壁の守り】状態の味方は即座に防御力150%分の≪シールド≫(防御バフ・ダメージを受けた際に優先的に消費される・累積可)と効果時間180秒の≪挑発≫(防御バフ・敵に狙われやすくなる)を獲得。また、【鉄壁の守り】状態の味方が敵に攻撃された時、≪カウンター≫(パッシブスキル・ダメージを与えた敵に自身の攻撃力100%の攻撃で敵に反撃する)を発動する。さらに、【鉄壁の守り】状態の味方が盾を装備している場合、≪パリィ≫(パッシブスキル・物理攻撃を一定確率で無効化する)の発動率が150%に上昇する。
【神授の英雄】状態の味方が回復魔法スキルを使用する際、【神授の英雄】を1スタック消費して1スタックの【慈愛の導き】状態を付与する。【慈愛の導き】状態の味方は味方を治療する際、魔法攻撃力を200%まで上昇させたうえで治療する。超過回復分は同量の≪シールド≫に変換され、この効果によって発生した≪シールド≫の保有者は治療者の魔法防御力75%分の≪加護≫(防御力と魔法防御力が効果値分上昇)を獲得する。また、【慈愛の導き】状態の味方に治療された味方はその戦闘中、状態異常とデバフを無効化する。
……ってところだな」
喋り終えた時、酒場は静まり返っていた。ジェイドたちはなぜか沈痛な面持ちをしているし、他の客たちも胡乱な目を俺に向けている。
なんだ? 俺、また何かやっちゃいました?
「……スタック君さ」
こめかみを揉んで黙り込むジェイドに代わり、戦士ドニーが言い辛そうに切り出した。
「僕たち、スタック君の言ってること、ぜんぜんわかんないんだよ」
「は?」
「いや……加算? 倍率? がどうとか、状態を獲得? とか……小難しすぎてサッパリだよぉ」
「……は?」
おいおいマジで言ってんのかこいつ。いくら義務教育が普及していないトゲトゲ肩パッド万歳モンキーワールドだからって、冒険者なら誰しもがお世話になる【スキル】に対して「わかんない」はないだろ?
「い、いや、ドニーが防御スキルを使うのと同じように、俺は付与スキルを使って戦いに貢献してるってだけだよ。そんなに難しいことじゃないよな?」
「うぅん……でも、僕の持ってる防御スキル【シールドバッシュ】はただ盾で敵を殴るだけで、こんなにめんどくさくないんだよ」
「いやいや! ドニーだって、内部的には結構高度なことをやってるだろ!? 【シールドバッシュ】の判定発生時に3秒間≪スーパーアーマー≫状態を獲得して体幹ゲージを全回復してるし、判定終了まで正面120°からの物理被ダメージを80%カットしてるし、隠し属性として【重打】属性が付与されてるからモンスターの頭に命中した時は低確率の≪スタン≫判定が行われてるじゃないか! てか俺の【オールインワン】の状態異常付与率上昇効果がちゃんと適用されてるからドニーの攻撃でよく敵が怯んでるんだからな!?」
「それだよ、僕がわかんないって言ってるのは……スキルって普通、もっと簡単だろ? ほら、ジェイドのスキル【聖剣】は光属性をまとった斬撃で、ロザリーのスキル【火球】は火属性の魔法攻撃で、って具合にさ」
押し黙ってしまったジェイドに代わり、ドニーがやんわりと俺を諭すように言う。いやいや、諭してんの俺だからね?
「で、でも、こうして言葉は通じてるわけだしさ。頑張れば俺の言ってること理解できるよね?」
「う~ん、なぁんかスタック君のスキル説明、目が滑る? じゃないけど、耳を素通りしちゃって頭に残らないんだよな~」
たはーと愛想笑いでお茶を濁すドニー。くそ、知的レベルが違うとここまで話が通じないのかよ。ジェイドとドニーは同じ田舎の出身でちゃんとした学校教育を受けていないとは聞いていたが、これほどとは……。
「じゃ、じゃあロザリー! ロザリーなら俺の付与スキルの素晴らしさ、分かってくれるよな!?」
ロザリーは王都の魔法大学出身のエリートだ。いくら彼氏の職業のレア度くらいしか興味のない女だからって、スキルの有用性を誤認するような奴ではないはず。
が、期待のロザリーは俺をひと睨みするなり、「きも」とシンプルに火力の高い前口上を述べた。
「あのさぁスタック。あたし、あんたの付与スキルで自分の魔法が変な感じになるのずっと嫌だったんだよね」
「……はぁあ!?」
国の最高学府で学問を修めた人間が、言うに事欠いて「変な感じ」「嫌」だとぉ!? それってあなたの感想ですよね!?
「いや、だってさぁ? あたしは精神統制のために正式詠唱する派なのに、勝手に舌が動いてめちゃ早口で時短しちゃうし? 魔法撃った直後に勝手に同じ魔法もう一回撃っちゃうし? なんかあんたの付与スキルに自分の身体操られてるみたいでかなりキモいし邪魔なんだよね」
「で、でもそれってあなたの感想ですよね? 俺の付与スキルがあなたの魔法を邪魔してるってなんかそういうデータあるんですか?」
「これ魔法大学では常識なんだけど、魔法を扱うには術師の感情とか肌感覚が重要なのよ。てか人の気持ちを蔑ろにする人とパーティ組むとかマジ無理だから。はい論破」
「……」
……論破されたんじゃないからな。ロザリーに期待したのが間違いだった。
思えばこいつ、ここの酒場で意気投合したジェイドとドニーと俺の3人でパーティ旗揚げした頃にいきなり加入してきたんだよな。ジェイドが自分の職業は〔勇者〕だって話してたら物凄い勢いで擦り寄ってきたもんな。ほんと浅ましい奴だよ。常にジェイドにばっかり色目使いやがって。結局、冒険者パーティに異性漁りが転がり込むとろくなことにならないんだよ。恋愛脳は婚活パーティでもやってろ。
それに比べたら、超絶ドライな僧侶のリンデはまだマシな方だよな……と思い、視線を向けると。
「先に申しておきますと、私もスタックさんのパーティ除名には賛成ですよ」
リンデは経典を閉じ、俺にゴミを見るような眼差しを向けた。いや、ゴミを見るっていうか、ゴミをゴミ箱に捨てる時の何ら感情の動きようがないあの目だよね。
「あなたの付与スキルの煩雑な効果に関してすべてを理解しているとは断言できませんが、その効果の強力さについては把握しています」
「おおっさすがリンデちゃん! それなら俺を追放しなくても――」
「いいえ。長期的な視野で考慮した場合、あなたの付与スキルは私の能力に悪影響を及ぼすと予測されます」
「え」
「まずあなたのためにデータを提示しますと、このパーティにおいて一度の探索中に回復魔法スキルが必要とされる回数は平均0.9回。これは同水準の冒険者パーティにおける平均15.2回と比較して著しく低い数値です。これがどのような意味を持つか、お分かりでしょうか」
「え……楽が出来ていいんじゃないのか?」
リンデは俺の返答に珍しく、ほんのわずかに笑った。マジで彼女が笑うことが少ないせいで自信はないけど、あれはたぶん嘲笑だな。
「成長を阻害するのです。そもそも私に限らず、あなたのバフのお陰でこのパーティの戦闘時間そのものが激減し、各種戦闘技能を発揮する機会も失われています。能力というものは使わなければ鍛えられません。これでは僧侶としての私のキャリアを無為に費やしてしまいます。あなたがこのパーティを出て行かないのなら、私が出て行こうとすら思っています」
にべもないリンデの物言いを、押し黙ったままのジェイドが無言の首肯で後押しする。
リンデは元々ジェイドが勧誘してきた子だ。元々パーティに不足しているヒーラーを探していたんだが、苛烈で押しの強いロザリーとは対極にあるような冷徹美人にジェイドが鼻の下を伸ばしたってのが本音だろう。
ジェイドの内輪で固めていたパーティにおいて、リンデは明らかに一線を引いている。俺たちのことなんて、キャリアアップのための腰掛け程度に思ってても不思議じゃない。俺知ってるんだからな、リンデが〔賢者〕へのジョブチェンジ目指して攻撃魔法の資格試験まで受けてるの。
さて、これでパーティに俺の味方がゼロであることが確定しちゃったわけだけど。
「要は、だ。スタック」
ここにきて再び、ジェイドが口を開いた。
「お前の付与スキルはひどく煩雑で、俺たちの意思に反して勝手に動作し、個々人の成長を阻害してるんだよ。一度でも考えたことあったか? 俺の攻撃する相手がよく分からん理屈で勝手に魔族認定されて、勝手に一撃死して戦闘が終わった時の気持ちを」
「いや厳密には1スタックの【聖なる戦い】状態が発動してて、ジェイドは職業〔勇者〕だからパッシブスk」
「うるせぇよ!」
ジェイドが自分の盃を引っ掴み、中身のブドウ酒を俺の顔面にぶちまけた。
「つうかお前のスキル説明文、スタックスタックうるせぇんだよ! 紛らわしいんだよ! どんだけスタックするんだよ! あとダメージが増えたり減ったりするだけの単純なバフに固有の名称付けるのやめろよ! なにがどう作用して敵を消し飛ばしてるのか分からずに剣振ってる俺の身にもなれよ!」
「お、落ち着けってジェイド。とりあえず敵倒せるならそれで良くないか?」
「なんでスキルはあり得ねぇくらい難解なのに人間性は単純なんだよ! 普通に冤罪吹っ掛けてるみたいで怖いだろうが! こないだの窃盗犯捕縛の依頼でも、お前の付与スキルのせいでショボいコソ泥を魔族認定してぶっ殺すとこだったんだぞ!?」
「あ、あの時は悪かったけどさぁ、俺の付与スキルって【オールインワン】一個しかないから」
幼少期から必死に努力して、古今東西の付与スキルの良いとこ取りをして組んだのがこの【オールインワン】だ。こんな偉業、俺一人を除いて成し遂げた者がいるだろうか。出会ったばかりの頃、俺の天才性に目を輝かせてパーティ結成の申し出をしてきたのは、何を隠そうジェイドだというのに。
「パーティメンバーを人殺しにしかけといて“けど”じゃねえよ! お前のそういうガサツなところがパーティ内の不和を生み出してるって気付けよ!」
しかしあの惜しむべき過去はどこへやら。ジェイドのキレっぷりに、酒場の客たちから憐れむような視線が集まる。対して、俺への同情票は皆無。まさかとは思ったが、どうやら俺のスキルはこいつらにとって難し過ぎたらしい。
旗色はもう、明白だった。
「……分かったよ。ジェイド、皆、俺はパーティを脱退する」
決別を告げたとき、皆の顔に怒りでも喜びでもなく安堵が滲んだのは、かなり堪えた。でもここで俺がジェイドたちに食い下がったところで、お互いのためにはならないだろう。
「だが、一つ言わせてくれ」
立つ鳥跡を濁さず、警句を遺す。これはジェイドパーティの支援担当として、メンバーの力量を熟知している俺だからこそ言えることだ。言わねばなるまい。
「俺たちがこれから攻略しようとしていた階層ボスである『最後の不死隊』はHPが50%を切ると【死兵の伏撃】(召喚スキル・フロア全域を戦場化し、ランダムに〔不死隊歩兵〕を召喚し続ける。最大250スタックまで重複)を使って包囲陣形を敷かれジリ貧になってしまう。奴を安定して倒すには、俺の付与スキル【オールインワン】の【聖なる戦い】効果によってジェイドに付与した≪対魔の血脈≫を乗せた攻撃の聖属性ダメージと対アンデッド特効効果を『最後の不死隊』という群体ボスエネミーの統括個体である〔不死隊隊長〕に集中させることで対象の≪不滅の隊伍≫(パッシブスキル・死亡時に1スタック獲得、味方〔不死隊歩兵〕を1体犠牲にして復活する)を疑似オーバーフローさせて敵の残機スタックを一気に消し飛b」
「だからスタックスタックうるせぇよ! しれっと固有名詞増やすな!」
空になったジェイドの盃に代わって、残り3人のブドウ酒が俺に降り注がれた。景気のいい餞別どうも。
ゴミ捨てのごとく冒険者酒場を叩き出された俺の顔に、べしゃりと紙切れが叩きつけられた。剥がしてみれば、状態異常付与率をわずかに底上げするお札。攻撃を担うジェイドとロザリーとドニーのために、3枚合わせて俺の私費で購入したものだった。
「それ、返すぜ! お前はもう仲間じゃないんだからな!」
とジェイド。パーティ追放なんぞするくせに律儀な野郎め。
「だいたいそのお札、何なのよ! あたしの魔法スキルに状態異常付与の効果なんてないのに、勝手に火傷とか凍結とか発動してるんだけど!」
と苦情を吐き捨てたのはロザリー。実はあんたのスキルは内部的に状態異常付与のマイナスパラメータが存在してて、あの装備と俺の【オールインワン】の付与率上昇効果が加算されたことでパラメータがプラスに転じて、低確率で【火球】に≪火傷≫が付与されたり【氷槍】に≪凍結≫が付与されたりしてるんだ……って話を今すると俺が燃やされたり凍らされたりしそうだからやめとこ。
俺は3枚のお札を抱えて逃げるようにその場を後にした。それから口直しに別の酒場で火酒を呑み直した。夜更けに宿に戻ると、すぐさま自分の借りた部屋を撤収。宿の女将にはささやかな謝礼金を残し、一区画離れた安宿の馬小屋に転がり込む。駆け出しや底辺の冒険者が雑魚寝する中、ひと山ほどの藁を寄せて寝床をこしらえる。
「くそ……俺はチート付与スキル使いだぞ……略してチー付うぇっぷ」
悪態の代わりにゲロ吐きそうになってやめた。いかに気取ろうが、俺は一流冒険者パーティを追放された付与師術師だ。一人じゃ何もできない。
だがそれでも、俺はゴミなんかじゃない。俺は確かに、皆とは違うスキルの観方をしている。
ステータス、鑑定。
そう念じるだけで、視界のあちこちに「フレーム」が浮かぶ。
雑魚寝する冒険者たちの身体の上に、俺にだけ見えるステータス画面がポップする。それらは都市の大きな版元が作ったような、素朴かつ平易なフォントで彼らの個人情報を俺に知らしめていた。なんなら敵の魔物やら何やらのステータスも読めるので、ダンジョン攻略にも活用していた。今度の階層ボス『最後の不死隊』の手の内を正確に把握できたのも、この能力のお陰だ。
HP、(魔法)攻撃力、(魔法)防御力。基本的に、この世界のステータスは単純だ。最終ダメージは攻撃力-防御力、たったそれだけの計算で出力される。
冒険者なら大抵ひとつは持っているスキルも、そのシンプルなシステムに見合った設計をしている。ここにいる奴らのスキルを覗き見してみると、例えば【ヘヴィストライク】なら打撃属性のダメージ。【ワイドヒール】なら味方全員のHPをを回復。ざっくりしたものだ。
だが俺は違う。解像度が、まったく違うのだ。自他のスキル説明を見れば、内部的に何をしているのか分かってしまう。他の人間には読めない「システム」の事情というものが、俺にだけ読めてしまう。
ずっと、話せば分かってくれると思っていた。だがどれだけ懇切丁寧に説明しても、どれだけ頭のいい人でも、話題が「システム」に踏み込むと頭にもやが掛かったみたいになってしまう。
「俺だけが……チート……」
20余年ほど気付かない振りをして生きてきたが、そろそろわきまえるべきかもしれないな。
俺だけが、本物。世界観が、生きるステージが違う。
優越感より、寂しさが勝った。俺以外の全員が物語のモブで、見えるすべての景色がちゃちな書き割りに過ぎないとしたら。
そんな世界で抜きん出たところで、何の意味があるんだろうな。
ドブのように眠って日が高くなった頃、俺はのそのそ冒険者ギルドの会館に向かった。一流パーティに所属していたから収入は多かったものの、高級な装備や生活水準の維持に出ていく金も多かった。結局のところ日銭を稼がねばならない。
冒険者同士のマッチングを行うためパーティ加入窓口に立つと、受付嬢のお姉さんに驚かれた。
「あれ? スタックさん、ジェイドパーティは辞めちゃったんですか?」
「ああ、まぁ……ね。とりあえず俺はサポート専だから、前衛職でフリーの人を教えてくれ」
「え~? スタックさん並みの実力者でフリーとなると、そんなに多くないんですが……」
受付嬢はギルドの冒険者名簿を取り出し、難しい顔でページをめくり始めた。セオリー通り、同じ程度の実力者同士をマッチングしようとしてくれる。
ただ、今になってリンデの指摘がチクリと胸に刺さった。
――成長を阻害するのです。
ジェイドたちによる追放に納得がいったわけじゃない。けど、仕様を理解されないならともかく、俺の付与スキルが強すぎるせいで他人の成長を邪魔するのは本意ではない。そこだけは、俺も考えが足りなかったかもなって。そこだけは、な?
「あ、初心者でもいいよ。時間かけてでも成長アシストするし」
焦ったような口調を怪訝に思われたけど、受付嬢はちょっと安心したように別の冊子を取り出した。
「あら良かった。最近街に来た冒険者でよければ、おあつらえ向きの人材がいますよ。忍者の方なんですけど」
「へぇ、いいじゃないか」
職業でいう〔忍者〕は、手裏剣による遠距離攻撃や多彩な忍術での攪乱を得意とする中衛職だ。野営や斥候などの探索技能に重きを置く〔レンジャー〕より戦闘向きで、回避能力の高さから前衛を張ることもできる。総じて多芸なので、慣れてくれば少人数パーティの穴埋めもこなせる。
「その方、ちょっと困った状況なので……スタックさんが組んでくれたら助かると思いますよ」
「困った状況?」
金がないとかだろうか。ビギナーなら当然だしジェイドパーティも最初はそうだったが、借金持ちなら要相談だな……。
受付嬢は俺の後ろをちらと窺い、聞き耳を立てる者がいないことを確かめた。そして、にっこり営業スマイル。
「今、監獄に居ます。全裸で街を歩いていた罪で」
「チェンジで」
謎の全裸忍者に頼るほど俺は困ってないから。てか何で勧めたし。
「若い女の子なんですけど」
「一応話だけ聞いとこうか。あ、面会できます? てか身元引受金いくら?」
「スタックさんなら食い付くと思ってました。一緒に面会行きましょうか」
受付嬢、満面の笑み。失礼だな。俺がパーティ内の女性にまるで相手にされない非モテ男だと思って。単にね? 職場内恋愛はトラブルの種になりうるから控えてるだけだから。ジェイドのアホはともかく俺は紳士なの。ドニー? 故郷の村に嫁さんが居て仕送りもしてるらしいよ? リンデ? 怖くて聞けないね。クソが……
んなこと考えて色々イライラしてたらもう街の監獄ですよ。まさかこんな屑の掃き溜めまでリクルートに来た冒険者なんぞ俺以外にいるはずもなく、刑務官にたいそう驚かれた。
しかも、俺が面会を希望しているのがくだんの全裸忍者と知るや、「さっさと引き取ってけろ」と通された。なんと身元引受金は要らないらしい。
「なんか……変じゃね? いくら軽犯罪とはいえ、厄介払いみたいなんだが」
「そ、そうですか? スタックさんったら非モテこじらせて人間不信になってます?」
受付嬢、苦笑い。失礼だな。人間不信になるとしたらもっと根本的な部分でなっとるわい。
で、監獄のきったない廊下を進んだ最奥にそいつの部屋はあった。若い女の子一人ということでプライバシーに配慮したらしく、他の拘置者から見えないよう柵にシーツが被せられていた。
おっかなびっくり、その白いシーツを捲ってみると。
「……誰でござるか?」
野太い、男の声だった。
背筋を正して独房の中心に正座していたのは、全裸中年男性だった。それはそれは引き締まった雄々しい筋肉に身を包んだ漢であった。なんか黒いマフラーと頭巾してるけど、四捨五入すると全裸中年男性だった。
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