第28話:アイドル③ 感謝と小さい美桜

11月。トリプルヘッダーが決定し、過密なスケジュールをこなし、なんとか倒れること無く過ごしている。


密度を増したレコーディングは過酷であったが、コンサートで歌う曲も、15曲のレコーディングを終えており、遂にコンサートのテーマ曲となる一曲を残すのみとなった。


ドラマ撮影は、シーズン物は終わった。

この言い方は、人気があり劇場版を作ることになったからだ…

劇場版の主役は一人二役の俺になった。なんと、設定を変えて、主人公まで変わってしまったのだ。

スケジュールが合わないので、撮影は来年からのクランクインになっている。


ようやく先が見えたと春夏冬さんと生気の抜けた笑顔で喜んだ。


既に精も根も尽きようとしておりヘロヘロになって、遅い夕食を春夏冬さんと二人、社食でモソモソと摂っていると、またしても須藤さんが飛び込んできた。

テーブルに手をつくと、俺をみてこういった。

「最後の曲。コンサートのテーマ曲は、美桜が作詞するんだ。絶対盛り上がる!」


「フ、フフ、フフフフフ…」


「あああ、美桜さんが美桜さんが壊れたー」

春夏冬さんの絶叫が木霊した。


【東京・レコーディングスタジオ】


その翌日。


「早速ですが、クリスマスイヴコンサートのテーマ曲のコンセプトが固まりました」と神崎さん。

「テーマ曲ですか」

「はい。『Starlight Dreamer』。美桜さんの力強いメッセージと疾走感に合った曲です」

俺はデモ音源を聴く。美しいメロディだ。

「この曲の作詞は、美桜さんがされると昨日、聞きました。」

…神崎さんすら昨日聞いたのか…。

「えぇ…」

「素晴らしいですね。このコンサートは、美桜さんの『夢の総決算』です。あなたの言葉で、ファンに、そして何よりもあなた自身と繋がっていた大切な存在たちに、メッセージを届けるべきです」


俺は、神崎さんの言葉を反芻した。ああ、そうか…ツヴァイ-昴-から逃げるためという、不純な動機で始めてしまった芸能活動だった…だが、今の俺にとって大切な居場所だ。美桜になって一年、いろいろな人に出会い助けられた。”美桜”。真帆。春夏冬さん。須藤さん。美桜JCSの皆。そして俺を応援してくれるファン。感謝を伝える手段を与えられたんだ。こんな幸せなことはない…

「そうですね。感謝を伝えられる機会ですね。活かしてみたい…」


少し離れたところにいた須藤さんがこちらを見て、うんうんとうなずいている。

(『俺の気持ちに気づいか』みたいな顔しないでください…)


作詞する意味は理解した。これは、美桜からの感謝を皆へと伝えるチャンスだ。


【春夏冬マンション自室】


一応…作詞用に数日頂くことができた。

いやレッスンとか、撮影とかはやりつつだよ。

さて、どうするか…


机を前にすること数秒。


(あれ、作詞って、どうやるの?)


まずはそこからだった…


春夏冬さんに聞こうと部屋を出ると、リビングでテーブルに突っ伏して静かに寝息をたてていた。

俺は毛布を持ってきてかけてやる。この身体では部屋に運ぶことはできないから。

「美桜さん…」

呼ばれた。が、どうやら寝言のようだ。

「そんなの、拾って食べちゃダメです…」

(え?)

「そんな、高いところ登ぼちゃ。ほら降りれなくなった…」

(ええ?)

「ほら、この骨取ってくるんですよ」

(…)

「よしよし、美桜さん、いいこいいこ。」

一体全体、春夏冬さんの中での俺はどうなっているんだ……

(無茶しちゃダメですからね…」

心配して…くれてるんだ…よね?

(ありがとう)

感謝…の気持ち。


俺は部屋に戻ると、感謝の気持と思いつく限りの言葉を羅列した。


そして…

Chat Na GPTに作詞を頼んだ…


それに、加筆修正する。


…ついでに音楽生成AIで、曲とボーカルをつけて作って貰った。


おお、凄い。なんだこれ。良い良い。そうそうこんな感じこんな感じ。


そして、俺は。ハマった。


「み、美桜さん。徹夜したんですか?」


朝が来ていた…



【東京・レコーディングスタジオ】


後日


俺は、神崎プロデューサーと共に、そのコンサートの核となる新曲『Starlight Dreamer』の最終調整に入っていた。この曲は、美桜の新しいステージを象徴する、疾走感と力強いメッセージを持つ曲だ。

「寿さん、このブリッジのメロディは特に美桜さんの個性が光っています。ただ、この最後のフレーズ……ここはもう少し普遍的なメッセージにした方が、大衆に響きやすいのでは?」

神崎さんが指摘したのは、俺が作詞に潜り込ませた、1フレーズだった。

それは、俺と美桜。そしてツヴァイ-昴-と真帆。運命を共有した者たちへの「俺の想いを込めたメッセージ」だった。

「神崎さん。この曲は、今の私だからこそ歌える曲です。このフレーズには、私がこのステージに立つ、全ての理由が詰まっています。このまま残せませんか…」

俺は頭を下げた。これは、美桜としてではなく、昴としての、今までの出会いと別れから生まれたメッセージだ…だが。

神崎さんは、じっと俺の目を見た後、クビを横に振った。

(確かに自分でも唐突だし流れを崩しかねないとも思う…それを見抜いての判断なのだろう)

「……分かりました。このフレーズ書き直します…」

とても悲しかったが、歌の完成度を優先することにした。

…だけど…この想いを捨てきることは出来なかった。


***


【東京・ダンススタジオ】


11月。トリプルヘッダーに向けたダンスリハーサルは、想像を絶するものだった。ほぼ休憩なしで全曲を3回通すという地獄のメニューだ。

「スタミナを意識して!美桜の動きは素晴らしいわ。でも、3回目になると声に力がなくなってる!」木下インストラクターが檄を飛ばす。

美桜の身体は悲鳴を上げ、足は鉛のように重い。だが、辞めるわけにはいかない。これは、俺が選んだ道だ。


レッスン後、春夏冬さんが心配そうに近づいてきた。

「美桜さん、大丈夫ですか? この無理がたたって、万が一、倒れたりしたら……」

「大丈夫です、春夏冬さん。まだいけます」

そう告げて更衣室に向かおうとしたとき…ふわっとした感覚と共に意識が落ちた…




泣いている…


手を見る、小さい手だな…


俺はなんで泣いてるんだ


だれだ、俺を撫でてくれるのは…


見上げる…


なんだ…小さい真帆か…


慰めてくれてるのか?…小さいころから甲斐甲斐しいんだな…


じゃあ俺は…


桜色のワンピースに、桜色のサンダル…


ああ、やっぱり美桜か…


男の子が近づいて来た…


男の子は、星型のペンダントを渡してくれた…

どうやら美桜が落としたものらしい…

男の子が拾ってくれたのか…

しゃくりあげながらも泣くのをやめた美桜…


男の子と三人手を繋いで楽しそうだ…

夕暮れになり

また泣き始めた…

男の子と別れるのが悲しいみたいだ…


ん…

この男の子…


俺?



「美桜さん」


あ、春夏冬さん…


「美桜さん…」


また、泣かせちゃった?


意識が覚醒してきた「あ、あ、あ、ごめん、ごめんなさい春夏冬さん。大丈夫、大丈夫です」


「突然、倒れて…」春夏冬さんがしゃくりあげる。


「ごめん、また泣かせて」


「何言ってんですか、やっぱりこんなの無理ですよ…須藤さんに言って来ます」

「まって、やめて、誰にも言わないで」


「でも、マネージャーとしてこれ以上は見てられません」


「コンサートは、もう私だけの物じゃない。皆同じだけ疲れてる。それでも目標に向かってるの…私のことでストップなんてさせられない!」


春夏冬さんが、「でも」と困った顔をしている。俺は春夏冬さんをそっと抱くと「最後まで頑張らせて」と静かに言った。


「そんなのズルいです…」


じっさい、もうボロボロで、病院に連れていかれたらドクターストップがかかるだろう。だけど、だけどここで終わらせたくはない。それは単純に嫌だ。”美桜”に顔向けできない。

俺は”美桜”の可能性なのだから、さらに超えてみせるんだ。


12月初旬


コンサートまで一ヶ月を切った。

コンサート用の衣装もデザイン5種類。着回し予備含め総枚数13着が用意された。

一回目公演で、着たものを、スタッフが乾かし三回目公演で使用する。2回目は全て予備だ。

ダンスなど動きが多い曲用は汚損があるため予備が一枚多く用意されている。


俺は衣装に身を包み、最終的な照明や特効-会場を華やかに彩る演出手法-の確認をするため、コンサートの予行演習用に借りた貸し倉庫に設営したステージに立った。当日は屋外のため明るいとき、夕方、夜で特効も異なる。


現地でのリハーサルはできないが、ステージに立つというイメージは必要だ。

「井の頭公園の空の下で、必ず成功させてみせます」

スタッフが作業する中で、俺は声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る