森で触れられたあの日…俺は死に戻り者になった

戸部

第一章

第1話魔の森

 暗い夜。


「はぁ…はぁ…はぁ…なんで…どうしてこんなことに! 俺はただ情報が欲しかっただけなのに!」

男の声が震えて響く。


 その声を追うように、コツコツと足音が近づく。


「せめてバインドで拘束して…」

男は必死に呟いた。

しかし、次の瞬間、首が落ちる音がこだました。


「くそ…あの時、あの森のクエストを受けなければ…こんなことには…」

男は呻き、静かに息を引き取った。


 ――1週間前。

彼の運命が、すでに狂い始めていた。

男の名はレイン。職業は冒険者。


 レインは小さなクロワッサンを手に取り、ひとつ頬張った。

「さて、食い物は…って、このクロワッサン一個か。まぁ、弱いから稼ぎが少ないのは当然か…」

小さなため息とともに、弱者である自分を噛み締める。


 外に出ると、冒険者仲間のガイラが笑顔で声をかけた。


ガイラ「よぉ、レイン。元気にしてるか?」

レイン「よぉ、ガイラ」

ガイラ「お前、稼ぎが少なくて大変そうだな。俺もお前のことを考えた上で言うが…冒険者向いてねぇよ。魔王が討伐された世の中でも、モンスターは消えたわけじゃない。パンが好きならパン屋にでもなっちまえば、よっぽど儲かるぜ」


 レインは苦笑した。

レイン「はは…そうか…でも俺は、今も一応冒険者だしな」

心の中で、小さく自分を奮い立たせる。

――弱い俺でも、できることはある。


 この世界では約300年前に魔王軍は討伐されたが、モンスターやダンジョンは消えず、冒険者たちの戦いは続いていた。

レインは初級魔法しか使えない、最弱の冒険者だった。


 二人が話していると、街に騒ぎが広がる。


レイン「何かあったのか?」

街の人「街の近くに魔の森が出現したとか…」


ガイラ「何!? 魔の森が…」

レイン「魔の森?」


ガイラ「知らねぇのか? 魔の森は不定期にどこかに現れる森だ。急に現れ、急に消える。まだあまり人が踏み入れてない。俺も入ったことがない」


 レインの心は少し高鳴る。

――何かがある。これは…運命かもしれない。


レイン「それじゃ、何かあるかもな」

ガイラ「まさか。お前、今回の魔の森の調査に参加するつもりか?」

レイン「生きるためには仕方ない」

ガイラ「バカ野郎! 魔の森は難易度不明だぞ? 最弱のお前が行って死んだらどうする?」

レイン「それでも行くぞ」

ガイラは険しい顔をするが、口をつぐむ。

――もう止められないと悟ったのだろうか。


 二人は集められた冒険者たちのもとへ向かい、森へ足を踏み入れた。


冒険者A「おい、見ろ」

そこには古い武器と、足跡が残っていた――森に来た者たちの痕跡だ。


 レインは耳鳴りに襲われる。

心臓は早鐘のように打ち、手のひらに冷や汗が伝う。


ガイラ「どうした? 引き返すなら今だぞ」

レイン「いや…この程度で諦めたら、明日何を食べればいい…」

――恐怖もあるが、腹を空かせた自分がそれ以上に強い。


 一歩を踏み出した瞬間、頬に誰かの手が触れた感覚が走る。


 そしてノイズの掛かった声で…「せおなりや――」


意識が遠のく――


 ――気が付くと、レインはベッドの上だった。


ガイラ「起きたか。全く、お前が倒れたから時間かかっちまったよ。魔の森は気づいたら消えてたさ」

レイン「俺が意識を失う前、誰かに触れられたか? “せおなりや”って声、聞こえたか?」

ガイラ「いや? 誰も触れてないぞ。そんな声も聞こえてない。幻聴じゃねぇのか?」

レインは額に手を当て、心の中で混乱する。

――あの感触は…夢? それとも現実?


ガイラ「まぁ安静にしとけよ。俺は帰るから」


 ガイラが出て行くと、入れ替わりに幼馴染のクレアが部屋に入ってきた。


クレア「レイン! 倒れたって聞いたけど大丈夫?」

レイン「別になんともない」

心の中では――またか。俺はいつも迷惑をかけるな…


クレア「だから冒険者なんてやめてって言ってるのに」

レイン「クレアは強いからな…」

クレア「でもレインは冒険者には向いてないよ。とりあえず、私は新しい魔具の受け渡しで村に行くから」

レイン「俺も…」

クレア「だーめ。私だけで大丈夫だから」


 クレアが出て行くと、レインは覚悟を決めて起き上がる。

―なんか…嫌な予感がする…


 そして静かに、クレアを追いかける――

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