3章続き■奇妙な体験
◆ 監視網が動く夜
夜のアパート。机の上に、古びた数枚の紙切れとノートPCだけが置かれている。沖田悠は、震える指で匿名掲示板に書き込んだ。
「3代目の勇者になる夢を見た。名前はエメト。その夢の中で軍の人間に魔王は存在しないと言われた。その後、この人間を殺して極秘文書を盗むって感じの夢だった」
送信。一瞬の静寂のあと、胸の奥で何かがひび割れるような音がした。投稿はすぐに炎上し、嘲笑のコメントが殺到した。だが、それ以上に不気味だったのは、スレッドが突然削除されたことだ。まるで誰かが意図的に消し去ったかのように。
◆ “監視システム:キュリオス” 覚醒
政府最深部・地下第9区画。無機質な光が無数に瞬くサーバールーム。赤い警告灯が点灯し、冷たい合成音声が響く。
【異常キーワード検出】
エメト/極秘文書/魔王不存在説
【対象】
市民番号 E17-204 沖田 悠(オキタ・ユウ)
【危険度】
A+ → 即時排除プロトコル発動
モニターの前に座る男が、静かに呟いた。
「……魔王は実在しなかったという陰謀論は巷にあふれているが、ピンポイントでエメトの名前と極秘文書が出るのは引っ掛かる。一応掃除屋を動かせ。痕跡は残すな」
このシステムは、管理社会が“都市伝説系の投稿者を炙り出す”ために設けた仕組みだった。悠の行動履歴がAI監視に引っかかり、危険度ランクが急上昇。端末に警告が届き、生活圏を覆う監視ドローンが急増した。
◆ 教団に潜む裏切り者
教団本部・禁書庫。灯りを極力落とした書架の奥。職員の男が、震える手で暗号化された端末に打ち込む。
「……沖田悠は、明日、総帥アスナと密会する予定です。場所は本部の静聖会見室。政府側の意向を最優先で」
送信後、男は小さく舌打ちして笑った。まるで、自分の裏切りすら愉しんでいるように。教団「希望の光」は表面上は平和を掲げていたが、内部に政府のスパイが潜んでいた。この男の報告により、悠の運命はさらに複雑に絡みつく。
◆ アスナとの会談と追跡の始まり
翌日、悠は封筒のメッセージに従い、教団本部を訪れた。黒髪ロングの総帥アスナは、無口で神秘的な雰囲気を纏っていた。静聖会見室で、彼女は悠の掲示板への書き込みについて静かに耳を傾け、穏やかに言った。
「あなたの言葉には矛盾がありません。私には“真実を語る者の目”がわかります」
会談を終え、帰宅途中の裏通りを歩く悠。街灯は半分が切れ、月すら雲に隠れている。背後で、ぴたりと足音が止まった。
「……オキタ・ユウだな」
振り返ると、黒いコートに身を包んだ二人の男。顔は見えない。声だけで十分に殺意が伝わる。
「エメトの名を知っているものは抹殺対象となる。」
──エメト?!
(実在したのか?! あれは夢ではなかった?)
悠が後ずさる。逃げ道はない。背中には冷たい壁。
男の一人が静かに銃口を上げ──引き金へ指がかかった、その瞬間。
鋭い金属音。
銃口が弾かれ、火花が散る。闇を裂いて飛来したのは、血のように赤い短剣。
その影から現れたのは、赤いショートヘアを夜風に揺らす女。
燃えるような赤。だが表情は氷のように冷たい。
「……誰だ? 貴様」
掃除屋が後ずさった。
彼女はゆっくりと歩み出て、冷ややかに笑う。
「名乗るほどの者じゃないわよ。
──少なくとも、あなたたちに教える名前は持ってない」
短剣を抜き、悠と掃除屋の間に立つ。
「夜中の路地で“処理”任務? やることが汚いわね。それとも、反撃される覚悟もないの?」
掃除屋は舌打ちしながら叫ぶ。
「チッ……! お前、どこの組織だ!?」
「言ったでしょ。誰だっていい。
あなたたち如きに名乗る必要はないの」
彼女は悠に一瞬だけ視線を向ける。
「立てる? ……今は説明してる余裕はないわよ」
鋭い目が闇の奥を射抜く。
「──生きたいなら、ついてきなさい」
次の瞬間、閃光。スタン弾が炸裂し、周囲を白く染める。スカーレットは悠の腕を掴み、地面を滑るように身を翻した。爆風が背後を舐める。彼女の横顔に、炎のような決意が宿る。
逃走シーンでのすれ違い会話が、息を切らしながら交わされる。
「なんで俺を助ける? あんた何者なんだ」
スカーレットは短く答える。
「あなたの掲示板の書き込み。あれは本当ね?」
「信じてくれるのか?」
「確認したいことがあるだけよ」
ここではまだ名乗らない。レジスタンスのリーダーと悟られないように。だが、彼女の行動は、教団の裏切り者からの情報をもとにしたものだった。政府の犬を振り切り、二人は闇に溶け込んだ。
(これは、始まりにすぎない)
──悠はまだ知らない。自分が踏み込んでしまった“真実”の深さを。そして、この赤い髪の女が、なぜ自分を守るのかを。魔王不存在説の陰謀は、政府と教団の癒着を暴く鍵であり、スカーレットはその戦いの中心にいる。あの魔王テーマパークで起きたことは、過去の勇者エメトの記憶の断片──そして、彼自身が新たな抵抗の象徴となる運命だった。
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