第3章:現代の目覚め(ユウの視点)

――現代。

 202☓年10月、首都近郊の私立大学。

 キャンパスは紅葉に染まり、落ち葉が風に舞う季節だった。

 沖田ユウ、18歳。

 歴史学科一年生。

 古代史の中でも、特に「勇者史」に心を奪われていた。

 講義室の片隅。

 教授の声が遠く響く中、ユウはノートパソコンを開いていた。

 画面には、デジタル化された古文書データベース。

 検索ワード:「勇者 魔王時代」。

 結果:該当なし。

 いや、正確には――

「シェケール」「グリフィス」の断片的な詩が数件。

 それ以外は、教科書の焼き直しばかり。

「千年の歴史で、勇者がたった6人だけ?

 しかも名前が残ってるのがシェケールだけで……

 他の5人は? 記録が“散逸”? ふざけんなよ」

 ユウはペンを噛みながら呟いた。

 隣の席の友人、タカシが肩を叩く。

「おいユウ、また勇者オタクの顔してるぞ。

 今週末、みんなで魔王テーマパーク行くって決まっただろ。

 そこで石碑でも舐めてこいよ」

「舐めねぇよ」

 ユウは苦笑いしながら、検索を続ける。

一次資料の少なさ――それが、ユウの違和感の核心だった。

 混乱の時代なら、なおさら民衆の間で語り継がれるはず。

 

 なのに、なぜこんなに空白なのか。


 週末:魔王決戦跡地テーマパーク

 土曜日の朝。

 大学近くの駅で、友人4人と合流。

 タカシ、ミキ、ケンタ、アヤ。

 全員、歴史学科の同期だ。

「期待してないけど、皆で行くのも悪くないか」

 ユウは心の中で呟きながら、電車に揺られた。

 テーマパークは、首都郊外の再開発エリア。

かつて「魔王城」がそびえていたという触れ込みだが、実際はショッピングモールと遊園地の複合施設。

 入口には、巨大な魔王像。

 プラスチック製の角が、陽光にギラギラ光っている。

「うわ、ダサっ!」

 ミキが笑い転げる。

 ユウは苦笑いしながら、ガイドブックを開く。

 最終決戦の地――そう書かれているが、地図を見ると、ただの観覧車のある広場だ。

 園内を歩く。

 再現された魔王城(ミニチュア)、勇者の剣(レプリカ)、

 魔王軍のセット(段ボール製)。

 正直、期待はしていなかったがやはり目新しい勇者の資料は無かった。

 初代勇者は魔王に殺された。

 2代目勇者も同じ。

 そして最後のシェケールが魔王を倒した。


 

「ユウ、また石碑の写真撮ってんのかよ」

 ケンタが呆れた声で言う。

 ユウはカメラを構えながら、答える。

「ここ、初代勇者が挑んだ場所なんだぞ。ロマンがあるだろ」


 園内の奥、人気のないエリア。

 朽ちた石塔が、ぽつんと立っていた。

 テーマパークに改修されながらも、この塔だけは触れられていない。

 管理用のロープすら張られていない、妙に浮いた存在。


(初代と2代目の記録が少ないのも、ここが起点なのか?)


 ユウは近づいた。

 塔の壁に、不自然な隙間。

 手を差し込むと――

 カチリ。

 隠し扉が開いた。


 塔の奥:埃と記憶

 中は薄暗く、埃が舞う。

 古い書棚が並び、朽ちかけた紙の束。

 ユウの心臓が、早鐘を打つ。

「マジで……何これ?」

 棚を漁る。

 観光パンフレット、古い地図、

 そして――


「極秘文書」と書かれたファイル。

 隣に、手書きのノート。

 表紙は埃で判読できないが、ページを開くと、鮮明な文字。


――勇者エメトの手記――

魔王は存在しない。

すべては、統治のための演出。



ユウの指が震えた。


次の瞬間――

視界が、暗転した。


追体験:エメトの記憶

 気がつくと、ユウは古代の選考会場に立っていた。

 いや、ユウではなく――エメトとして。


「次、三代目勇者候補、エメト!」


 観衆の歓声。

 剣を振るう手が、自分のものではない。

 戦場。

 牙を持つ「魔物」。

 だが、目が人間だ。

 倒れても血が流れない。

 被害地に痕跡なし。

 酒場の個室。

 高官の酔った声。


「魔王なんて、いねぇんだよ……」


 剣を抜いた瞬間、高官の首が落ちる。

 そして逃亡。

 機密庫。


 文書のページ。

 ――すべてが、ユウの体感として蘇る。

 現実への帰還


「はっ……!」


 ユウは塔の中で膝をついた。

 手には、手記と文書。

 額に汗が流れ、息が荒い。


「なんだこれ……エメトって誰だ?!」


 友人たちの声が遠く聞こえる。

「ユウ、どこ行ったんだよー!」

 ユウは慌てて手記をバッグに詰め、塔を出た。

 誰にも気づかれず、テーマパークを後にした。



夜:アパートでの興奮

 ユウの部屋は、ワンルーム。

 壁には古代史の資料が貼られ、床には参考書が散乱。

 机の上に、手記を広げる。

 ページをめくるたび、エメトの感情が伝わってくる。

 怒り。

 絶望。

 決意。

「こんなの……信じられない」


 だが、証拠はここにある。

 羊皮紙の質感。

 インクの匂い。

 数百年の時を経ても、劣化が少ない。

 ユウはノートパソコンを開き、匿名掲示板に書き込んだ。


スレタイ:夢の中で俺が勇者エメトになるってヤバい夢見たwwww

1:名無しさん@お腹いっぱい

この前、超リアルな夢見た。

俺が勇者エメトってキャラになって、魔王倒しに行くんだけど、途中で高官みたいな人と酒飲んでて、「魔王はいない」って言われて、俺(エメト)がそいつを殺して逃げるんだよ。

んで、極秘文書盗んで、魔王城に隠すとか。

起きたら手汗やばかったわwww


2:名無しさん@お腹いっぱい

は?www勇者エメトって誰だよwww

シェケールしか知らねーわ


3:名無しさん@お腹いっぱい

ゲームのやりすぎじゃね?www


4:名無しさん@お腹いっぱい

でも「エメト」って名前、公式記録にないよな? どこで聞いたんだ?


5:名無しさん@お腹いっぱい

管理人「削除理由:不適切な内容」

スレッドは削除されました


「え……?」


 ユウは画面を見つめた。

 投稿から、わずか15分。

 スレッドが消えている。




翌日:大学での“視線”


 昼過ぎ。

 大学構内はいつも通り雑多で騒がしい。


 だがユウは、妙な視線を感じていた。


 振り返ると、

 遠くにいるスーツ姿の男女2人。


 普通の大学には不釣り合いな、

 どこか“儀式的な黒服”。


 気のせいだと自分に言い聞かせた。





■ 図書館にて:背後に“影”


 俺は魔王時代の論文や資料を読み漁っていた。


アラン・クロウ。

魔王不在説。

謎の事故死。


 読み進めるほどに、エメトの追体験が現実に食い込んでくる感覚。


 そのとき、後ろの席がいつの間にか埋まっていた。


 黒服の男性と女性。

 朝キャンパス内で見かけた人物だ。


 俺の身体は固まった。

 声も出ない。


 女性が静かに囁く。


「……沖田悠さん、ですね? この後少し、お時間をいただけますか?」





■ 誘導


 黒服たちは丁寧だが、一切の隙がない。


「何かしましたか……俺」


「いえ。ただ、あなたの書き込みを“誤解した”人々がいまして。神殿として、正式にお話を伺いたいだけです」



“神殿”

 宗教団体希望の光の総本山となる本部施設。その内部には、組織運営を担う複数の部署が存在する。


 宣教師でも司祭でもない。

 “神殿局”の職員。


 つまり、組織の中枢に属する人間たちだ。


 抵抗は許されていない。

 だが、脅してもいない。


――なのに、ついていく以外の選択肢が存在しない空気がそこにあった。


 俺は無言で黒のセダンに乗り込んだ。









【教団本部・静聖会見室】

《希望の光》のごく一部の人間のみだけが使用を許される特別室。


 宗教団体希望の光本部は、都市の中心にそびえる白亜の塔だった。

 悠は緊張で汗をにじませながら、側近に案内されてその奥へと歩く。


 側近は冷たく言い放つ。


「総帥はお忙しい。あなたの“虚偽の書き込み”を確認した後、必要とあらば処分が下るでしょう」


 悠は一度だけ喉を鳴らした。


 やがて、厚い扉の前に辿り着く。

 扉には“沈黙をもって真理に至る”と刻まれていた。


「入りなさい。総帥はすでにお待ちです」


 側近が扉を押し開ける。

 悠は一歩だけ進み、息を呑んだ。





◆ 黒髪の総帥アスナ


 薄明かりの部屋。

 中央に置かれた白木の椅子に──彼女は静かに座っていた。


 黒髪のロングヘアが、まるで夜の帳のように肩へと流れ落ちている。

 表情は無機質で、まなざしは底が知れない。

 だがその奥には“何かを計算している光”があった。


「……あなたが、沖田悠さんですね」


 氷のように静かな声。

 声量は小さいのに、部屋いっぱいに響いた。


 側近が恭しく頭を下げる。


「総帥。この者はネット掲示板にて“魔王は実在しない”などという危険思想を掲げ──」


「下がりなさい」


 アスナは淡々と言った。

 側近は困惑する。


「しかし総帥、危険な思想であり──」


「これは“個人的な面会”です。

 ……側近会議には報告不要とします」


 その一言で、側近の顔色が変わった。


「い、いえ、しかし! 総帥、それは規定に──」


「下がりなさい」


 声の抑揚は変わらない。

 なのに、絶対的な拒絶の圧があった。


 側近は渋々下がり、扉が閉まる。

 悠とアスナ、二人だけが静寂の中に残された。









◆ 本当の対話が始まる


 アスナは長い沈黙の後、悠を見つめた。


「……あなたが書き込んだ内容。

 “魔王は存在しない可能性がある”……あの言葉の真意は?」


 悠は手の中で震えるメモを握りしめた。


「……魔王テーマパークの廃区画で……見たんです。

 古い文書を。

 勇者エメトの名前が……そこにあって……」


「エメト」


 総帥の瞳が一瞬だけ揺れた。


 だが感情はすぐに鎮まり、再び無表情に戻る。


「……あなたはその文書を持っていますか?」


「……あ、はい。咄嗟に持ち帰ってしまいました。」


 アスナは椅子から立ち上がり、悠の正面にゆっくりと歩み寄る。

 黒髪が揺れ、ほのかな香が流れる。


 そして悠を至近距離で見つめた。


「悠さん。あなたの言葉には、矛盾がありません」


「……え?」


「持ち帰ったことも含めて、隠している気配がない。だから、あなたは“本当に見た”のでしょう」


「……わかるんですか?」


「ええ。私には“真実を語る者の目”がわかります」


 その言葉は、悠の胸を妙にざわつかせた。





 アスナは背を向け、窓際の祭壇に視線を落とした。


「魔王伝承は……人々を守るために必要な物語です。ですが、その物語を壊すのもまた……必要な時がある」


「え……?」


 そのつぶやきは、本来、総帥が絶対に言ってはならない言葉だった。


 だが悠には、意味がわからない。

 ただ、空気が変わったのだけは感じた。





◆ 秘密の“見極め”


「悠さん。

 あなたの見たものが“本物”なら──」


 アスナは振り返り、指先で悠の胸に触れる。


「あなたは、世界を変える側に立つことになります」


「え……っ?」


「今は何も言わなくていい。

 ただ、この部屋から出たら……

 あなたは“私と会っていないこと”にしてください」


 アスナの声が低くなる。


「側近にも、誰にも。

 ──あなたの命が惜しいなら」


 悠は息を呑んだ。


 目の前の黒髪の総帥は無表情のままなのに、

 その瞳はどこかで燃えていた。



 その後、運命は悠を再度彼女と引き合わせることになる。





◆ そして、扉が開く


「では、帰りなさい。……悠さん」


 扉が開き、側近が待っていた。


「総帥、面会はいかがでしたか?」


 アスナは何事もなかったように言った。


「ただの確認です。問題ありません」


 側近は不審そうに悠を見たが、何も言わずに案内する。


 悠はただひとつだけ理解した。


──総帥アスナは、何かを知っている。

 そして、自分に何かを託した。


 その意味は……まだわからない。

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