第9話(終) 明日を夢見て
里奈と遥の二人が「おやすみ!」と手を振って自分たちのテントへ戻ったのを見届けると、直人は自身の城であるソロテントへと潜り込んだ。
ファスナーを閉めると、狭いながらも居心地の良い空間が彼を包み込む。
LEDランタンの灯りを頼りに、リュックの奥底からクリアファイルを取り出した。
そこに挟まれていたのは、例の進路希望調査票だ。
数時間前まで、直人にとってそれは、自身の空虚さを映し出す冷たい鏡だった。
だが今、焚き火と悪魔の儀式を経た彼の目には、それはただの白い紙切れにしか見えなかった。
「……悩む必要なんてなかったな」
直人は苦笑しながら、ペンケースからボールペンを取り出した。
完璧に計画する必要はない。今までの自分にあるもの――住職から教わった自然への敬意、護身の術、人には見えないものを見る目。
そして、今日知った混ぜ合わせる柔軟さ。
それら全部をごちゃ混ぜにして、一つの形に握り固めればいい。
「とりあえず、今の自分が美味そうだと思う道を書くか」
直人はペンを走らせた。
第一志望の欄に書いたのは、以前から少し興味があった『民俗学』が学べる大学の名前。古人の残した知識を体系的に学び、現代的な解釈を加えるのも面白いかもしれない。
第二志望には、『環境保護』に関わる専門学校。自然の中で生きる術を活かすなら、これも悪くない。
そして第三志望には、迷った末に『未定(とりあえず旅に出る)』と書き込んだ。
教師が見たら眉をひそめるかもしれない。親が見たら「計画性がない」「ごちゃごちゃしてる」と呆れるかもしれない。
けれど、これは直人だけのオリジナルのレシピだ。誰かのための完璧なコース料理ではなく、自分が生き抜くための、泥臭くてカロリー満点の『悪魔のおにぎり』のような進路。
書き終えた調査票をファイルに戻し、直人はシュラフの上に転がった。
枕元のスマートフォンが、微かに光る。
画面には、先程のSNSの通知履歴が残っていた。『悪魔召喚成功』の文字と、見知らぬ誰かからの『良い夜を!』というメッセージ。
そして、腹の底には、まだあの悪魔的な熱量がじんわりと残っている。
明日の朝は、缶詰と食パンで、即席のホットサンドでも作ろうか。
そんな些細な計画を立てながら、直人は目を閉じた。
森の静寂は変わらない。
けれど、その闇はもう、彼を押し潰すような重たいものではなかった。
直人は、やがて訪れる明日という日を少しだけ楽しみにしながら、深く安らかな眠りへと落ちていった。
(終)
あとがき
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