Rosalie: A Human History
田中
第一話 When the Lizards Danced Under the Sun
人類は火を手にした時から、自らを特別だと信じてきた。
だが“ロザリー”という名が世界に広まった瞬間、我々は再び群れをなす獣に戻ったのだ。
─歴史学者 アンナ・モラレス『人類の短い世紀』より
────
──ミシガン州スペリオル湖シルバーシティ オンタゴン郡保安官事務所シルバーシティ派出所にて
二〇二六年三月五日午前四時四七分。
夜明け前の空はまだ鉛色で、草原には薄い霧が漂っていた。
そんな、まだ薄暗い空の下で、酪農家のジョン・マクレランドはトラックを派出所の前に横付けすると、ドアを乱暴に開けて駆け込んだ。
中には眠たげに頬杖を突いてベースボール雑誌を眺めている保安官が座っている。
彼はスタジアムの広告ページを開き、棒付きキャンディを咥えたまま、ジョンを一瞥すらしない。
「保安官! 牛がやられたんだ!」
カウンターでコーヒーをすすっていた保安官代理が、眠たげに顔を上げる。
ジョンの大声に、保安官がベースボール雑誌から顔を上げる。
「またかよ、マクレランド。今度はコヨーテか? それとも熊か?」
「違う! 俺はここで三十年牛を飼ってるんだ。コヨーテの襲い方も熊の食い荒らし方も知ってる。でも、あれは違うんだ! あんな食われ方、見たことねえよ!」
ジョンは震える声で言った。
「三頭だ。三頭まとめて消えたんだ! 血も骨も、何も残さずにだ! まるで地面に吸い込まれたみたいに、何も残さず消えっちまったんだよ……!」
保安官代理は苦笑して帽子を取り上げた。
「すまない、ローリングスさん。ちょっと話聞きますね」
保安官代理が保安官──カーシー・ローリングスへそう言うと、彼はベースボール雑誌に再び目を落とし「おう」とだけ告げる。
この程度のこと、保安官が赴くほどのことでも無いと思ったのだろう。
「ジョン、あんたUMAの記事読みすぎだろ。そんな食い方する獣がいるかよ」
「いるんだ!」
ジョンは机を叩いた。
「見に来てくれよ、この俺の靴底よりでけえ足跡が湖まで続いてるんだ! 人間でも熊でもねえ、恐竜みてえな足跡だ!」
保安官代理はため息をつき、しぶしぶ帽子をかぶり、銃を腰に下げる。
「……でっかいトカゲでも出たってのか? いいだろう、暇つぶしに見に行ってやるさ」
署内に、夜明けのサイレンが遠く響いた。
ジョンはその音と呼応するように、後を着いてくる保安官代理を振り返り、恐怖に震える喉を鳴らして言った。
「違う……あれは獣なんかじゃない……化け物だ」
ジョン・マクレランドが「牛が三頭消えた」と訴えた、その日の朝方。保安官代理であるダニー・ロウはしぶしぶ彼のトラックに乗り、共に現場へ向かっていた。
「UMAだの化け物だの、大げさな……」
ダニーは麦わら帽子を指で押さえ、ぶつぶつと呟いた。
「どうせ熊かコヨーテだろ。血が残ってない? 水辺に引きずられただけだ」
だが湖畔に近付いた瞬間、ダニーの口数は一気に減り、彼は気味悪そうに顔を歪めた。
湿った土の上に、はっきりと奇妙な足跡が刻まれていたのだ。
「……なんだ、これ」
ダニーはしゃがみ込み、手のひらを広げてその奇妙な足跡と自分の手のひらの大きさを比べた。
彼の手どころか、靴底の倍はある。
四本の指、爬虫類のような鋭い爪痕。
「だから言っただろ!」
ジョンは顔を真っ赤にして叫んだ。
「熊でもコヨーテでもねえ! こんな足跡、見たことねえよ!」
ダニーは言葉を失い、湖へと続く足跡を目で追った。
だが、彼は腰の銃を抜くことも、無線を握ることもせず、ただ眉をひそめて唾を吐いた。
「……まあ、足跡は確かにあるな。だが、町に報告するような代物じゃない。こんなのUMAマニアが喜ぶくらいだ」
その言葉にジョンは肩を震わせ、しばらく口を開けなかった。
だが翌日、彼はそれまでと全く違う行動に出た。
地元紙の記者に足跡を見せ、「湖に巨大トカゲがいる」と吹聴したのだ。
記事は面白半分で取り上げられた。観光協会は「UMAで町おこし!」と騒ぎ、夏の観光ポスターに“シルバーシティの湖トカゲ”と書かれたチラシが並ぶ。
その情報は村の若者がSNSに上げ、瞬く間に拡散されていく。
そんな楽しげな空気が流れる中、夕暮れの湖畔で、少女が迎えに来た母親のサロペットを掴んで震えていた。
「ママ、見たんだよ! 湖の底に、光るトカゲがいたんだ! シルバーシティの湖トカゲはほんとにいるんだよ!」
シェリー・ネヴィル、八歳。
栗色の髪を肩で切り揃え、まだ前歯が一本欠けたままの年頃の少女だった。夜も母と共にでないと眠れないほどに怖がりで、甘えん坊の女の子だった。
母親は苦笑してしゃがみ込み、彼女の濡れた靴を見ながら首を振った。
「ホタルが水に映っただけでしょ。もう暗いから帰るわよ」
「違うの! ホタルなんかじゃない! こんなに大きかったんだよ!」
シェリーは両手をめいっぱいに広げて必死に訴えたが、母親は信じなかった。
──数日後。
彼女は高熱を出して寝込み、血混じりの咳を繰り返した。
医師は理由の分からぬその症状に夏風邪だと診断したが、薬は効かない。
苦しそうな咳を数え切れないほどに吐き出す彼女の唇は、じわじわと赤黒く染まっていった。
シェリーが咳に苦しむその夜も、湖畔からは楽しげな声が聞こえていた。
屋台の音楽、若者の笑い声、カメラのシャッター音。
母親は娘の汗を拭いながら、窓の外の賑わいに顔を歪めた。
「……シェリー、早く元気になってあなたも一緒に遊びましょう」
同じ頃、酪農家たちは牛や馬の異変に頭を抱えていた。
食欲はあるのにみるみる痩せ細り、何よりも水を欲しがってがぶ飲みする。
やがて歩けなくなり、体はガクガクと震え、眼は濁り、数日もせずに倒れて死んでしまうのだ。
「疫病か? いや、餌かもしれないな」
獣医は原因を掴めず、疫病の可能性を疑い、死体は産業廃棄物として焼却された。
だが焼却場に立ち会った作業員は、黒煙に混じる異様な焦げ臭さに吐き気を催し、思わず鼻を押さえるのだった。
次に異常が現れたのは、湖そのものだった。
ある朝、釣り人が水鳥の死骸をいくつも見つけたのだ。
白鳥が、カモが、羽を湖面に広げたまま浮かんでいた。
「鳥インフルか?」
「いや、湖に毒物が流れ込んだんじゃ……」
噂は瞬く間に広がったが、役所は「調査中」とだけ答え、何も発表することは無かった。次第に大人たちもこそこそと噂をするばかりで、湖の水をより一層しっかりと煮沸して飲むようになった。
子供たちが湖畔で拾った小魚やカエルも、翌日には動かなくなっていた。
やがて、人間にもその影は忍び寄った。
老人たちが「体が重い」と言い出し、子供たちが頭痛を訴える。
最初に体調不良になったシェリーのように血混じりの咳を繰り返すようになった子供たちに、疫病じゃないか。シェリーが疫病を運んできたと、子を失ってすぐの悲しみに暮れるネヴィル家を詰ったのだ。
ある母親は、洗濯物を干しているとき、自分の爪が黒く染まり、割れていることに気付いて悲鳴を上げた。
別の男はシャワーの排水口に、抜け落ちた髪の毛の束を見て青ざめたのだ。
何か重大な病気かもしれない、しかし医者にかかっても、誰も原因を特定することはできなかったのだ。
「疲れだろ」
「夏風邪だよ、すぐ治るさ」
医者も住民も、そう言ってごまかしていた。
けれど──誰もが薄々気付いていた。
この町で何かが起きている、と。
そして、それは湖と関わっているのでは無いかと。
二〇二六年八月一五日。
そんな住民の不安もよそに、夏のシルバーシティは、かつてない賑わいを見せていた。
観光協会は湖の足跡を「シルバーシティ・リザード」と名付け、ポスターにまるで恐竜のようなイラストを刷り込んだ。
湖畔には屋台が並び、“シルバーシティ・リザード”を模した着ぐるみが子供たちに風船を配る。
湖畔の通りには屋台が立ち並び、町中が“シルバーシティ・リザード祭り”に染まっていた。
観光協会が刷ったポスターには、緑色の恐竜のようなイラストと「シルバーシティ・リザードを探せ!」の文字。
実際に足跡を見た者はごく僅かだというのに、今や誰もがそれを信じ、あるいは信じたふりをして楽しんでいた。
「リザード・バーガー! 国産牛肉一〇〇パーセントだよ!」
「冷たいリザード・ビールはいかが? ブリザード級に酔えるぜ!」
屋台の売り文句に人々は笑い、子供たちは風船を手に走り回る。
湖の水で作った「リザード・レモネード」まで売られていた。
誰も不安など感じていないように見えた。
「シルバーシティ・リザード・バーガー! リザード・バーガーより美味いよ! シルバーシティ産の牛肉一〇〇パーセントだよ! 一個七ドル!」
「フェスティバル記念グッズだよ! シルバーシティ・リザードTシャツはいかが?」
肉が焼ける匂いが漂い、観光客の笑い声が湖畔に響く。
巨大なスクリーンには、舞台の上で行われている“シルバーシティ・リザード”が牛を丸呑みにする様子がアニメになって流れている。
大きく腹が膨れた“シルバーシティ・リザード”は食べすぎた牛で膨れ上がり、破裂して息絶えている。
酪農家のジョン・マクレランドも、皮肉げにビール片手で笑っていた。
「化け物に稼ぎ頭の牛を食われたと思ったら、いまじゃ町の救世主だ」
その一方で、観光客に混じった町の住人たちの何人かは、爪に包帯を巻き、帽子を深くかぶっていた。
咳を堪えながらも、「町おこしだ、景気が戻る」と言い聞かせるように笑っていた。
ステージでは司会者がマイクを握り、叫んだ。
「さあ、みなさん! 今年の夏はUMAを見つけに湖へ飛び込もう! “リザード・チャレンジ”の時間です!」
拍手と歓声。
不安と病の影をかき消すように、町は浮かれ続けていた。
湖畔には舞台の歓声と屋台の呼び声が響いていた。
だが、その喧噪の陰で、若者たちの間では別の遊びが流行していた。
──“湖チャレンジ”
足跡が残る岸辺から湖へ飛び込み、動画を撮ってSNSに上げる遊びだ。
最初は冗談だったが、いまでは観光客の前でやれば拍手がもらえる、町の新しい“余興”になっていた。
────
──配信開始。
「やっほー、見えてる? 今日も平和に元気に行こうぜ! ピースだよ!」
スマートフォンを掲げたニューヨーカー、ノア・ホルボーンは、眩しいブロンドをかき上げてカメラに笑顔を向けた。
青い瞳と整った顔立ち、一八〇センチメートルに満たない細身の体をしている。
筋肉こそ正義だというアメリカよりも、海外のフォロワーに支えられている、人気インスタグラマー兼配信者だ。
──おおピース! 待ってたぜ!
──都会ボーイが田舎までよく行ったなw
──ピースいただきました!
──ニューヨークからシルバーシティ? ってどんくらいかかんの?
コメント欄が瞬く間に流れていく。
「今日は、話題の“シルバーシティ・リザードフェスティバル”に来てまーす!」
カメラがぐるりと回され、屋台の並ぶ通りを映し出す。カメラに映った観光客が笑って手を振っている。
それに、ノアも手を振り返す。
ハンバーガーの鉄板が煙を上げ、輪投げの輪がカランと音を立てる。
着ぐるみのリザードが子供たちに風船を配り、観光客の笑い声が夜空に響いていた。
「見てこれ! リザード・バーガー! 牛肉一〇〇パーセント! マジでデカい!」
ノアは紙皿に盛られたバーガーと自分の顔を比べるようにカメラに突き出し、大口を開けてかぶりつく。
「んんー! うまっ! 普通にニューヨークでも売れるよこれ!」
──飯テロwww
──こっちは夜中だぞ
──NY以外でもバーガー食うのかよ、お前いつもバーガーじゃんw
「お次はー、リザード牛串! リザードなのに牛肉かよ! ってツッコミは無粋だよな!」
屋台で買った串を掲げ、口いっぱいに頬張る。柔らかそうなそれは、肉汁を滴らせている。
「熱っ……でもうまい! これ一〇ドルだってさ。祭り価格〜」
──田舎祭り感出てる
──一〇ドル!? 家でも作れるだろ!
──ピース食ってる顔かわいい
ノアは笑って牛串にかぶりつき、ビールで流し込む。屋台の喧騒、子供の歓声、派手なTシャツにリザードのイラストが踊る。
「でさ、“シルバーシティ・リザード”って名前、ダサくない?」
──だっさ
──UMAっぽさゼロ
──観光協会センス無いよな
「だろ? だから俺が新しい名前つけてやるよ……そうだな、湖のお姫様──“ロザリー”だ!」
──ロザリー!?
──かわいい!
──お姫様って! 私も呼ばれたい!
──インスタ映えする名前だな
「決まり! 今日からコイツはロザリー!」
ノアは大げさに指を湖へと差し、カメラを向ける。
彼はさらに輪投げに挑戦し、見事に一等のTシャツをゲットしてカメラに向かって広げる。
「どう? 似合う? シルバーシティ・リザードTシャツ……間違えた、“ロザリー”Tシャツだって!」
──言い間違えてんじゃんw
──買うわw通販あんのかな?
──ダサかわいい
──似合う似合う!
しばらく祭りを楽しむ様子を配信した後、ノアはカメラを自分に向け直し、にやりと笑った。
いたずらをする前の猫のようなノアの笑顔が好みなフォロワーは多い。
「……で、今日のメインイベント。“湖チャレンジ”やります!」
──きたあああ
──待ってた
──バカすぎw
──やめとけってマジで、田舎の湖なんて何がいるか分かんねーだろ
湖チャレンジ開催の宣言がステージで行われ、観光客たちがざわつき、若者たちがスマホを構えて見守る。
ノアは胸を叩き、観客に手を振った。
「足跡の残ってる岸辺から飛び込んで、“ロザリー”を釣ってやるよ! カメラはしっかり回ってるから、俺の勇姿ちゃんと見てろよ!」
ノアはカメラを掲げ、観客の輪に囲まれながら笑顔を振りまいた。
コメント欄は次々と流れていく。
──やれやれ!
──バズ確定w
──死亡フラグきたな
「じゃあ行くぞ! “ロザリー”、お前を捕まえてやる!」
ノアはシルバーシティ・リザードの足跡が残っていると噂される岸辺へ駆け寄る。
観光客たちがスマホを構えてざわめき、誰かが「行けー!」と叫んだ。
屋台の肉の匂いと、遠くで流れるカントリー音楽の調べ。
その中で、湖面だけが不自然なほど静まり返っている。
「ニューヨークから来た俺、ピース! 湖のお姫様“ロザリー”に、ただいまダイブしまーす!」
両手でピースサインを作り、カメラに向けて満面の笑み。
そのまま助走をつけ──
大きな水音と共に、ノアの体が湖に飲み込まれた。
耐水カバーの取り付けられたスマホの画面が激しく揺れ、水泡と水飛沫がレンズを覆う。
──やべえwww
──マジで飛び込んだぞ!
──バカ最高www
──映えすぎ!
画面はすぐに元の静けさを取り戻した。
ノアの頭が浮かび、彼は咳き込みながら片手でスマホを掲げ、もう片方で水を掻いた。彼の足が湖の中で掻くように動いているのが、影で見える
「へっ……見たかよ! ロザリー姫の城は、冷たくて気持ちいいぜ!」
──ヒーロー降臨
──カッコよすぎwww
──でもマジで大丈夫かよ
笑顔の裏で、湖底の影がゆらりと蠢いた。
ノアは大げさに手を振り、湖面を泳いで進んでいく。
その姿に観光客たちは拍手し、スマホを掲げて歓声を上げた。
──ピース最強!
──勇者現るw
──ロザリー釣れた?
ノアは水をかきながらスマホを持ち上げ、得意げに言う。
「ロザリーはどこだ? 湖のお姫様は俺に見惚れて動けなくなっちまったか?」
その時だった。
カメラ越しに一瞬、水底から何か巨大な影がすうっと横切った。
──いま見えた?
──え、黒いのいたよな?
──編集?
──バカ、配信だよ
──仕込み?
ノアは気付かない。
彼の足のすぐ下で、影がゆっくりと広がっていく。
湖面に広がる波紋は、観客のざわめきと愉快なカントリー音楽にかき消されていた。
ノアは水面に浮かび、片手でスマホを掲げながら笑顔を作った。
「ロザリー姫、俺にキスでもしてくれるか?」
余裕綽々のノアの様子に観客が笑い、コメントが流れる。
──余裕すぎるwww
──かっけー!
──湖王子www
だがその時、ノアの足に冷たいものが絡みついた。
次の瞬間、湖面が激しく弾け、彼の脚が水中に引き込まれる。
「……えっ?」
スマホが大きく揺れ、映像がぶれる。
ノアの表情から笑みが消え、次の瞬間、喉を裂くような叫び声が響いた。
「うわあああッ! やめろ! 助けて!! 誰か!!!」
彼の体は腰まで水に呑まれ、必死に水面を掻く手がバタつく。
だが観客は拍手し、笑い、手を振っているように見えるノアに手を振り返し、スマホを掲げて叫ぶ。
「いけー!」
「演技うめえな!」
──ドッキリ?
──リアルすぎw
──さすがピースだわ
──演技上手すぎ、登録した
「違う! 本当に助けろ!! 頼む、殺される!! 助けて!」
声は確かに、悲痛極まる悲鳴だった。
だが岸に立つ人々は、ただ楽しげに手を振り返すだけだった。
湖面は真っ赤に染まることもなく、ただ水飛沫と必死の叫びだけが、スマホの画面越しに生々しく映し出されていた。
ノアの叫び声と共に、スマホは彼の手から滑り落ちた。
耐水カバーに覆われたまま光る画面が、泡立つ水中をゆっくり沈んでいく。
観光客たちはまだ笑っていた。
「すごい演技だな! 有名な俳優か?」
「映画でも撮ってんのか?」
拍手や口笛さえ飛び交う。
だが配信を見ていた視聴者のコメント欄は、一転して凍りついた。
──今の声、演技じゃない
──やばいやばいやばい
──後ろ! 後ろ!!
画面の奥で、水草の間から巨大な影が動いた。
爬虫類の鱗に覆われた脚、爪の光沢、そして青白く不気味に、仄かに発光する体表。
“ロザリー”の輪郭が、泡の向こうにぼんやりと浮かび上がった。
──トカゲ?
──いやデカすぎるだろ……
──CGじゃない……よな?
──バカ配信だよ!
カメラは沈みながら、必死に水中でもがくノアの姿を映し続けた。
彼の脚は膝まで、腰まで呑み込まれ、最後には頭までもが影の中に消える。
画面は泡で白くかき消され、次の瞬間、真っ暗になった。
配信は途切れず続いていた。
ただ、そこにノアの声はもう二度と戻らなかった。
画面が揺れ、暗闇の水底が映る。
水草が揺れる。
その背後で、光る何かがゆっくりと動いた。
爬虫類の尾が、画面の端を横切った。
青白い光を放つ鱗が、水の中でゆらめく。
やがて、大きな黒い瞳がレンズを覗き込む。
──そして、画面は完全に暗転した。
──なにいまの……
──光ってた
──あれが、“ロザリー”なの?
画面が暗転した後も、配信は数秒間だけ続いた。
誰かが「フェイク動画だろ」とコメントし、別の誰かが「ピースは演出に本気」と笑った。
それから一時間後、ノア・ホルボーンの配信は五〇〇〇万回再生を超えた。
その湖に警察が到着したのは、夜が明けてからのことだった。
彼の姿は、既にどこにもなかった。
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