6-2


「……場所っていうか、普通に裏路地でありますですね? ここ」


 到着した場所を見て、アニムスは呆れた様子だった。

 二人がやってきたのは、所長が陣取っていた事務所からほど近い場所にある、繁華街の裏路地だ。

 なんの変哲もない、薄汚れている以外に何も特筆すべき点はない、そんな場所だ。

 だが、ここは銀磁にとっては思い出の場所だった。

 なにせ。


「けど、オレはここで所長と出会ったんだぜ? チラシに書かれてた路地裏に行ったら、妙な女が立ってるもんだから、なにかと思ったけどな、最初は」


「それでスカウト受けるご主人様もご主人様でありますですが……」


「美人の頼みには弱くてね」


 格好つけて帽子のツバを軽く指先で押し上げて見せるが、アニムスはそんな銀磁の所作にも特に反応を見せず、裏路地を隅々まで見渡していた。

 それから、神妙な表情で言う。


「それにしても、妙でありますですな」


「妙って、何がだよ? なんの変哲もない裏路地だぞ? ……ま、所長が探せって言ってた場所は確かにここじゃなさそうだけどな」


「それはそうでありますですが、ワタシが言っているのはそういうことではなく。ここで開発者様がご主人様をスカウトしたという話が、妙だと思ったのでありますです」


「……なんで?」


「考えてみるでありますですよ。ワタシたちが所属しているような秘密の組織がそもそも、人員募集のポスターなんて張ると思うでありますですか? もちろん、直接的に組織に入りませんか、などと書かれていないにしても」


 言われてみれば、と銀磁は今更ながらに違和感を覚えた。


「……ああ、でも、たしかポスターは素質がないと見つからないとか言ってたような……?」


「だとしたらご主人様が見つけられた意味が分からないのでありますです」


「おいこら、オレのこと遠回しに使えないやつって言ってんだろそれ! いや、オレも自分になにか才能があるとは思ってないけどさぁ……」


「いえ、ご主人様は能力を得てそれなりに役に立つ人間になったとは思うでありますですよ? しかし、一目見てそんな未来を見抜くというのは不可能だと思わないでありますですか」


「それは――」


 確かに、と納得する銀磁に、アニムスは自身の予想をぶつぶつと口にしながら考え込む。


「だとすると……まさかとは思うでありますですが……開発者様は、ご主人様と出会うためにわざわざここに居たという可能性が――しかし、なぜ? その時点でご主人様と接点はないはず――いや、まさか、あった? そもそも開発者様は――」


「お、おいアニムス? 大丈夫か?」


 珍しく一人考え込んでいる様子のアニムス。

 流石にちょっとオーバーヒートの心配をしてしまう銀磁だったが、不意に、アニムスは何かに気づいた様子で顔を上げた。


「……まさか、開発者様は――」


 そして、アニムスが、銀磁に向かって何かを言おうとした、その瞬間だった。


『流石、アニムスだ。けれど、続きは場所を変えてからにしよう。流石にさっきのヒントでは足りなかったようだけど、ここを覚えてくれていたから正解ということにしよう』


 どこからか所長の声が響いて、銀磁とアニムスは反射的に背筋を伸ばした。

 どこから、と銀磁がつぶやくと同時、アニムスが目を見開き、駆け寄ってくる。


「ご主人様! 上!」


「は? 上? ――うえぇえ!?」


 銀磁が上を向くと、そこにはいつの間にか、空間に真っ黒な穴が開いていた。

 それは近づいてきたアニムスともども、銀磁が能力を発動させたりする暇もなく、一瞬で地面まで下りてきて、二人を飲み込む。

 大きく広がっていた穴は一秒ほどで縮小し、消えて、そこには二人が居た痕跡はなにも残らない。


 ただ、あたたかな風だけがどこからか路地裏に吹き込んでいた。


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