5-3


 音やばいな、と銀磁はふと思った。

 アニムスの攻撃が始まってから三分ほど後、大量の兵士が外に出払ったのを見計らって、銀磁は施設の一階に侵入し、進んでいた。

 襲撃をうけているせいか、廊下は全て赤い非常灯に切り替わっておりやや視界が悪い。


 外からは絶え間なく、爆撃のような音が響いている。アニムスが施設に対して攻撃を行っている音だろう。

 残念ながらどういった攻撃をしているのかはわからない。潜入する前に、インカムは外しているからだ。

 インカムをつけていて、周囲の些細な音を聞き逃すのは命とりになる可能性もある。念には念を入れて、インカムを外し、銀磁はゆっくりと内部を移動していた。

 地上施設は三階建て。資材搬入用の出入口から入ったおかげか、兵士の数は元々少なく、その上アニムスに退きつけられているため、たまに一人二人、歩いているのを見かけるだけだ。

 夜間だから研究職などの人間もほぼ出払っている。

 危なげなく進んでいくと、エレベーター付近に到着した。

 このエレベーターに乗って三階に向かえば、アニマの囚われている部屋まではすぐのはずだ。


「……エヌ、エレベーター前まで到着した。操作して動かしてくれ」


 一度インカムをつけ直し、エヌに通信を入れる。するとすぐに返事が返ってきた。


『了解。……開けました、どうぞ! 三階に人はいません、ここで見つからなければ大丈夫です』


「ああ、行くぞっ……!」


 素早く扉の空いたエレベーターに乗り込むと、扉の影に銀磁は身を隠す。人が通ることもなくすぐに扉は閉まり、ゆっくりとエレベーターは上昇していった。

 そして、数秒して三階に到着すると、十分に周囲を警戒してから銀磁は外に出て、インカムを耳から再び外しながらアニマの囚われている部屋へと向かう。

 三階はエヌの言った通り、人の気配が一切無かった。どうやらほとんど倉庫らしい。

 銀磁は身を低くして、警戒しつつも足早に目的地へと向かう。

 そして到着した部屋の電子ロックに自分の端末を繋ぐと、遠隔操作でエヌがすぐに扉を開けてくれた。

 扉が開いた先には、ただっぴろい部屋があった。エヌが操作してくれたのか、部屋の照明は通常のものになっている。

 倉庫の予備だろうか? 部屋の端には頑丈そうなコンテナがいくらか積まれていた。

 そして、そんな部屋の隅に。


「アニマ!」


 縛られたアニマがベッドに横たわっていた。その腕には点滴の針が刺さっており、おそらく睡眠薬などが入った点滴が体内に注がれている。針が刺さっていない反対の手では、無意識だろうか、ルービックキューブをぎゅっと握りしめていた。

 銀磁は急いでアニマに近づくと、点滴自体になにか仕掛けなどが施されていないかを確認して、すぐさま腕から針を抜く。それから針の痕を布で押さえて止血して、持っていた止血用のテープを貼りつけた。

 それから、アニマを起こすため、気付け用の薬を腰についていた小さいバッグから取り出す。ほぼ無痛の細い針がついた注射器だ。

 アニマの体格に合わせて量を調整してから、銀磁はアニマの二の腕のあたりに針を突きさし、中身を注入する。

 すると、やや血の気の引いていたアニマの顔の血色がみるみるよくなって、やがて、ゆっくりと、目を開く。


「っは……ぁ……く……う……? あ……つい……」


「悪いな、アニマ。気付けの薬も入ってるから少し心拍と体温が上昇する……けど、大丈夫だ、すぐに収まるから」


 アニマの頭を、銀磁が撫でる。するとアニマの目の焦点があって、銀磁の顔をしっかりととらえ始める。


「ぎん……じ……?」


「ああ。助けにきたぜ、アニマ」


 励ますように、銀磁が笑みを浮かべて言うと、アニマは顔をくしゃりとさせる。

 喜んでいるようにも見えたが、悲しんでいるようにも見える。あるいは、戸惑っているのかもしれない。

 自分がなんと言えばいいのかわからなくて。

 今抱いている感情を、なんと言えばいいのかわからなくて。

 そんな風に、銀磁には見えた。


「ギンジ……わた……し……」


「何も言うな。言いたいことは後で聞くさ。それより、早くここを出るぞ。面倒くさい奴には会わないのが一番だ」


 だから早く、と銀磁がアニマの手を取って、ベッドから起こし立たせる。

 それから背中に背負おうと、その場にしゃがもうとした瞬間。


「――面倒くさいやつっていうのは、あたしのことかしらねぇ?」


「なに――うぁああ!?」


 銀磁はとっさにアニマのことを抱きかかえ、吹き飛ばされる。

 衝撃は斜め上から。壁を破壊して、一人の女性が部屋の中に入ってきた。

 圧倒的な暴力を携えて。


「最強美人なあたしに向かって面倒だなんて――器が小さくて、かっこ悪い男ねぇ?」


 全てに死を与える女、モルスがそこに立っていた。


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