第33話「地下迷宮の攻防」

【前回までのあらすじ】

イリアスが分断された中、襲撃を受け、ソフィアが攫われてしまう。そこには『祖父』と書き残したメモが。ソフィアの祖父が公爵だと確信しているカイラスは公爵邸への潜入を決意する。


—————————————————————


サファイア王国の貴族街。


夜の闇に紛れ、俺たちは公爵邸の裏手に広がる庭園に潜んでいた。



「……ここだ」



レオンが、古びた井戸のような石組みを指差す。



「地下水路の換気口です。


ここから、あの特殊な防腐剤の匂いが最も強く漂っています」



俺は鼻をひくつかせたが、ドブの臭いしかしない。


さすがは感覚過敏(ハイパーアカシス)の嗅覚だ。



「よし。ここから侵入するぞ」



「待ってください」



レオンが俺を制し、屋敷の正面玄関の方角を指差した。



「正面に、多数の熱源反応。


心拍音の乱れから推測するに、完全武装した兵士が約50名、待ち伏せています」



「50名……!?」



リセラが息を呑む。


やはり、俺たちが追ってくることを想定して、歓迎パーティーの準備を済ませているらしい。


裏口の換気口も、おそらく中は厳重に警備されているだろう。



「強行突破は無理だ。どうする?」



「陽動が必要です」



レオンが、腰に差した量産品の剣を確かめるように柄に手をかけた。



「俺が正面から突入し、敵の注意を引きつけます。



その隙に、カイラスと姉弟子は裏から侵入してください」



「お前一人でか!? 相手は50人だぞ!」



リセラが声を荒げる。


だが、レオンは無表情のまま、淡々と告げた。



「ルール1:弱者の保護。ルール3:ソフィアの安全確保。


……これが最も合理的です」



彼は俺を見た。



「カイラス。俺に『制限解除』の許可を」



俺は一瞬ためらったが、すぐに頷いた。



「……許可する。ただし、死ぬなよ。これは命令だ」



「了解」



レオンは影のように音もなく走り出し、屋敷の正面へと消えていった。


数秒後———


ドォォォォォン!!


正面玄関の方で、爆発音のような轟音が響いた。



「敵襲だぁぁぁッ!!」



「たった一人だ! 囲め!」



「な、なんだコイツは! 剣が見えねえ!」



怒号と悲鳴が入り混じる。


始まった。


レオンが派手に暴れているおかげで、裏手の警備が薄くなるはずだ。



「行くぞ、リセラ!」



「……ああ!」



俺たちは井戸の蓋をこじ開け、暗い穴の中へと飛び込んだ。





地下道は、湿気とカビの臭いで充満していた。


レオンの言っていた通り、微かに薬品の臭いが混じっている。


これは……医療用の消毒液と、ホルマリンか?



「……嫌な場所だ」



リセラが剣を構えながら呟く。



「壁に爪痕がある。……子供の背丈くらいの高さに」



松明の明かりで照らされた石壁には、無数のひっかき傷が残されていた。


何年も、何十年も前から、ここに閉じ込められた者たちが残した絶望の痕跡。



「急ごう。ソフィアがあのメモを書いた時の、あの震え……ただ事じゃない」



俺たちは足早に進んだ。


途中、見張りの兵士が数名いたが、リセラが瞬時に制圧した。


彼女の剣筋には迷いがない。


ソフィアを救うという目的が、彼女の強迫観念(OCD)を抑え込んでいる。



「ここだ」



最深部と思われる鉄扉の前。


中から、男の話し声が聞こえる。


「公爵様のご命令だ。可哀想だが、これも王家のため」



「さっさと済ませろ。薬を使うか?」



「いや、首を吊ったように見せかける。その方が手っ取り早い」



俺の頭に血が上った。


自殺に見せかけた殺害。


それを、事務処理のように淡々と話している。



「突入する!」



リセラが扉を蹴り破った。



ドガァン!



部屋の中には、椅子に縛り付けられたソフィアと、ロープを持った二人の男。



そして———


奥の暗がりに、もう一人。


巨大な処刑鎌を持った、異様な大男が座っていた。



「ソフィア!」



俺が叫ぶと、ソフィアが顔を上げる。


目隠しをされ、猿ぐつわを噛まされているが、無事だ。



「チッ、ネズミが入ったか!」



男たちが剣を抜くが、遅い。


リセラが銀閃一閃。


二人の男は剣ごと吹き飛ばされ、壁に激突して気絶した。



「確保!」



俺はソフィアの元へ駆け寄り、縄を解く。


ソフィアは俺の顔を見るなり、堰を切ったように泣き出し、しがみついてきた。


声は出ないが、全身で恐怖と安堵を伝えてくる。



「大丈夫だ。もう大丈夫だ」



俺は彼女を抱きしめ、頭を撫でる。



だが、リセラの声が鋭く響いた。



「カイラス、下がれ!」



ゾクリ、と肌が粟立つ殺気。


奥の暗がりに座っていた大男が、ゆっくりと立ち上がった。


全身を黒い革で覆い、顔には鉄仮面。手には身の丈ほどの処刑鎌。



「公爵様の庭に、薄汚いネズミが」



男の声は、まるで鉄板を擦り合わせたように不快だった。



「消毒しなければ」



男が鎌を振るう。


ブンッ!


空気が爆ぜるような音と共に、石造りの床がバターのように切り裂かれた。



リセラが俺たちを庇って剣で受けるが、その衝撃で数メートルも後退させられる。



「くっ……重い!」



リセラの顔が歪む。



剣聖の技を持つ彼女だが、力負けしている?



「私は公爵家掃除人、ガンダルヴァ。……ここがお前たちの墓場だ」



ガンダルヴァが再び鎌を構える。


その殺気は、これまで戦ったどの敵よりも濃密で、禍々しい。



リセラの呼吸が乱れる。


最強の敵を前にした不安が、彼女の「強迫観念」を再び呼び起こそうとしている。



「勝てるか……? 私の剣で……守れるのか……?」



リセラが呟いた。



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