第28話「猛毒の檻と、黄金の鳥籠」

【前回までのあらすじ】

イリアスの治療活動が評判を呼び、「聖者」として王城へ招かれることに。衰弱した王子たちを魔法で回復させたが、数日後にまた倒れてしまう。治しても治しても再発する謎の病。カイラスたちは真相を探ることを決意した。



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その夜、俺はまたしてもろくでもない夢を見た。


視界いっぱいに広がる紅い闇。


その中心で、女神カルミナが俺の首に腕を回し、背後から抱きついていた。


『ねえカイラス。愛するって、どういうことか知ってる?』


彼女は俺の耳たぶを甘噛みしながら、クスクスと笑う。


『それはね、その人を「自分だけのもの」にすることよ』


『閉じ込めて、誰も触らせないで、私がいなきゃ生きられないようにする……。


ああ、考えただけでゾクゾクしちゃう♡』



「それは愛じゃねえ。飼育だ」



『あら、一緒よ。だって、鳥籠の中の鳥は、飼い主にしか鳴かないでしょう?』



カルミナは俺の前に回り込み、恍惚とした瞳で俺を見つめた。



『この国の「お母さん」達も、私と気が合いそうだわ。


……ふふっ、素敵な檻(ケージ)が見られそうね』





「……ッ」



俺はガバッと跳ね起きた。


窓の外では、まだ朝日が昇りきっていない。


『檻』に『飼育』、一体何の事だ。





その日の午後。


俺たちは再び王城の門をくぐった。


と言っても、中に入れるのは「聖者」であるイリアスだけだ。


俺とレオンは従者として控室まで同行し、そこで待機することになった。



「行って参ります。必ずや、吉報を持ち帰ります!」



イリアスは意気込んで城内へと消えていった。



「暇ですね」



控室で待機しながら、レオンが退屈そうに窓から空を見上げる。



「雲の流れる速度と風向きを計算しましたが、雨の確率は20%以下です」



「そうか。おい、あまりキョロキョロするな。不審がられるぞ」



レオンは窓から見える人々———


兵士や侍女、御用商人たちを、瞬きもせずにじっと観察していた。


彼にとって、人間観察は『膨大なデータの収集』に過ぎない。


俺は欠伸を噛み殺しながら、イリアスの帰りを待った。





———数時間後。


イリアスが戻ってきた。その顔は、達成感と安堵に満ちていた。



「カイラス殿! やりました!」



「どうだった?」



「完璧です。第1王子様をはじめ、皆様の生命力は完全に回復しました。


顔色も戻り、食事も摂れるようになりました!」



イリアスは興奮気味に語る。


王妃ベアトリスは涙を流して喜び、『ルミナス様の使いだ』と感謝したそうだ。



「あんなに慈悲深いお母上はいません。


私が治療している間も、ずっと祈りを捧げておられました」



「そうか。よかったな」


俺は労った。


これで一件落着なら、それに越したことはない。


———だが、


現実は、そう甘くはなかった。





異変が起きたのは、それから三日後のことだ。


またしても、宰相からイリアスに出動要請がかかったのだ。


その日は俺たちは城には行かず、イリアスが一人で行った。


イリアスは顔色を悪くして宿に戻ってきた。



「……ダメです」



イリアスがテーブルに突っ伏す。



「また、倒れられました」



「またか?」



「はい。治したはずなのに、数日経つと必ず元に戻る。


いや、以前より衰弱しています」



イリアスは自分の手を震えながら見つめた。



「私の魔法が効いていないのでしょうか?


それとも、ルミナス様が彼らを見放したのでしょうか……」



俺は腕を組んだ。魔法は効いている。


その場では回復しているのだから。


だが、継続しない。


俺はしばらく考え込んだ———



「……イリアス。それは病気じゃないかもしれんぞ」



「え?」


「毒だ。それも、遅効性の」



俺の言葉に、イリアスが息を呑む。


一度きりの毒なら魔法で浄化できる。


だが、毎日の食事や飲み水に少しずつ混ぜられているとしたら?


治療しても、すぐにまた毒が蓄積していく。イタチごっこだ。





気分転換と情報収集を兼ねて、俺たちは街へ出た。


イリアスは落ち込んでいるが、じっとしていても解決しない。


貧民街の入り口に差しかかった時だ。


レオンがピタリと足を止めた。



「……特徴一致」



彼の視線が、人混みの一点を射抜く。


そこには、地味な平民の服を着て、買い物袋を下げた女性が歩いていた。


フードを目深に被り、顔を隠している。



「あの足の運び。骨盤の傾斜角と歩幅のリズムが、先日、城門で目撃した『侍女B』と完全一致します」



「えっ?」



イリアスが目を丸くする。



「城の侍女が? まさか、こんな汚い場所に?」



「……お忍びにしては、場所が悪すぎるな」



俺は目を細めた。


城の人間が、変装してまで貧民街に来る理由。


毒の入手か、密会か。いずれにせよ、ろくなもんじゃない。


「追うぞ」





俺たちは気配を消して、女の後をつけた。


女は複雑な路地を抜け、あるボロアパートの前で足を止めた。


そこは——先日、俺たちがミレーヌを送り届けた場所だった。



「ミレーヌさんの家……?」



女がドアをノックし、中に入っていく。


俺たちは建物の裏手に回り、窓の下に潜んで聞き耳を立てた。



「……ミレーヌさん。そろそろ良いお返事をいただけますね?」



部屋の中から、猫なで声が聞こえてくる。


侍女の声だ。



「陛下は本当にお優しい方ですよ。


あなたのような才能ある娘が、こんな場所で燻っているのを心から嘆いておられるのです」



「でも、私は、舞台が……」



「舞台? 陛下のためだけに歌うのです。


これ以上の名誉はありませんよ?」



ミレーヌの戸惑う声に対し、侍女は畳み掛けるように言った。



「それに、一番の心配事は『お母様』のことでしょう?」



空気が変わったのが分かった。



「あなたが側室になれば、衣食住は最高級。


何より、お母様の病気も、王宮の専門医が診てくれますよ。


最高級の薬も使い放題です」



ドクン、とミレーヌの動揺が伝わってくるようだ。


貧しい歌姫にとって、『母親の命』を保証されること以上の条件はない。


これは脅迫ではない。


逃げ場のない、圧倒的な「好条件」の提示だ。



「陛下は、お待ちですよ」



侍女はそれだけ言い残し、部屋を出ていった。


後に残されたのは、ミレーヌのすすり泣く声だけだった。





宿に戻った俺たちの間には、複雑な空気が流れていた。



「王家も、なりふり構っていられないということか」



イリアスが沈痛な面持ちで呟く。



「まだ15歳の少女を側室に迎えるとは。


しかし、今の王家の状況を考えれば、周囲が焦るのも無理はありません」



「焦る?」



「はい。直系の王子・王女が次々と謎の病に倒れているのです。


もしものことがあれば、血筋が絶えてしまう。


新しい世継ぎを望むのは、王としての責務でしょう」



イリアスは、王室の行動に一定の理解を示した。


確かに、封建社会の倫理観では『側室を迎えて子を作る』のは正義だ。


ミレーヌにとっては残酷だが、国のためには必要なことなのかもしれない。


だが、俺の中で一つの仮説が浮かび上がった。



「なあ、イリアス。もし第1王子が死んだら、次は誰が王になる?」



「え? それは順当に行けば第2王子ですが、彼も病弱です」



「じゃあ、その次は?」



イリアスは考え込み、ハッとした顔をした。



「第二王妃の子、あるいは王の弟君(公爵)……でしょうか」



「なるほどな」



俺はニヤリとした。


動機(ホワイダニット)が見えてきた。


第1王子が弱れば弱るほど、得をする奴がいる。


もし、自分の子供や、自分が推す血筋を王にしたい勢力がいるとすれば?


今の王子の病状は、彼らにとって都合が良すぎる。



「もしかしたら、この国で起きているのは『病気』じゃない」



俺は結論づけた。



「王位継承権を巡る、毒殺の応酬かもしれない」



王妃ベアトリスが「穢れ」を極端に恐れ、誰も部屋に入れないのも、暗殺者を警戒してのことなら辻褄が合う。


彼女は孤独に戦っているのかもしれない。見えない敵と。



「……調べる必要があるな」



俺はレオンとリセラを見た。



「明日は別行動だ。


お前たちは、この国の王位継承権と、派閥争いについて洗ってくれ。俺とイリアスは、もう一度城へ行く」


ターゲットは決まった。


この城に巣食う「毒」の出処と、誰が糸を引いているのかを暴く。


そうでなければ、あの王子も、そして歌姫ミレーヌも、大人の都合で食い潰されるだけだ。




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