第28話「猛毒の檻と、黄金の鳥籠」
【前回までのあらすじ】
イリアスの治療活動が評判を呼び、「聖者」として王城へ招かれることに。衰弱した王子たちを魔法で回復させたが、数日後にまた倒れてしまう。治しても治しても再発する謎の病。カイラスたちは真相を探ることを決意した。
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その夜、俺はまたしてもろくでもない夢を見た。
視界いっぱいに広がる紅い闇。
その中心で、女神カルミナが俺の首に腕を回し、背後から抱きついていた。
『ねえカイラス。愛するって、どういうことか知ってる?』
彼女は俺の耳たぶを甘噛みしながら、クスクスと笑う。
『それはね、その人を「自分だけのもの」にすることよ』
『閉じ込めて、誰も触らせないで、私がいなきゃ生きられないようにする……。
ああ、考えただけでゾクゾクしちゃう♡』
「それは愛じゃねえ。飼育だ」
『あら、一緒よ。だって、鳥籠の中の鳥は、飼い主にしか鳴かないでしょう?』
カルミナは俺の前に回り込み、恍惚とした瞳で俺を見つめた。
『この国の「お母さん」達も、私と気が合いそうだわ。
……ふふっ、素敵な檻(ケージ)が見られそうね』
◇
「……ッ」
俺はガバッと跳ね起きた。
窓の外では、まだ朝日が昇りきっていない。
『檻』に『飼育』、一体何の事だ。
◇
その日の午後。
俺たちは再び王城の門をくぐった。
と言っても、中に入れるのは「聖者」であるイリアスだけだ。
俺とレオンは従者として控室まで同行し、そこで待機することになった。
「行って参ります。必ずや、吉報を持ち帰ります!」
イリアスは意気込んで城内へと消えていった。
「暇ですね」
控室で待機しながら、レオンが退屈そうに窓から空を見上げる。
「雲の流れる速度と風向きを計算しましたが、雨の確率は20%以下です」
「そうか。おい、あまりキョロキョロするな。不審がられるぞ」
レオンは窓から見える人々———
兵士や侍女、御用商人たちを、瞬きもせずにじっと観察していた。
彼にとって、人間観察は『膨大なデータの収集』に過ぎない。
俺は欠伸を噛み殺しながら、イリアスの帰りを待った。
◇
———数時間後。
イリアスが戻ってきた。その顔は、達成感と安堵に満ちていた。
「カイラス殿! やりました!」
「どうだった?」
「完璧です。第1王子様をはじめ、皆様の生命力は完全に回復しました。
顔色も戻り、食事も摂れるようになりました!」
イリアスは興奮気味に語る。
王妃ベアトリスは涙を流して喜び、『ルミナス様の使いだ』と感謝したそうだ。
「あんなに慈悲深いお母上はいません。
私が治療している間も、ずっと祈りを捧げておられました」
「そうか。よかったな」
俺は労った。
これで一件落着なら、それに越したことはない。
———だが、
現実は、そう甘くはなかった。
◇
異変が起きたのは、それから三日後のことだ。
またしても、宰相からイリアスに出動要請がかかったのだ。
その日は俺たちは城には行かず、イリアスが一人で行った。
イリアスは顔色を悪くして宿に戻ってきた。
「……ダメです」
イリアスがテーブルに突っ伏す。
「また、倒れられました」
「またか?」
「はい。治したはずなのに、数日経つと必ず元に戻る。
いや、以前より衰弱しています」
イリアスは自分の手を震えながら見つめた。
「私の魔法が効いていないのでしょうか?
それとも、ルミナス様が彼らを見放したのでしょうか……」
俺は腕を組んだ。魔法は効いている。
その場では回復しているのだから。
だが、継続しない。
俺はしばらく考え込んだ———
「……イリアス。それは病気じゃないかもしれんぞ」
「え?」
「毒だ。それも、遅効性の」
俺の言葉に、イリアスが息を呑む。
一度きりの毒なら魔法で浄化できる。
だが、毎日の食事や飲み水に少しずつ混ぜられているとしたら?
治療しても、すぐにまた毒が蓄積していく。イタチごっこだ。
◇
気分転換と情報収集を兼ねて、俺たちは街へ出た。
イリアスは落ち込んでいるが、じっとしていても解決しない。
貧民街の入り口に差しかかった時だ。
レオンがピタリと足を止めた。
「……特徴一致」
彼の視線が、人混みの一点を射抜く。
そこには、地味な平民の服を着て、買い物袋を下げた女性が歩いていた。
フードを目深に被り、顔を隠している。
「あの足の運び。骨盤の傾斜角と歩幅のリズムが、先日、城門で目撃した『侍女B』と完全一致します」
「えっ?」
イリアスが目を丸くする。
「城の侍女が? まさか、こんな汚い場所に?」
「……お忍びにしては、場所が悪すぎるな」
俺は目を細めた。
城の人間が、変装してまで貧民街に来る理由。
毒の入手か、密会か。いずれにせよ、ろくなもんじゃない。
「追うぞ」
◇
俺たちは気配を消して、女の後をつけた。
女は複雑な路地を抜け、あるボロアパートの前で足を止めた。
そこは——先日、俺たちがミレーヌを送り届けた場所だった。
「ミレーヌさんの家……?」
女がドアをノックし、中に入っていく。
俺たちは建物の裏手に回り、窓の下に潜んで聞き耳を立てた。
「……ミレーヌさん。そろそろ良いお返事をいただけますね?」
部屋の中から、猫なで声が聞こえてくる。
侍女の声だ。
「陛下は本当にお優しい方ですよ。
あなたのような才能ある娘が、こんな場所で燻っているのを心から嘆いておられるのです」
「でも、私は、舞台が……」
「舞台? 陛下のためだけに歌うのです。
これ以上の名誉はありませんよ?」
ミレーヌの戸惑う声に対し、侍女は畳み掛けるように言った。
「それに、一番の心配事は『お母様』のことでしょう?」
空気が変わったのが分かった。
「あなたが側室になれば、衣食住は最高級。
何より、お母様の病気も、王宮の専門医が診てくれますよ。
最高級の薬も使い放題です」
ドクン、とミレーヌの動揺が伝わってくるようだ。
貧しい歌姫にとって、『母親の命』を保証されること以上の条件はない。
これは脅迫ではない。
逃げ場のない、圧倒的な「好条件」の提示だ。
「陛下は、お待ちですよ」
侍女はそれだけ言い残し、部屋を出ていった。
後に残されたのは、ミレーヌのすすり泣く声だけだった。
◇
宿に戻った俺たちの間には、複雑な空気が流れていた。
「王家も、なりふり構っていられないということか」
イリアスが沈痛な面持ちで呟く。
「まだ15歳の少女を側室に迎えるとは。
しかし、今の王家の状況を考えれば、周囲が焦るのも無理はありません」
「焦る?」
「はい。直系の王子・王女が次々と謎の病に倒れているのです。
もしものことがあれば、血筋が絶えてしまう。
新しい世継ぎを望むのは、王としての責務でしょう」
イリアスは、王室の行動に一定の理解を示した。
確かに、封建社会の倫理観では『側室を迎えて子を作る』のは正義だ。
ミレーヌにとっては残酷だが、国のためには必要なことなのかもしれない。
だが、俺の中で一つの仮説が浮かび上がった。
「なあ、イリアス。もし第1王子が死んだら、次は誰が王になる?」
「え? それは順当に行けば第2王子ですが、彼も病弱です」
「じゃあ、その次は?」
イリアスは考え込み、ハッとした顔をした。
「第二王妃の子、あるいは王の弟君(公爵)……でしょうか」
「なるほどな」
俺はニヤリとした。
動機(ホワイダニット)が見えてきた。
第1王子が弱れば弱るほど、得をする奴がいる。
もし、自分の子供や、自分が推す血筋を王にしたい勢力がいるとすれば?
今の王子の病状は、彼らにとって都合が良すぎる。
「もしかしたら、この国で起きているのは『病気』じゃない」
俺は結論づけた。
「王位継承権を巡る、毒殺の応酬かもしれない」
王妃ベアトリスが「穢れ」を極端に恐れ、誰も部屋に入れないのも、暗殺者を警戒してのことなら辻褄が合う。
彼女は孤独に戦っているのかもしれない。見えない敵と。
「……調べる必要があるな」
俺はレオンとリセラを見た。
「明日は別行動だ。
お前たちは、この国の王位継承権と、派閥争いについて洗ってくれ。俺とイリアスは、もう一度城へ行く」
ターゲットは決まった。
この城に巣食う「毒」の出処と、誰が糸を引いているのかを暴く。
そうでなければ、あの王子も、そして歌姫ミレーヌも、大人の都合で食い潰されるだけだ。
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