モキュメンタリーホラー「これ、誰?」

人型デブリ

EP0:「編集部注釈 ― 発見された資料群」


[xxx編集部より]


2025年11月18日(火曜日)。


オカルト雑誌「XXX」編集部は、このたび事務所を縮小し、ビルを移転することになった。


長年慣れ親しんだ雑居ビルを離れ、より小さな場所へ移るため、編集部員総出で荷物の整理を行っていた。かつてはそれなりの大所帯だった気がするが、紙媒体の弱体化に伴い人員も徐々に減っていき、総出とはいえ、今では編集部員3人とカメラマン1人だけである。人が少ないわりに段ボールは山積みで、整理にはとてつもない労力が必要だった。もう、何が必要で何が不要なのかもよくわからない状態だ。まぁ、ほとんど要らないのだろうが……。


そうして古い資料や使われなくなった機材が次々と廃棄されていく中、埃をかぶった一台のノートパソコンが見つかる。


このパソコンに、私は見覚えがあった。2次元美少女キャラクターのステッカーが多数貼られているそれは、かつて当編集部に在籍していたライター・K氏のものだった。また、ステッカーの他に、「常照寺」と書かれたお札も複数枚貼ってあった。オカルト編集部らしいカオスな外観といえるだろう。


K氏は十数年前、突然編集部から姿を消した。いわゆる「飛んだ」という状態で、誰もその行方を知らない。もう15年以上も前のことになる。


今の時代を考えると信じられないが、当時の編集部は泊まり込みも珍しくなく、今でいうところの“ブラック企業”さながらだった。劣悪な労働環境、終わりの見えない締め切り、当然のように積み重なるサービス残業――。そんな状況の中で、ある日突然いなくなる、いわゆる「飛んでしまう」社員やライターは後を絶たなかった。それは日常の光景であり、誰も深く追及することはなかった。


K氏の失踪もまた、その一つとして片付けられ、何度かは電話したが、それ以上しつこく探す者はいなかったのである。本来K氏が担当するはずだったページは自社広告に差し替えられたことを何となく記憶していた。


何気なくK氏のパソコンを充電し、開いてみることにした。何か面白いものがあるかもしれない。


サブのノートパソコンということもあって、非常に簡素なデスクトップとなっていた。いくつかのドキュメントファイルと、企画名であろうフォルダだけだった。


その中に、(仮)とついた名称のフォルダが残されていた。おそらく最後に手掛けていた企画であろうか、フォルダ名は「これ、誰?(仮)」。


開いてみると、中にはドキュメントファイル、画像ファイル、音声ファイル、動画ファイルなど、雑多な形式のデータが散らばるように収められていた。内容は一見すると、オカルト雑誌にありがちな寄せられた怪談や都市伝説の類に思える。不可解な画像や断片的な情報、解読困難な不審な文書も多い。


しかし、読み進めるうちに、私は次第に背筋が冷たくなるのを感じた。


あまりにも精緻に構成され、あまりにも現実に近い。


フィクションだと片付けるには、どこか「本物の記録」を思わせる部分が多すぎたのだ。


この資料群は、K氏が失踪する直前まで収集・編集していたものと思われる。


断片的に保存されていたファイルをK氏の取材状況に合わせた順に並び替え、可能な限り再編集した。


[XXX編集部:注釈]


本ファイルはK氏の遺した断片をそのまま再構成したものである。取材記録の順序・一部の語句は編集上整理した。なお、個人名・一部地名は取材当時の記録を維持したが、プライバシー配慮のため検閲・伏せ字を施した箇所がある。

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