第32話 学祭スタート

 部屋の向こうの方で、押し殺した笑い声がした、ような気がする。


 緒方先輩が笑いながら俺の肩をゆすった。


「お前、やっぱり面白いな。里見の見る目は凄いよ」


 なんだかわからないけど、褒められているような気がした。俺は一番目立つ赤いバラを抜いた。


「緒方先輩、好きです」


 肩を震わせながら、緒方先輩はバラを受け取ってくれた。先輩には赤いバラがとても良く似合う。


「ちょっと、ヒロシ。あんた壊れたの?」


「井上先輩。好きです」


 そう言って、手がプロテアに伸びかけたが、かろうじて残っていた理性と、今井先輩のハッと息を飲む気配に、手は手前にあったユリを掴んだ。


 ほっとしながら、それを井上先輩に渡す。

 井上先輩はユリを受け取り、ちょっと嬉しそうにそれを眺めている。


「ヒロシ、私には無いなんて許さないからね」


 身を乗り出してきた里見先輩にすごまれ、俺は白いバラを抜いた。

 パッと見て、その花が里見先輩だと思ったのだ。それからゆっくりと差し出した。


 受け取る時に、首をかしげて、ん? と何かを促された。


「里見先輩、好きです」


 馬鹿の一つ覚えの様に言った途端に、心臓がドクンと大きく打った。

 あれっ。

 なんだろう、と思って少し緊張した。


 里見先輩の怖かった顔がふっと緩み、ポワッと赤くなった。

 そして白いバラの香りを吸い込むように下を向いた後、俺に向けていつもの笑顔を見せてくれた。

 それを見たら、俺の胸の中も暖かくなり、緊張が解けて行った。


 最後は野口さんだ。彼女には黄色いガーベラを抜いて渡した。明るくて澄んだ黄色が彼女にぴったりだと思った。


「野口さん、好きです」


 もうロボット、もしくはオウム状態だ。


 野口さんは黄色いガーベラを見つめた。


「私にはこれかあ」

 小さくつぶやいた。


 打ち合わせの企画内容と、だいぶ意味が変わり、コメディ方向に流れてしまったが、なぜかこれでいいと言われた。

 そして撮影は終わり、スタッフ込みの全員で、ケーキを食べてお開きになった。

 後は編集の腕に任せる。

 


 それ以降は、学祭の準備に追われる日々になり、撮影の記憶は次第に薄れていった。

 俺は脱出ゲームの打ち合わせを通して、自衛隊の広報部門と打ち合わせを重ねた。

 実際に派遣されるのは、陸上自衛隊の一部隊らしい。

 詳細の打ち合わせ段階では、まず怪我を防ぐ対策を話し合った。


「大丈夫です。絶対に怪我なんてさせないように、手加減しますから」


 明るく言う二等陸曹に、今井先輩が物申した。


「この学校には運動神経が優れた者も多いので、手練れの者でメンバーを組んでもらったほうがいいかもしれません」

 

 はっと、声を飲んだ陸曹は、真顔になった。


「こちらは日々鍛えているので、どの隊員も一般人には負けないでしょう。お気遣い無用です」


 井上先輩が、にっこりと微笑みながら、次期副会長の松本さんを指で呼び寄せた。

 次期生徒会役員には、お手伝いで入ってもらっている。


「この人が、この部屋を出るのを阻止してみてください」


 松本さんが前に出ると、陸曹は同行した隊員の中から、一人を呼び出した。


「この生徒と対戦しろ」


 見合った二人は次の瞬間、ドアに向かって走りだした。

 松本さんは飛び掛かろうとした隊員を軽くかわして進み、スウェーからのバックステップ。

 息も切らさずに廊下に出ていた。


「松本君。もういいわよ、戻って」

 井上先輩は静かに言った。


「彼はボクシングが特技です。鬼側にゆとりがないと危険が増します。だから、十分な力量を持つ隊員で編成してください」

 陸曹は黙って頷いた。


 こえーっ。完全に陸曹を制圧した。

 こんな具合で話はしっかりと詰められていった。


 生徒会の仕事で手一杯の俺は、クラスの出し物には全く関われずにいた。

 一年C組はクレープ屋を出店する。企業から機材を借りられるそうだ。


 この学校にいる間は、言ったもの勝ちの、やりたい放題だとつくづく思う。

 社会に出たら、こんなに都合のいい話は無いだろう。

 やるならこの三年間だ。ようやく俺は、この学校のうまみを実感し始めた。


 少し肩身の狭い思いでいる俺に、真田が笑って言ってくれた。


「下僕、真田。田中君の分も働きますよ」

 このノリは何だろう。


「真田ってさ、侍フリークとかなの?」


「まさか、我が真田家のルーツは忍者です。それとは関係なく、田中君の恩にはきっちり報いさせていただきます」


 何言ってんだか。


「真田、面白いね」



 そんなばたばたの日々の果てに、学祭当日がやって来た。

「さあ、気を引き締めて、二日間を乗り切ろう」


 緒方先輩の声に、皆で「おおーっ」と声を上げ、一日目が始まった。

 俺の役目は体育館の演目が予定表通りに進んでいるかの確認、それと脱出ゲームの取りまとめ。

 クラスの出し物はほぼノータッチのままで来てしまった。

 自称、下僕の真田に、作業を全て替わってもらっている。

 その真田はというと、里見先輩に懐いていて、今もべったりとくっついている。

 二人はごく短期間で、とても仲良くなっていた。


「真田、ヒロシの事は任せたわよ。外敵から守ってやってね」

「もちろんです、里見先輩。お任せ下さい」


 外敵とは誰を差すのだろう。腹黒女子たちの事だろうか。真田に向いた仕事とは、とても思えない。

 十時から一般客が来るため、それまでに出店や企画の準備状況を見回る。そのため目が回る程忙しい。

 あっという間に十時になり、客が校内に入って来た。

 そこら中に人が溢れ、いつもの校内が、瞬く間にお祭り会場になっていく。


「ヒロシ、ちょっといい? 姉を紹介するね」


 里見先輩に声を掛けられ振り向くと、柔らかそうなロングへアの美女が俺を見てにっこりした。

 少し里見先輩と似ているけど、雰囲気は全然違う。


「姉の麗子よ。こちらは後輩の田中ヒロシ君」


「よろしく、ヒロシ君。お噂はかねがね。私も会いたいって、ずっと言っていたのよ。それなのにちっとも会わせてくれなかったの」


 優しくてふんわりした雰囲気の女性だ。甘い香りに、思わずブルッと震えた。

 緒方先輩たち三人も寄って来た。


「今井君も久しぶり。この頃家には遊びに来ないわね。また来て頂戴。井上さんも一緒にね」

「あー、今度な」


 そう言って目を逸らしている。

 あれ、麗子さんの事、苦手なのかなと思い、今井先輩の顔をじっと見てしまった。

 井上先輩が、俺を見て笑った。


「お説教されるのが嫌で逃げてるのよね」


 お説教。あの今井さんが。

 緒方先輩は麗子さんに話し掛けている。ひたすら話し掛けている。

 なんだかいつもと違って、一生懸命な感じだ。

 不思議そうな俺を見て、また井上先輩が笑った。

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