第17話 CM撮影2

 俺は、まず今井先輩の横に移動した。

 今井先輩は、よしよし、もしくはやれやれという感じで自分の後ろに俺を庇い、盾になってくれた。広い背中が頼もしい。


「昼飯にしようか。これも飲まなきゃな」


 そういえば、これは清涼飲料水のコマーシャルだった。

 CMプランナーからは、イメージフィルムだから、飲むシーンにこだわらなくてもいいと言われている。


 それでも、飲んでいるシーンは多い方がいいよな、と思って手を伸ばした。

 その瞬間、俺の手は里見先輩にガシッと掴まれていた。


「あの、何でしょうか」

 既に怖い。


「さっき、一本飲んでたよね」

 低い声に怯え、

「はい」とだけ答えて素直に引いた俺に、緒方先輩が笑いをかみ殺しながらピタサンドを渡してくれる。


 さすがコマーシャルだけあって、お弁当もおしゃれだ。

 おしゃれだけど、ピタサンド一個じゃ、絶対に足りない。でも言えない。


 俺はピタサンドを手に、皆から少し離れた場所にとぼとぼと移動した。

 今度はいつチョロシ君の呼び方を止めてくれるのだろうか。


 だけど、あの時の野口さんの笑顔は素晴らしかったんだ。俺がチョロイのではなく、野口さんが凄いのでは?

 一瞬、今井先輩に聞いてみようと思ったが、飛び火したら恩を仇で返すことになるので止めた。

 今井武先輩がチョロイ武とか呼ばれるのは、いたたまれない。

 井上先輩なら情け容赦なく言いそうだしな。


 あっという間にピタサンドを食べ終わってしまい、沈み込んでいた俺の目の前に、サンドイッチがぬっと出て来た。

 その手の先には里見先輩のむっつり顔。


 ひたすら低姿勢で、ありがたくいただいた。夢中で遊びすぎて凄くお腹が空いていた。


 里見先輩はそのまま横に座り込むと、清涼飲料水を一本渡してくれた。


「飲んでいいんですか?」

「さっきのは冗談よ。飲み物が無いと、喉につかえるでしょ」

「ありがとうございます」


 そう言って一口飲んだら、ほっとして、ヘニャッと笑ってしまった。

 里見先輩は俺を見て困ったように顔をしかめて笑った。 

 なんだろう。

 俺が変な顔をしたせいだろうか。


 でもいいのだ。やっと笑ってくれたから。


 ようやく安心して、サンドイッチを食べ始めた。卵サンドとチキンサンドだ。

 チキンの方に苦手なトマトが入っていたので、どうしようかと躊躇った。


「しょうがないわね、ヒロシは。トマトが嫌なんでしょ。ほら、そっち頂戴」


 里見先輩が自分のハムサンドと交換してくれた。


 食べながら今井先輩たちの方を見ると、今井先輩と井上先輩が並んでサンドイッチを食べていた。何となくほっこりした雰囲気だ。

 これは、あれだな。

 今井先輩が井上先輩を包み込んでいるんだ。井上先輩がごつい骨で、それを優しく包み込む肉が今井先輩だ。

 逆に見えがちだが、絶対にそうだ。


 緒方先輩はというと、野口さんと並んで座っている。

 彼女は160センチくらいで、顔立ちも体つきも、柔らかな曲線を描いている。

 野口さんは、里見先輩とは全く違うタイプの美少女だ。グラビアアイドルらしい、めりはりボディなのも違う。

 美男美女で見応えがあるけど、なんだかそっけない雰囲気だ。撮影現場の休憩時間そのものという感じ。

 断然、里見先輩との方が見ごたえがある。


「あの二人の組み合わせは、なんとなく面白みがないですね」


「あら、わかったような事を言うわね。チョロシ君はそういうの、全然わからないのかと思っていたわ」


「生意気な事を言って、ごめんなさい」

 俺はすぐに白旗を上げた。


 せっかく少し機嫌が直って来たのだ。手ごわい井上先輩の前に、里見先輩を何とかしておきたい。


「素直でよろしい」

 そう言って無造作に頭をクシャっと撫でられた。

 指の感触が優しいと思った途端に、頬の産毛がブワッと立ち上がった。


 その目に前に、里見先輩の飾り気のない笑顔があった。

 なぜか鼓動が早くなり、彼女から目が離せなくなる。

 あれ、これは何だ? 

 自分の心臓の音がうるさい。


 その時急にザっと雨が降り始めた。

 あまりに突然で、びっくりしてしまったが、 周囲は明るいので、通り雨のようだ。

 俺はシャツを脱いで里見先輩に被せ、木の下に座るみんなの元に向かって、一緒に駆け戻った。

 幸い雨は一瞬で止み、その後の撮影は無事に進んだ。



 後日の試写会に出席すると、驚くことに俺と里見先輩、俺と野口さんの二つのショットが、カップル編として編集されていた。

 それ以上に驚いたのは、コマーシャルが全5本のドラマ仕立てに仕上がっていることだ。

 第一は全員で遊ぶ様子を撮ったベース編。それに清涼飲料水の宣伝が被ってくる。

 第二は緒方先輩と里見先輩のカップル編。これも素敵なカップルの姿に清涼飲料水の宣伝が被ってくる。

 ここまではいいのだ。


 第三は俺と、野口さんとのカップル編。

 緒方先輩と里見先輩を見て場所を移動する俺と、それを追って来る野口さん。


 このシーンを切ない片思いの男と、それを慰めようとする一人の少女。そして思わず彼女に見とれる男、というふうに編集している。


 音楽がそれらしく付けられ、間がちゃっかりと編集され、いかにもそういう雰囲気に出来がっている。

 そして彼女に見とれる俺のあほ面は、ばっちりスロー!

 勘弁して欲しい。


 第四は俺が怒られる編。

 俺と野口さんの二人を遠くから撮り、戻って来るところから始まる。


 怒る女性陣と俺を庇う男性陣。俺以外の二人は、駄目な俺を庇うカッコいい男に写っている。

 事実、そのままだけどな。

 セリフは入っていないのに、やっていることで大体筋が分かるのがすごい。

 俺は緒方先輩が渡してくれたピタパンを持って、すごすごと一人離れていく。まるで群れを追われたサルみたいだ。


 そして井上先輩が里見先輩にサンドイッチと飲み物を渡して、行け、というようなしぐさをしている。 

 その後が、今井先輩と井上先輩の仲良しツーショット。


 あの時、井上先輩が里見先輩をつついてくれたんだと、これで初めて知った。

 井上先輩は優しいんだ。そして怖い。


 第五は俺と里見先輩のカップル編。

 俺が一人でピタパンを食っている寂しい絵から始まる。

 これは片思いの男に、実は彼女も好意があるのかも、という話として編集されている。

 里見先輩から飲み物を貰った俺は、安心した子供のような顔をしている。

 それを見た里見先輩の、「許してやるか」みたいな複雑な笑顔は、味があって印象的だ。

 その後に俺の頭をクシャっといじるときの笑顔は対照的に満開で、とても魅力的に映る。

 最後は雨の中を走るシーンだ。里見先輩を雨から庇っていたせいか俺が大人っぽく見える。

 それに俺のシャツを被った里見先輩が少し頼りなげで可愛らしい。他のシーンでの強く美しい里見先輩とのギャップが、凄く新鮮だった。



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