第2話 再会
一方、潮風が通り抜ける。青い海を望む丘の上、港町≪エルネ≫は、今日も穏やかにざわめいていた。
石畳の道の脇では漁師が網を干し、魔力灯が淡く光を落としながら並べられた魚を照らしている。
荷揚げ場では、古びたクレーンの横で、荷運び用のレーンが音を立てて進んでいた。
町のあちこちで見られるこうした機械――
風車の代わりに空気を循環させる換気塔も、海水を蒸留して塩を分離する装置も、夜の路地を照らす灯りも、静かに魔力を吸い上げて動き続けている。
そんな町の入り口に、大量の荷を乗せた荷馬車が止まっていた。
馬車の上には、まるで塔のように積まれた特殊な模様が刻まれた大小さまざまな箱。
運ばれた品々を積んだその荷は、町の隅でも誰よりも目立っていた。
その荷の持ち主が――リアラだった。
腰まで届きそうな雪の様に真っ白の長い髪が陽に揺れ、宝石のような水色の瞳が涼やかに光っている。
背はすらりと高く、細身ながらしなやかな体つき。凛とした佇まいは、ただそこに立っているだけで空気を変えてしまうほどだった。大量の荷も相まって、住民からリアラにも視線が集まる。
(見られてる気が...)
リアラはその視線を感じ取る。
「おねーさん、ここのひと?」
突如、子供がリアラに話しかけてくる。
「私ですか?生まれは違いますが…ここでは数年お世話になって――」
「へぇ~これひらひらしてる~」
リアラの回答に特に反応するわけでもなく、無邪気にリアラの着ていた上着の長い裾を引っ張る。
「ちょっ!ひ、引っ張らないでください!あっ!あなたも!」
好奇心が伝染するように、次々と子どもたちが集まってきた。
「あはは、おもしろ〜い」「てぶくろしてる〜なんで?あったかいのに」
困り果てたリアラは、そっと魔法を紡ぐ。
≪
足元に白い粉雪がふわりと舞い落ちる。目の前に小さな雪の丘ができると、子どもたちは歓声を上げて走りだした。
「元気ですね…それよりムーンさん、まだかな…」
小さく息をついた後、リアラは辺りを見渡す。
(こんなに魔導機が…前は稀に見るぐらいだったのに…)
町に溶け込んだささやかな魔導機たちへと自然と目を向けていた。
「こんな大量の荷物を運ぶのは初めてだったよ。嬢ちゃん、本当にこんなとこに荷物を置いとくのかい?」
大量の荷に思わず、中年の運送業者の1人がリアラに聞く。
「はい、知り合いが来てくれるので大丈夫です。ありがとうございました」
リアラは馬車から降りた運送業者に礼を言い、数枚の金貨を渡す。
「ねぇ、これ登っていい?」「中、なにが入ってるの?」「すげーでっけぇ!」
またも子どもたちが、わらわらと集まってきていた。
今度は好奇心に満ちた瞳が荷の山を見上げ、次の瞬間には箱の上へよじ登り始める。
「あっ、ちょっと! それ危ないですよ!」
リアラの声もむなしく、箱の山がぐらりと傾いた。
ガラガラッ――!
その真下、転んで動けない少年の頭上に、箱の一つが落ちてくる――。
「危ないっ!」
風が裂ける。
リアラは一瞬で少年の前に立ち、右脚を振り抜いた。
ドンッ!
箱が宙を舞う。狙ってか、その箱は人がいないところに落ちる。
空気が震え、砂が舞い上がる中、リアラはゆっくりと足を下ろした。
「……ふぅ。間に合いました」
少年は呆然と、彼女を見上げていた。
リアラはしゃがみ込み、擦りむいた少年の足をそっと手に取る。
「少し痛いかもしれませんけど、じっとしててくださいね」
掌に淡い光が灯る。
≪
光が少年の足を包み込み、傷が瞬く間に癒えていく。
「……痛くない」
少年が目を丸くする。リアラは微笑み、静かに頷いた。
「よかった。ここは危ないので広いとこで遊んでくださいね」
子どもたちが去った後、崩れた荷を見上げ、リアラは肩を落とす。
「……これ、全部積み直すの、大変そうですね。師が用意してくれた箱が無ければもっと酷いことに...…」
地面に落ちた荷物を拾い始める。
「……リ、リアラか?」
突如リアラの名を呼ぶ声が聞こえてくる。その声の主は台車牽引用の魔動機を引きずったムーンだった。懐かしい響きにリアラが振り向くと、そこに立つムーンの表情は驚きで固まっていた。
「ムーンさん!お久しぶりです!お元気でしたか?」
作業の手を止めると、リアラはぱっと顔を上げ、嬉しそうに小走りでムーンへと駆け寄ってくる。 その表情には、久々の再会を心から喜ぶ気持ちがはっきりと滲んでいた。
「元気だったよ。てかお前...ずいぶんと変わったな...」
ムーンは思わず感嘆の声を漏らし、目の前のリアラをじろりと見渡した。視線はリアラの全身を忙しなく行き来し、認識の追いつかなさに眉が寄っている。思わず彼は、ぐるりとリアラのまわりを歩きながら観察を始めていた。
「…え?ありがとうございます?あの頃からもう何年も経ってますから。もう昔の私ではないですよ」
リアラは少し照れたように言葉を選びつつ、ムーンの言葉を精神的な成長として受け止めていた。きっと、自分が積んだ努力が一目で評価されたのだと。
「あの...ムーンさん?何を?」
ぐるぐると無言で周囲を回り続けるムーンに、リアラはついに耐えきれず声をかける。困惑と、ほんのり警戒の色をにじませて。
(ど、どういうことだ?たった数年でここまで...?背伸びすればおれを超すんじゃないか?)
呆けてた顔をしたムーンはリアラの呼びかけに気づいてないのか応答はせずに、リアラの過去と今の姿のギャップにリアラに何が起こったのか思考を巡らせていた。
「ムーンさん...ムーンさん!」
リアラが名前を何度もムーンに呼びかける。
「な、なに」
「その包帯は...?」
ムーンの首肩から見える包帯にリアラは気付く。
「これ?害獣駆除の依頼で負ったやつ、かすり傷だよ...」
「傷は…塞がってる...でも痕が残ってます。見せてください。痕でも悪化する可能性があります」
リアラは心配している様子で、手をムーンの胸に近づける。
「まてまて!いいよこれぐらい。傷は浅いし...」
「治せるものは治さないと!」
押し切られたムーンは、胸のボタンを開け、包帯を取り、しぶしぶ治癒を受けることにした。
リアラの手が痕のある場所を指先で触れた瞬間、手袋越しなのにも関わらずムーンにどこか気まずさが走る。
「よ、よくおれの傷痕の場所がわかったな」
気を紛らすためか包帯越しの傷痕の場所がわかった理由を聞く。
「透視です。体の異常を探すことができる魔法医学の基礎ですよ」
(坦々とこなしてる…)
ムーンが苦笑する横で、リアラは平然と魔力を流し込む。
なぜだか、わずかにリアラの耳が赤くなっていた。
(落ち着いて、私。ただの治療……いつも通り)
「――はい、終わりました」
リアラは静かに手を離し、ムーンはわざと視線を荷物へ向けた。
「…てか、この散らかってんのって?」
「はい、少しトラブルがあって…」
平静を装った口調で言うが、手元はほんの少し震えている。
ムーンはそれに気づかず、そのまま屈んで箱を拾い始めた。
「ほら、片付けちまおうぜ」
「……はい」
二人で手早く荷を元の台車に積み直し、ムーンが持ってきた魔動機に連結させる。
「ムーンさん、これって…」
「ライトが作ったやつ。これ魔動機で車輪が動くんだけど、かなり馬力があって楽々に荷物を運べるんだ」
「ライトさん…こんなものまで…」
「町の魔導機、見たか? ほとんどあいつが関わってる。今回の旅じゃ技術者だ」
(ライトさん、いつの間にそこまで……)
ムーンはにやりと笑い、リアラの肩を軽く叩く。
「で、お前はうちの船医ってとこか?頼りにしてるよ」
リアラは深く息を吸った。揺れる心を押し込み、凛と顔を上げる。
「はい!」
そう高らかに返事をした。
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