織田の天主は揺るがず
@okuyama3
報せと決断
1582年6月1日深夜 京都 本能寺
僅かな小姓や供回り、女房衆と共に逗留する信長は深々と静まり返った居館の一室で、蝋燭の灯りを頼りに一通の密書を黙々と読んでいた。密書は直属の情報網である草の者からの物であり極めて具体的かつ正確な謀反の報せであった。
「…光秀が謀反か」
この言葉に感情の色はなく静かに呟かれた、信長は兼ねてより光秀の自尊心と傲慢さを重々承知していた。
「長信、して光秀率いる軍はどのようになっている」
報せを持ってきた草の者の頭領、伴長信は顔を上げ告げる。
「現在老ノ坂峠付近を約1万程で通過してるとの事、早く京から脱出して至急安土へ向かいましょう」
「安土ではない」信長は首を振った「安土まで戻れば光秀に時間を与えることになる」
信長の指が文机上にある地図上の地点を2つ示した。1つはここ本能寺、もう1つは三男 織田信孝と重臣 丹羽長秀が率いる四国遠征軍が渡海の準備を進める摂津大坂であった。
「この軍は四国遠征のために既に数万が集っている、光秀の兵力はその3分の1にも満たぬ、最も安全で、最も早く、圧倒的な武力を構築出来る場所はここ大坂だ」
信長はまた地図を示した。それは京から鴨川を使って大坂へ脱出するルートであった
「光秀めはここで余が死ぬ事を前提で動いておる、その前提が崩れた時光秀は即座に畿内から逃走するであろう、それでは奴を始末出来ない」
信長の戦略は桶狭間の戦い以降常に『最小のリスクで最大の益を得る』という指針に一貫していた。
そして彼は非情な決断を下す、共に逗留していた小姓数人にここに残るよう命を発したのだ中でも最も信長と背格好が似ている小河愛平に対し影武者として振る舞うよう命じた。愛平は自らの運命を悟り、静かに信長の前に跪いていた。
「お前には重要な役目を任せる。ここに残り光秀めを迎えるのだ」信長は感情を見せず、淡々と告げた。
「ははっ」愛平はその運命を受け入れた「上様のためこの命捧げます」
「光秀がここを包囲した後短時間だけでも徹底的に抗戦せよ、討ち取られる時は決して顔を見られぬ様に火を放て、お前の死は光秀に『信長を討ち取った』安堵をもたらすだろう、その隙が奴めの命取りとなるのだ」
信長は、愛平に自らの茶道具や脇差を授けた。それは光秀に『討ち取った』という確信をさせるための偽りの遺物であった。彼ら小姓の献身は戦略的な道具として信長の戦略に組み込まれていた。
信長は伴長信に対し更に指示を出す「余らが脱出した後、大坂の信孝、堺の家康殿に対して余が生存している報せを出すのだ」
信長は僅かな小姓を連れて伴長信先導のもと本能寺から脱出を行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます