第35話
「さぁ、はじめましょう」
イルゼの静かな呟きが、不思議と大きく聞こえた。
直後、二丁のデザートイーグルが咆哮する。放たれた.50口径の弾丸は暴風雪さえも切り裂き、様子を伺っていたピクシーの眉間を正確に貫通した。
物理障壁を展開する暇など与えない。美しく造形された頭部が、熟した果実のように内側から弾け飛び、青白い破片となって雪原に散らばる。
糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる残骸。
イルゼは硝煙の漂う銃口を下ろすことなく、冷徹な瞳で次なる獲物を探す。
「……はっ、いい度胸だ」
背後でラデクが、血の混じった笑みをこぼしながら立ち上がった。
傷ついた内臓が悲鳴を上げ、焼けた右腕は炭のように黒ずんでいる。常人ならショック死していてもおかしくない重傷だ。
だが彼の瞳に灯る炎は消えるどころか、より凶悪に燃え盛っていた。
彼は口元の血を手の甲で乱暴に拭うと、前方に広がる光の軍勢を睨み据える。
崩れた防壁の向こう。無数のピクシーとスプリガンが、青白い燐光を撒き散らしながら雪崩れ込んでくるのが見えた。
数百、いや千に近い数。
その絶望的な光景を前にしても、ラデクは不敵に口の端を吊り上げた。
「……上等だ。本当の理不尽を教えてやる」
「ええ。……効率的に排除しましょう」
イルゼもまたスライドを引き、初弾を送り込む。
その横顔には、恐怖も迷いもない。
あるのは敵の構造的欠陥を見抜こうとする、冷徹な観察眼だけだった。
「行くぞッ!!」
ラデクの咆哮と共に、二つの影が同時に弾けた。
逃げるためではない。
ただ迎え守るためでもない。
圧倒的な数で迫る死の軍団を、正面から食い破るために。
『警告。敵対勢力の接近を検知』
『暴徒鎮圧プロトコル、レベル4へ移行――』
先頭を進んでいたスプリガンたちが、重厚な腕を掲げる。
指先から放たれる無数の光弾。
弾幕の雨が二人をミンチにしようと殺到するが、ラデクは止まらない。
彼は真正面から光弾の嵐に突っ込むと、魔力を纏った両腕でそれらを強引に弾き飛ばした。
「遅いッ!」
コートの袖が焼け焦げ、皮膚が裂ける。
だがその痛みさえも加速の燃料に変え、ラデクはスプリガンの懐へと潜り込んだ。踏み込みでコンクリートが砕ける。ラデクの掌底が、スプリガンの腹部装甲に深々と突き刺さった。
衝撃が内部へ浸透し、動力炉を一瞬で臨界点まで加熱させる。内部爆発。重さ数トンはある巨体がくの字に折れ曲がり、砲弾のように後方へと吹き飛んだ。
そのラデクが作った一瞬の隙を、イルゼは見逃さない。
彼女は戦場を滑るように駆けながら、冷静に標的を見定めていた。彼女の視界には、敵の死の点が光るマーカーのように浮かび上がっている。
ピクシーたちが展開する魔法障壁。一見すると完全無欠な光の盾だが、魔力の流動には必ず波があり、一瞬の隙間が生じる。
そしてどんなに強固な装甲を持つスプリガンにも、可動するための関節という弱点がある。
「……そこ」
イルゼが引き金を絞る。放たれた弾丸は、ピクシーが展開した六角形の障壁の、わずかな繋ぎ目を正確に貫通した。ガラスが割れるような音と共に障壁が砕け散る。
そして無防備になったピクシーの核を、ラデクの拳が容赦なく撃ち抜く。
『損害発生。脅威レベルを修正。……物理障壁、再展開』
学習した人工精霊たちが、即座に陣形を変える。スプリガンたちが前面に光の壁を展開し、鉄壁の防御陣を敷く。
だがイルゼにとってそれは、的が増えたに過ぎなかった。
「もう見えてるのよ」
彼女は走りながら、スプリガンの膝関節――装甲板がスライドして露出したわずか数ミリの駆動部を狙撃した。火花が散り、巨体がバランスを崩して膝をつく。
その瞬間、障壁の角度がズレる。
生じた致命的な隙間へ、ラデクが赤い稲妻となって一気に踏み込む。
ラデクがスプリガンの腕を引きちぎり、それを棍棒代わりにして周囲を薙ぎ払う。鋼鉄同士がぶつかり合う凄まじい金属音が、猛吹雪の音すらも掻き消した。
オイルと火花が散る中、ラデクは笑っていた。
口元から血を垂らしながらも、その拳は衰えることを知らない。
「どうした! 人類を管理するんじゃなかったのか! この程度の暴力を御しきれなくて、何が管理者だ!」
挑発。
咆哮。
打撃。
それは戦闘というより、一方的な蹂躙だった。
魔法文明の粋を集めて作られた最新鋭の人工精霊たちが、泥臭い人間の暴力の前に手も足も出ずに破壊されていく。
イルゼもまた、舞っていた。
ラデクの死角から回り込もうとするピクシーを、ノールックで撃ち落とす。弾切れになれば、空中でマガジンを交換し、着地と同時に次弾を放つ。
その動きには感情の揺らぎがない。
ただひたすらに、関節を砕き、センサーを潰し、魔力回路を断つ。
「右、三体。……制圧」
「上空、四体。……排除」
イルゼが道を拓き、ラデクが全てを破壊する。
二人が通った後には、急所を正確に穿たれた残骸だけが降り積もっていた。
遠巻きに見ていた市民たちが、震える声で呟く。
「……な、なんだあれは」
彼らの目に映っているのは、二つの嵐。
赤い稲妻を纏い、怒号と共に敵を粉砕する「動」の嵐。
そして氷のように冷たく、音もなく敵の動きを封じる「静」の嵐。
対照的な二人が、互いの背中を預け合い、互いの死角を埋め合いながら、絶望的な数の敵を圧倒している。
「……くそっ、まだ湧いてくるのか」
ラデクが目の前のスプリガンを蹴り砕きながら悪態をつく。
倒しても倒しても、後方から新たな増援が現れる。
際限のない物量。
呼吸は荒く、吐く息には血の味が混じっている。右手の痛みはとうに麻痺し、指先の感覚はない。それでも、彼の闘志は研ぎ澄まされていた。背中に感じるイルゼの体温が、彼を現実に繋ぎ止めている。
「関係ないわ。全部壊せばいいだけ」
イルゼがラデクの背中合わせに立ち、新たな敵に銃口を向ける。
その言葉にラデクは獰猛な笑みを浮かべ、拳を握り直した。
「……違いない」
戦場の雪はすでに黒いオイルと赤い血で汚れきっていたが、二人の立つ場所だけは、不可侵の聖域のように敵を寄せ付けていなかった。
だがその蹂躙劇も唐突に終わりを告げた。
敵が全滅したからではない。 敵が退いたのだ。
潮が引くようにピクシーたちが一斉に空へ舞い上がり、スプリガンたちが道を開ける。
訪れる不気味な静寂。
ラデクは荒い息を整えながら、その異様な光景に眉をひそめた。
「……なんだ? 逃げるのか?」
「いいえ」
イルゼが空を見上げる。
その表情が、初めて強張った。
「道を、空けたのよ。……王を通すために」
直後。
天空から、絶対的な質量を持った何かが降臨した。
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