第12話
「……いくぞ」
ラデクが小さく呟いた瞬間、彼の姿がその場から消えた。
スプリガンのセンサーが反応するよりも速く、ラデクは先頭の巨人の懐に潜り込む。
物理法則を無視した加速。
赤黒い稲妻を纏った右拳が、スプリガンの腹部装甲に深々と突き刺さる。
爆音と共に、重さ数トンはあるはずの巨体が「く」の字に折れ曲がり、砲弾のように後方へ吹き飛んだ。
その勢いのまま後ろにいた二体を巻き込み、木々をなぎ倒しながら雪原に転がるただの鉄屑へと変わる。
「なっ……!?」
塹壕の志願兵たちが息を呑む間もなく、ラデクは止まらない。
彼は流れるような動作で次の標的へと振り返ると、スプリガンが振り下ろした巨大な拳を、己の左手一本で受け止めた。
戦場に響き渡る、金属が悲鳴をあげる甲高い音。
「遅い」
ラデクは受け止めた腕を強引にねじり上げた。装甲の継ぎ目が破断し、火花が散る。
そのまま一本背負いの要領で巨人を地面に叩きつけると、倒れた頭部を躊躇なく踏み砕いた。
あまりにも圧倒的。あまりにも一方的。
それは戦闘ですらなかった。ただの破壊作業。
『脅威判定、修正。対象を最大級の脅威と判定』
スプリガンたちが戦術パターンを変更しようと動き出す。
一体が背部のブースターを噴射し、ラデクめがけて突撃を敢行。
同時に、左右に展開した二体がラデクの回避ルートを潰すように極太の
回避不可能な連携攻撃。
だが、ラデクは避けない。
「邪魔だ」
正面から突っ込んできたスプリガンの顔面を、ラデクは跳躍しながら膝蹴りで粉砕。
そのまま慣性を殺さずに敵の巨体を駆け上がり、肩口を蹴って宙へと舞う。
ラデクが空中にいる無防備な瞬間。
左右のスプリガンがここぞとばかりに照準を合わせる。
「ラデク! 右!!」
イルゼの叫び声が響いた。
彼女は塹壕から身を乗り出し、デザートイーグルを構えていた。
スプリガンは物理障壁を展開している。銃弾などすでに効かない。
だがイルゼが狙ったのは装甲ではない。
轟音と共に.50AE弾が右側のスプリガンのカメラアイに着弾。
物理的な破壊は障壁に阻まれたが、着弾の衝撃でセンサーの光軸がわずかにズレた。
そのコンマ一秒の隙を、ラデクは見逃さない。
「ナイスだ!」
ラデクは空中で体をひねり体勢を整えると、魔力で強化された回し蹴りを放つ。
左側のスプリガンの首が吹き飛んでいく。
着地と同時に地面を蹴り、右側のスプリガン――イルゼが体勢を崩させた個体――へと肉薄。
その胸倉を掴むと、ゼロ距離から魔力を込めた掌底を叩き込んだ。
衝撃が内部で炸裂し、スプリガンは内側から破裂するように爆散。
「……ははっ、すげえ」
志願兵の一人が力なく笑った。
目の前で起きているのは、さながらアクション映画のワンシーンのよう。
圧倒的な暴力。圧倒的な破壊。
先ほどまで恐怖の権化だったはずの巨大な人工精霊が、ただの狩られる側の獲物に変わる。
ラデクは止まらない。
敵の腕をへし折り、その腕を使って別の敵を殴打する。
敵の射撃を、別の敵を盾にして防ぐ。
流れるような動き。無駄の一切ない殺戮の舞踏。
二十体いたはずのスプリガン・シリーズ。
最新鋭の重装甲人工精霊たちは、わずか三分とかからずに全滅した。
動くものはもう、ラデク以外にいない。
森に静寂が戻る。
立ち昇る黒煙と鉄屑の山。
その中心でラデクは軽く息を吐きながら、纏っていた赤い稲妻を霧散させた。
「怪我人はいないか!?」
ラデクが振り返って叫ぶ。
呆然としていた民兵たちが、我に返って互いの無事を確認し合う。
「ぜ、全員無事です!」
「信じられねえ……あの化け物の群れを、一人で……」
ラデクが強いことはストラゼツの面々も知ってはいた。
だがまさかここまでの実力があるとは。
状況に戸惑いつつも、勝利したことには変わりない。
歓喜の声が上がろうとした、その時だった。
さらなる不気味な重低音が森の奥、地平線の彼方から響いてきた。
それは先ほどの二十体など比較にならない。
数十、いやもしかすると数百の駆動音の共鳴。
夕刻を超え、空が暗くなる。
森の木々を押し倒しながら迫り来るのは、スプリガンだけではない。
森を埋め尽くすピクシーシリーズ、そして見たこともない大型の多脚戦車型人工精霊たち。
第二波。それも、殲滅戦仕様の本隊だ。
「……冗談だろ」
誰かの絶望的な呟きが漏れる。
先ほどの勝利など、巨大な絶望の前戯に過ぎなかった。
ラデクは舌打ちをすると、即座に志願兵のリーダーに指示を飛ばした。
「総員退避! 予定通り『山』の要塞へ逃げろ! ここは俺が食い止める!」 「で、でもラデクさん一人じゃ!」
「事前の打ち合わせの通りにしろ! それに俺一人の方が動きやすい! お前らがいたら守りきれん、早く行け!!」
ラデクの怒声に、志願兵たちは一瞬の躊躇いを見せたものの従うことにした。
彼らがここに残っても、ラデクの足手まといにしかならないことは痛いほど理解できてしまったからだ。
それにこの戦いに臨む前、事前にヴラスタとラデク、そして志願兵のリーダー陣の間で話はついていた。いざという時にはラデクが殿を務めると。
ストラゼツの集落の長を務めるヴラスタは、すでに非戦闘員を率いて『山』の要塞に向かっている。彼らを守るためにも、ここで全滅するわけにはいかなかった。
志願兵たちは蜘蛛の子を散らすように、山の奥へと撤退していく。
その背中を見送ったラデクは、再び迫り来る人工精霊の大軍へと向き直る。
「さて。骨が折れそうだな」
ラデクが体を伸ばし、再び魔力を練り上げようとした時。
隣に並び立つ気配があった。
「イルゼ? お前も行けと言ったはずだぞ」
「嫌よ。私がいなかったら、さっきの一体から攻撃を食らっていたくせに」
イルゼは震える手を無理やり押さえ込みながらマガジンを交換し、スライドを引いて弾丸を装填する。その横顔は青ざめていたが、瞳だけは強い光を宿してラデクを見上げていた。
「それに貴方に死なれたら私も困るのよ。役目が果たせなくなる」
減らず口を叩く少女を見てラデクは呆れたように、しかしどこか嬉しそうに笑った。
「そういう考え方は早死にするぜ? 嫌いじゃないけどな。……まぁでも、ここまで来たら仕方がないからついて来い」
「仕方がないって。ここはもう少し格好良く決めるシーンじゃないの?」
ラデクの言い回しに、イルゼも呆れたように笑う。
だが敵はすぐそこまで迫っている。
今後の方針を簡単に確認した二人は、同時に地面を蹴った。
彼らが向かう先は逃げていく民兵たちとは別の方角。
あえて派手な魔力を放出して敵の注意を一身に引きつけながら、ラデクとイルゼは戦場を駆け抜ける。
「こっちだ、ポンコツども!」
ラデクが振るう拳が、先行してきたピクシーの群れを薙ぎ払う。
その隙間を縫うように、イルゼの銃弾が敵のセンサーを正確に撃ち抜いていく。
背後からは山津波のような人工精霊の大群。
ストラゼツの森が炎に包まれ、彼らが過ごした安息の地が蹂躙されていく。
だが二人は振り返らない。
雪煙を上げ、爆炎を背に受けながら、ラデクとイルゼは闇夜を疾走する。
行き先は遥か彼方の南。
人類最後の希望、レジスタンス組織「ノーヴァ人類会議」の本拠地。
世界中を敵に回した、過去の英雄と訳ありの少女。
二人の長く過酷な旅が、今ここから始まった。
・ ・ ・
第一部:第一章「人間の世界」完
第一部:第二章「静寂の廃墟を行く」に続く
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