第3話

店を出ると、土砂降りの雨が街を叩きつけていた。

近くに雷が落ちたのか、空気を裂くような音が鼓膜を震わせた。


俺たちは反射的に商店街のアーケードへ駆け込んだ。



「結局、ついてきてくれたね。お礼に、今度パスタ奢る」


「ただの雨宿りだし。てか、マジで占いなんかする気かよ」



空気が一気にカビと腐敗の古びた匂いに変わった。商店街の中は昭和の湿気が残ったまま時が止まっていた。

閉じたシャッターが、墓標みたいに並んでいる。


その奥で、ただ一つだけ、淡い灯りが揺れていた。


木製の看板には、かすれた字で『占い』。

その前に喪服を着た白髪の老婆が、俯いて座っていた。



「……ねぇ、あのお婆さん、なんか怖くない?」



雪穂の震えた声に、俺は少し安堵した。

あの老婆は“俺にしか見えていない”ものなんじゃないか――さっきまで本気でそう思っていた。




​老婆は、魂を抜かれたように動かない。

まるで座ったままの死体だった。



「……やっぱ、帰ろうぜ。あんなのと関わったら逆に運気下がりそう」



雪穂は俺の袖を掴んだ。

指先が小刻みに震えている。



「……絶対に占ってもらう」


「やめろって! 金の無駄だ」


「だって……」


雪穂の視線は、吸い寄せられるように老婆へ向かった。

期待、恐怖、そして――飢餓にも似た“渇き”が、目の奥に巣食っていた。



「結婚式のこと考えただけで、頭がおかしくなりそう……。昨日も一睡もできなかった。

……だから、何か“答え”がほしいの」


「答えって……あんな婆から?」


「……あの人なら、本当に未来が見えるかもしれない。今日を逃したら多分一生会えない気がする」



嫌な汗が背中を伝う。


雪穂は雨に濡れた靴を鳴らし、老婆の前に立った。


「すみません、占ってください」



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