三日目 その2 整理のたねを探して

 午前の光が差し込む購買部は、昨日と同じ場所のはずなのに、どこか違って見えましたわ。

 それは、わたくしたちの目が“探す目”になったからかもしれません。


「それでは――たね探しの旅を始めましょう」

 わたくしの一言に、職員たちは立ち上がり、それぞれの持ち場へと散っていきます。

 リズはノートを抱え、トネスさんと並んで棚のほうへ向かいました。


「さて……“整理整頓できていない”と言われていたのは、この辺りですわね」

 棚の前で立ち止まったリズが、少し眉をひそめました。

 木製の棚には紙箱が無造作に積まれ、書かれた文字はかすれて読めません。

 封を切られたままの包みも、棚の奥に押し込まれております。


「一見、片付いているように見えるけど……どこに何があるか、わからないね」

「ええ。“並んでいる”ことと、“整理されている”ことは違いますの」

 わたくしは頷きながら、そっと箱を一つ持ち上げました。

 下から、いつのものかわからぬ納品伝票が、ひらりと落ちてまいります。


 トネスさんが拾い上げ、目を細めました。

「三か月前の……それも、別の研究室宛だ。誰も気づかなかったのか……」


「ええ、これこそ“たね”の一つですわ」


「たね?」とリズが首を傾げます。


「ええ。“誰も気づかなかった”という、その状態が“たね”ですの。

 つまり、“見えるようにしていなかった”という芽が、こうして問題を生み始めているのですわ」


 リズが手帳にすらすらと書き込みます。

「見えていない、だから気づけない――それが“たね”……なるほど」


 その横で、トネスさんが棚を見回していました。

 そして、ぽつりと呟きます。

「ここ、ラベルが手書きでバラバラだな。誰が書いたのかも、書いてない……」


「それも、たねですわ」

 わたくしは静かに頷きました。

「書き方が決まっていないということは、整頓の基準が人によって違うということ。

 つまり、“整理されていない仕組み”が存在しているのですわ」


 リズがうなずきながら、棚の反対側へ回り込みます。

「あと、似たような箱が別の棚にも置かれているね。

 同じ“実験用品”なのに、どうして一か所に集めないのだろう?」


「それも立派なたねですわね。

 同じ種類のものが散らばっているのは、“誰がどこに置くか決まっていない”という兆し」


 トネスがうなり声を上げました。

「たしかに……そのせいで、いざ必要なときに“探す時間”がかかってたのか」


「ええ、整理整頓の目的は“探す時間をなくす”ことですもの。

 この“探す”という無駄も、たねの一つに数えられますわ」


 部屋を歩きながら、わたくしたちは小さな発見を積み重ねていきました。

 引き出しの中に重複した工具、棚の奥に眠る同じ部品。

 それぞれが、誰にも悪意なく生まれた“たね”でした。


「……不思議だね」

 リズが呟きます。

「散らかっているときは“汚い”って思っていたけど、

 こうして見ると、“どうしてそうなったのか”が見えてきたよ」


「ええ、それが旅法の醍醐味ですの。

 “散らかっている”という結果の裏には、必ず“理由”という芽が眠っていますのよ」


 わたくしは棚の埃を指でなぞり、微笑みました。

「この埃も、“掃除ができない仕組み”というたねのひとつ。

 たとえば――光が届きにくい配置かもしれませんわね」


「なるほど。明るくすれば、“清潔”を維持しやすくなるのか」

 トネスの目が輝きました。


「棚の位置を変えるだけでも、芽を摘めるかもしれない」

 リズはそう呟きました。


「ええ。そうやって“仕組みのたね”を見つけていくのですわ」


 わたくしたちのノートには、いくつもの小さな言葉が並んでおりました。

 “見えていない”“決まっていない”“散らばっている”“届かない”“探している”――。


 それらはどれも、芽吹く前の“問題のたね”たち。

 やがてそれが根を張り、花を咲かせぬように――いまのうちに見つけ出すことこそ、

 この旅の目的なのですわ。

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