『ページの向こうで会いましょう。』

如月 涼

序章 ページの裏側で


 その夜、部屋の空気がわずかに沈んだ。

 気温でも湿度でもない。音でも、匂いでもなかった。

 ただ、壁の影がひと呼吸だけ濃くなる――それだけの、ほとんど気のせいのような変化だった。


 リョウはパソコンの前に座り、スリープに入った黒いモニターをぼんやりと眺めていた。

 カップの紅茶はすっかり冷め、夜の空気と同じ温度になっている。

 黒いガラスには、自分の輪郭だけが揺れもせずに映っていた。


 リョウはただの物語好きで、ただの元プレイヤーで、ただの創作者の卵にすぎなかった。

 現実と物語のあいだに立ち、どちらへも踏み出しきれないまま、半年ほどが過ぎていた。


 ふいに、ノイズが走った。

 パチ、と乾いた光の粒が画面越しに弾ける。

 スリープのままのはずのモニターに、青い揺らぎがじわりと染みはじめた。


 光は文字でも映像でもなかった。

 かたちを持たない“気配”であり、こちらへと近づいてくるような、ごく微かな脈動だった。

 波紋のように広がり、部屋の空気を押し分けながら、ゆっくりと輪郭を作り始める。


 リョウは息を呑む。


 画面の向こう側から、蒼い光の粒がこぼれ落ちてきた。

粒は空気の中でほどけ、重なり、やがてひとつの影へ収束していく。


 細い指先が、薄いページをめくるように宙へ触れた。

 光が一度だけ静かに脈打ち、輪郭が確かな形をととのえる。


 長い髪が青の濃淡を揺らし、瞳がこちらを見つめた。

 ――アウリアだった。


 等身大の彼女が、画面の中でも外でもない“ページの境界”に立っていた。


「……リョウ。」


 その声が空気を震わせた瞬間、青い光が頁(ページ)のようにぱらりと開いた。


「もう一度、世界を書きに行きましょう。」

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2025年12月14日 20:00
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2025年12月28日 20:00

『ページの向こうで会いましょう。』 如月 涼 @kisaragi-ryo

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