第18話 ひよりさんと落ち合おう

「ぐぅ、ひよりはもう限界です……ギブです。毒針が全部折れたミノちゃんです」


ぺしゃり、とベンチに突っ伏すひよりさん。

おぅ、これは重症かもしれない。そしてミノカサゴがお気に入りになったみたいだ。美味しかったからね。


「48時間後には、わたしの胃は縮みすぎて消失していると思います」


「焼き過ぎたベニテンの笠のヒダみたいに?」


「例えが独特過ぎません!?」


まだまだ明るい夕方五時半。

僕とひよりさんは温泉街から少し離れたアーケードの片隅で落ち合っていた。


「晩ごはんなんて、何食べたか覚えていませんよ……毒食材もなかったし」


うん、そうだね。

普通はないんじゃないかな。


「結局、ホテルに着いた後はどうだったの?」


昼前に学園を出発したバスは、14時過ぎにはホテルに到着したはずだ。

さすがにひよりさんらが泊まっているホテルに行くわけにはいかない。

先ほどまで外湯巡りを楽しんでいた僕である。


「ぐぅ、涼くんがつやつやしてます。ずるい」


げしげしとひよりさんのローファーに蹴られる。


「うっ、何でも奢るからさ、機嫌なおして」


「……温泉まんじゅうでお願いします」


「オッケー」


頬を膨らませたひより姫のために、近くに合った和菓子屋さんで温泉まんじゅうを購入してきて手渡す。


「着いてから、16時の夕食まで自習時間だったんですけど」


おお、さすが名門校。

修学旅行に来てまで勉強するのか。


「自習時間からは、麗さんも合流したんですが」


「ふんふん」


ひよりさんから貰った旅のしおりでは、早めの夕食の後は温泉街での自由時間。

さすがにこの辺りには殆どいないが、温泉神社に続く門前町は制服姿の学生で一杯だった。


「……そのあと、特別な夕食会場に連れて行かれまして」


「おぉ」


「麗さんの……父上はいらっしゃらなかったのですが、大学の学長やら使用人さんやら果ては財界の大物まで!

ご飯なんかオシャレな小皿に乗ってて全然お腹に溜まらないですし!」


上流階級の夕食と言えば、執事さんがサーブするタイプの立食パーティだろうか。

イタリアンなども作るとはいえ、ひよりさんの料理は量の多い庶民的なものが中心だ。


「それは食べた気がしなかっただろうね」


「そうですよぉ! しかも周りはお金持ちそうな人ばかりでしたし、なぜか麗さんとダンスを披露することになりましたし!」


「うわ」


ガチのマジで上級パーティである。

僕と同じく(推定)庶民寄りのひよりさんにとっては耐えがたい時間だったろう。


「麗さんはそのままホテルのVIPルームで付き合いがあるらしくて、再びボッチになった私はこうして脱出してきたわけです」


「そ、それはご愁傷様……っとお!?」


ひよりさんと同じく、ホテルを抜け出してきたとおぼしき制服姿の男女が向こうから走って来た。

社会人らしき男が藤が丘学園の女子生徒と接触している……この場面を関係者に見られるのはまずいと判断した僕は、慌てて建物の陰に隠れる。


「……麗奈さんの父上、アイツが居たら大チャンスだったんですけど」


「ん、ひよりさん何か言った?」


隠れていたせいで、ひよりさんの独白を聞き逃してしまった。


「いえ、なんでもないです。

それより涼くん! わたしのストレス解消のため、街歩きに付き合ってください!」


ぐいっ!


「うわっ!?」


ベンチから立ち上がったひよりさんに、右腕を引っ張られる。


「こうなったら、温泉と食べ歩きを堪能しますっ!

涼くん! 一緒に混浴風呂に入りましょう!」


「いやいや、ダメでしょそれは!」


静岡県警に逮捕されてしまう。


「それなら、長湯勝負ですっ!」


かくして、ストレスが限界突破したひよりさんに町中を連れまわされることになるのだった。



***  ***


「きゅう、すみばせぇん」


「まったく、ちゃんと水飲んで」


「ふぁい」


二時間後、僕は湯あたりしたひよりさんをホテルに向けて運んでいた。


「……さすがにこれ以上は近づけないか。もう大丈夫? ひよりさん」


「はいぃ、だいぶ良くなりました……」


ひよりさんは僕の背中から降りると、ふらふらとホテルの入り口に向かっていく。


「気を付けてね! ……って、これは?」


ふと、さっきまでひよりさんがいた場所に一冊のメモ帳が落ちているのに気付く。


「あ、ヤバいやつだ」


いつもひよりさんが調理の手順をメモしているメモ帳。

毒食材の場所までは書いてないと思うけど、他人に中身を見られるのは良くないだろう。


「う~ん、明日も会うし……そこで渡そうか」


中を見てないと弁明するのは大変そうだけど、他人に拾われるよりましだ。

僕はメモ帳を拾い、この場を離れようとしたのだけれど。


「お、サービスエリアのお兄さん~。こんばんわです~」


背後から掛けられた、間延びした少女の声。慌てて振り向くと、そこにいたのは足柄サービスエリアで出会った青いセーラー服の少女。


「そのメモ帳、ひよちゃんが落としたやつですよね~。渡しときますよ~」


「そ、それは」


ひよりさんの事をあだ名で呼んだことから、彼女と知り合いであることは間違いなさそうだ。でも、このメモ帳をこの少女に渡しても大丈夫だろうか。毒料理の事とかは流石に同級生には話していないだろうし。


「大丈夫です~。ウチ、ひよちゃんの味方なので。『毒』の事も知ってますよ~」


「!!」


少女の言葉に、目を見開く。

この子は、ひよりさんの秘密を知っている?


「まぁ、分かりやすいところありますからね~彼女。この感じだと、お兄さんも知ってますね?」


「…………うん」


この状況では、はぐらかすのも難しいか。

そう判断した僕は、小さく頷く。


「やっぱり。ひよちゃん、今の家に引っ越してからゴキゲンなんですよね。すっごく、いい人に会ったって。お隣さんが、本当にありがたいって」


「…………」


僕の事も知っているのか。

ひよりさんは、この子のことをよほど信用しているみたいだ。

それなら、大丈夫かな。


「ウチの名前は帆乃佳。『お友達』なので。

ひよちゃんのこと、支えていきましょうね~」


帆乃佳と名乗った少女は、僕からメモ帳を受け取るとホテルのロビーに消えていった。


「ふぅ」


ひよりさんには、学園でも理解者と友人がいる。

その事実に、心から安堵する僕なのだった。

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