4・月夜の空で、君と二人

今日は珍しく空気が澄んでいて星が綺麗に見えていた。

夜風が頬を撫で、星の瞬きに思わず目を奪われる。

こんな夜空の下なら、空を飛べたらどんなに気持ちいいだろうな。

と、颯太はふと思った。


空って飛べたら楽しいんだろうなぁ…

──なんて、颯太はただの独り言のつもりだった。

けれどサクラは、そういう何気ない一言を絶対に聞き逃さない。


「じゃあ、行って見る?」

「へ?」


颯太は思わず間抜けな声が出た。

冗談だと思ったのに、サクラは本気の目をしている。


「今は魔力あまり無いはずだし、どのくらい飛べるか分からないけど」


そうか。サクラちゃんは魔界に住んでたっけ。

…て、飛べるのかな?

羽根とかないのかな…。悪魔みたいな、ドラゴンのような翼とかさ。

そう思っていると、いつの間にかサクラに腕をつかまれていた。


「じゃあ、行きましょう!」

「はい?」


そう引っ張られながらベランダへ。


「今日は天気良いし風も丁度良いくらいですね」


暢気に言うサクラを余所に、颯太の脳内は混乱し始める。


「ほら。私の肩に腕掛けて」


早く早く。と、自分の首元を指すサクラに半信半疑で、颯太は腕を掛けた。


「せーのっ!」

ふわ。と、自分の体が軽くなって、血の気がサーっと引く。

「さささささささ…サクラちゃん!ちょ、待っ――」


慌てる颯太をよそに、足も体も、自然に浮きはじめる。


「ちゃんとつかまって!心配しないで!私は…」

「ちょっ、待っ…」

「飛べるからー!!」

「わぁきゃぁぁぁあぁあぁあぁぁあ」


悲鳴と叫び声が入り混じった声が風に溶けていく。

そして。落下――と思いきや、風に乗って急上昇する。


「颯くん!颯くん!…ほら!見て!」

「ゴメン、何も…見えません」


ギューっと目を閉じたままの颯太を見て、サクラは苦笑した。


「そりゃあこんだけ目をつぶってたらね…ほら!少しでいいから目開けてみて?」

促されて、固く閉じていた左目だけを少し開けてみたが、すぐに閉じてしまう。

「颯くん…両方の目だよ…」

サクラは呆れながらも微笑む。


「嫌!嫌です!魔王様!無理です!開けれません!」

しょうがないなぁ…と、無理そうな颯太を見て溜息をつく。


その時、サクラの中で何かが閃く。

「じゃあ……コレでどう?」

そう言いながら、右手をそっと颯太の目に置く。


(暖かい…?)


「ほら、私が術掛けといたから大丈夫。…でも下を見たら駄目だよ?」

そう言って、そっと手を離す。

不思議と、颯太は目を開けられそうな気がした。


ゆっくりと目を開けると、眩しくて思わず細めそうになったが、

光の正体に気づき、思わず目を見開いた。


「綺麗…」

今宵は満月ではなく半月。

欠けた月の光が、ふたりの上空を柔らかく照らしていた。

「月って…こんなに大きく見えるんだ」

「高い所から見ると、こんなにも幻想的なんだな…」

月を見つめる颯太の横顔を見て、サクラは心の隅でそっと思う。


(別に…特に何もしてないんだけどね…)


少し欠けた半月の下、空を舞うサクラと颯太。

地上から見上げる三人の表情は、決して穏やかではなかった。


「……なにあれ、あの2人楽しそうだねー」


最初に声を漏らしたのはサキ。

羨ましさより先に、嫉妬がにじむ低いトーンだった。

「姫が、あんなに……ニコニコして……人間と……?」

遠くから2人の様子を見つめるミーヤも、

腕を組んだまま鋭い視線を空に向ける。


「お月見デートですか……ホント仲良いですよ全く」

サキが指差した先では、颯太を背に抱えて飛ぶサクラの姿が見えた。


「ほら、あれ完全に“抱っこ”じゃん」

「抱っこじゃないですよ、それは……」

ミーヤの目が細まる。

「……密着です」

「ちょ、ちょっとやめてよ!余計腹立つ!」

耳まで真っ赤なサキが声を上げる。


そして、ジンはと言うと…完全に固まっていた。

「……………」

硬直したまま、まるで空気に溶け込むように動かない。

サキが小さくつつく。


「ねぇジン。あれ……どう見てもデートだよね?」

返事はなし。


ミーヤが追撃する。

「しかし、人間の男を背負って飛ぶなんて、

姫があそこまで誰かに優しくするの……珍しいですよねぇ〜?」

反応なし。


サキがニヤリと覗き込む。

「ジンちゃん、ひょっとして……ヤキモチ?」

「……っ……別にッ!!」

ジンの顔が真っ赤に染まる。

「別に……どうでもいいし……!姫が……誰と飛んでようと……ッ」

声が震えている。

「どうでもいいなら、そんな顔にならないでしょ」

ミーヤがにやりと笑う。

「ち、ちが……っ!だって姫、いつも私とはあんな顔……!」

言いかけて、慌てて口を押さえるジン。

ミーヤとサキの目が、ますます輝く。


「“私とは”?」

「“あんな顔”って?」

「可愛がってもらってた幼馴染としては複雑なんだ〜?」

「取られちゃう気分、とか?

ジンは小さい頃から姫に可愛がってもらってましたからね」

「ほほう。大事なお姉ちゃんを取られちゃった感じか」

「や、やめてよぉぉぉ!!もおっ!そんなんじゃないからー!」


ジンは真っ赤になって両手をばたつかせる。


その上空では――

「颯くん、怖くない?」

「サ、サクラちゃんがいるから……大丈夫……」

ふたりの声が微かに届く。

「………………」

ジンは天を睨む。

その目はもはや、嫉妬を隠す気ゼロだ。

「……あの人間……あとで絶対、睨む」

ミーヤが軽く肩を叩く。

「ジンちゃん、その“あとで絶対やる気満々”な顔……可愛いけど怖いよ?」

サキは両手を組んで、切なそうにため息をついた。

「いいなぁ……私だって姫に空デート誘われたい……」


地上の三人の嫉妬とヤキモチは、

空を飛ぶ二人の甘さとはまた別の意味で、夜を熱くしていた。

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