2・僕は彼女に巻き込まれた。
「サクラちゃん、ただい……ま?」
いつも通り、ドアを開ければサクラが待ってる筈の部屋には女が…3人。
壁に寄りかかって腕を組んで佐倉を見据える紫の目。
窓越しのベットに腰掛け片手でサイコロ2つ投げ遊んでいたポニーテールな黄色の目。
椅子にもたれながら漫画を読んでいた緑目。
揃いの黒いスーツ…の様なフォーマルな装い姿の女性たちは、
部屋の主が帰って着ても慌てる様子もなく
佐倉を無言で出迎えていた。
物取りではない筈(かもしれないが)…
このアパートの一室には場違いな女性達の風貌。
「あ、あの…どちら様です…か?」
3人から向けられる威圧感に畏まりながらも問いかけたその佐倉の後ろから――
「ジン、ミーヤ、サキ……皆さん…来てたんですか」
佐倉が振り返ると、後ろからバツの悪そうな口調で呟くサクラの姿が居て。
「皆さん…って、この人達サクラちゃんの知り合いか何か?」
ベッドの上に腰掛けていた女性が佐倉の問いに割り入って
「ええ…来ていましたわ」そう、開口一番に答えた。
多分自分と同じ位か…目と同じ黄色のスカーフを纏った女性は、
佐倉の姿を無視して溜息混じりに答えた。
「来ていたも何も…ここへ姫様が降りた時から一緒に来ていましたよ?」
「魔力を無駄なモノに使わないで下さいよ、姫」
「もう満足したでしょう?さぁ帰りましょう。父上様が待っておられます」
ひ…め?姫?
話が付いていけない佐倉を他所に女達はサクラを連れて行こうとする。
「ちょっ…あんた等、来て早々何なんだよ?」
近くに居た紫目の女の腕を佐倉が掴んだ途端に、
同時に目が更に紫の瞳が赤みを帯びた紫へ瞬時に変わった瞬間
佐倉の首が掴まれたように感じて――
「があっ…?ぐぅ…」
同時に佐倉の首に圧が掛かった感覚が徐々に強さを増してくる。
「申し訳ないけど…アンタは黙って貰えますか?」
「ちょっと!ジン!人間に魔力使っちゃ駄目だよ!
ね?離して?」
緑のマントを纏った者にジンと言われた女性は舌打ちをして元の紫色の目に戻した。
同時に佐倉の首が緩み、余りにも喉を押さえつけられていた所為で息苦しさに耐え切れず、
その場に手を付き咳き込む。
「私達みたいに力無いんだからさ、おてやらかにしないと!…これ以上だと、あの人喉潰れちゃうし。ね?」
宥めるも、最後に軽くも衝撃的な事をさらりと言う緑マントの女性に、佐倉の顔が青ざめた。
首を絞めた紫のマントの女にそんな力があるとは思えなかった。
でも、今の力は一体何処から?
「サキ…それを言うなら“お手柔らかに”。ここの言い間違いが多いですよ」
「良いの!どうせ、記憶なんて消しちゃうんだから」
「記憶を消すって、あんた等…一体何者なんですか?」
人間に出来ない事を言う緑目に佐倉は問うた。
「ああ。私達、魔界から来たんです」
どうにか声が出せるようになった佐倉に
緑の女性=サキがさらり。と答えた。
サキが軽く答えるとは逆に佐倉の顔が固まった。
普通に何を言い出すかと思えば唐突なその言葉に
やっと酸素が行き渡ってた筈の佐倉の思考が一瞬にして
また動かなくなりそうだった。
ま…かい?
魔界?魔界ってあのゲームとかに出てくるあれの事?
キョトンとしている佐倉の顔にサキは
「あ!魔界って分かる?説明してもそう言って信じる人なんて居ないんだよねー」
「ここの世界で魔界ってたら思い切りかけ離れてるし、おまけにイメージ悪いし」
「ほら、もうこんなトコに入り浸らないで帰りましょう。」
ジンがサクラに促した。
「嫌よ!帰りたくない!」
「大事な時期なんですから、我儘言わないで下さいとあれ程…」
サクラの腕を掴んだ瞬間、何かに気づいたミーヤの顔が強張る
「…無い」
「ミーヤ?どうした?」
不穏な様子のミーヤにジンが問いかける。
「…貴方、姫に何をしたんですか?」
ミーヤは佐倉の所に振り向いた瞬間に何処からか現れた剣を取り出し、
佐倉に刃を向けていた。
「…ひっ」
いきなり刃先を突きつけられ…じりじりと刃先を近づけられた佐倉は、
尻を付いてそのまま後ずさりするしかなかった
「何処に隠した……何処に隠したって聞いてるのよ!」
「ミーヤ、止めて!」
「力の反応が無いの…継承の義の印が!姫には自ら触れられないのに消えてるって事は…」
「ミーヤ、剣を仕舞え。命令よ……仕舞え」
狼狽えるミーヤにサクラが静止する
「姫、しかし!」
「…人間が力を扱う事なんて出来ないでしょ?」
その声は小さいが逆らえない響きを持っていた。
ミーヤの動きが止まる。張りつめた空気の中で、彼女はサクラと刃先を見比べた。
しばらく沈黙したあと、ミーヤはかすかに震えながら剣を下げる。
「姫、しかし……継承の印が消えるなんて、本来あり得ないのです。
あれは、姫自身でも触れられないはずのもので……」
焦りの色を隠せないミーヤ。
ジンもサキも緊張したまま、ただならぬ事態だと悟っている。
サクラはそんな三人を前に、そっと吐息を漏らした。
「……落ち着いて。人間があの力を扱えるわけ、ないでしょう?」
その一言にミーヤは肩を落とすようにして「……はい」と答え、
剣を霧のように消した。
佐倉はただ呆然とするしかない。
理解の範囲を越えた言葉と出来事が、次から次へと押し寄せてくる。
夢かな――
これは夢であってほしい。夢で――
突然、目覚まし時計のアラーム音が耳に入り、
視界が何時もの景色に戻り颯太は安堵の息を吐いた。
夢だった…良かった…。
と、部屋のチャイムが鳴った
「すいませーん!隣に引っ越して来た者ですー!」
若い女性だろうか?明るい声が外から聞こえ、
頭が回らないまま気だるくなった体を起こしドアに手を伸ばした
「はーい…」
「おはようございます。あの…今日から隣に引っ越してきた宮音(みやね)です」
「はぁ…態々どう…」
新しい隣人の姿に佐倉の思考が一瞬で冴え出す
「あの…気分が優れないようですが?」
一歩、後ずさりした佐倉の表情に宮音はクスリと笑った
「…貴方の驚き方、本っ当に最高ですね。そりゃあそうね。
昨日あんな事言われちゃあね」
おほん。と、軽く咳払いをし左手を腹部に当て――
「私の名前はカスミ・ミーナ…ここの世界では宮音香澄と名乗っております」
急に畏まった口調で宮音…改めミーヤは恭しく一礼する
昨夜…この部屋で会った時とは全く違った突然の礼儀さに佐倉は戸惑った
「魔王様の命により、貴方と666代目…次期魔王になるサクラータ様を私含め3人で護衛する事となりました故」
「え?は?何勝手な事…?サクラータって、サク…」
いつもの様に呼ぶ名前を言いかけたも、
ミーヤの顔の雲行きが悪くなるのを感じた佐倉は最後の言葉を飲み込み溜息付く。
「何で俺まで…」
「貴方様の中には継承の儀の印が眠っていて、
それを奪おうとする輩から守る為で御座います」
「そんな事って…マジで?」
「ええ。マジです。こっちは自分達の世界が貴方に掛かっていますので。まぁ…貴方の命なんて正直どうでもいいんですけど」
最後の毒気の一言に佐倉は呆然とするしかなかった。
昨日のサキと良い。この人と良い。
…魔界に住んでる人って、こう…ストレート過ぎると言うか…うーん…。
ミーヤの言葉に何ともいえない様子な佐倉を気にしないでか、声は嬉しそうで。
「まっ、そんな事なんで。これから宜しくお願いします。名前は…颯くんで言いよね?私は何でもいいですから」
そうミーヤは笑顔で答えた。
「後で姫も交えて…皆一緒に話し合いしますから、颯くんも準備しておいて下さいよ?」
「皆…って、あの2人も?」
「そうですけど?あと、一応私達3人は颯くんの部屋の隣ですから」
ミーヤの言葉に佐倉は思わず固まった。
「……え、隣って……この部屋の?」
「はい。ですから何かあれば、すぐ駆けつけられますし、
逆にこちらからも伺えます。
ああ、安心してください。監視するわけではありませんから。ただ――」
ミーヤは言葉を切り、楽しげに片眉を上げた。
「――姫様の護衛と、継承印の保持者の管理は仕事ですので」
その「仕事」という響きが妙に重く、佐倉の背筋を冷たい汗がつたった。
昨日の出来事が夢ではなく、
世界が変わってしまったのは現実だと、ようやく理解が追いつきはじめる。
「では、後ほどまた伺いますね。準備、忘れないでくださいよ?颯くん」
軽い口調とは裏腹に、ミーヤの笑みはどこか意味深だった。
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