第36話:喰い尽くせ



 ダグラスは首を振った。「さっきの分でかなり使った。明日には追加が届く手筈になっている。今日はお嬢さんを食わせて終わりだ。どこまで成長させるかは、また明日話そう」

「そうだな。今日はようやく一山越えたんだ。ショーはこの辺にして、俺たちは休もう」


 下渋谷がいかに渋谷区の手が入りづらいとはいえ、そこで龍を成長させるのは神経を使う。

 ダグラスとしては、さっさと龍を大きくして、次のサイクルに進みたいのだ。龍の養殖は大きなマーケットになる。他にもロイドのグループの拠点はあるが、認識阻害の魔法も含めて、ここまで設備が整っているのはこの中華料理店だけだった。


「早くあの龍を殺して、次に進もう。すぐに金持ちになれるぞ」

 ダグラスはそう言い、ロイドの肩を叩いた。

「ああ。絶対成功させてやるさ」

 ロイドはそう返した。ダグラスは純粋に龍の養殖をしようとしている。しかし、ロイドの目的はそこではなかった。ロイドはこの龍養殖グループに潜り込み、龍を地上に解き放とうとしていた。その目的までは誰にも話していなかった。


 他の連中は金儲けのことしか考えていない。新興人類文明の中でも進んでいる文明では、とにかく龍に対応するための資源が足りていない。龍を狩ることに失敗することも多いから、金もすぐになくなってしまう。新興人類文明の多くがそうやって困窮してきた。

 そうなってくると、やることはひとつだ。別の新興人類文明で、こちらの少しだけ進んだ技術を使って金を儲ける。そうやって資金を調達して、自分の星を潤わせて、次の戦いに挑む。

 龍とかいうまともじゃない存在を相手に戦わなければならないのだ、まともな手段なんて選んでいられない。


 それなのに。それなのに、だ。地球は違う。優先保護惑星とされていた段階で気付くべきだったのだ。

 この星は宇宙人類連盟の、ルパラギのお気に入りだ。だからこんな速度で発展し、龍を討伐できるようになっている。ロイドの中には怒りしかなかった。俺たちの星には何もしてくれなかったくせに。

 檻の中のケイの動きが次第に鈍くなっている。この辺りでとどめを刺してやってもいいかもしれない。ロイドは引き金にかけた指に力を込めた。その時だった。


「動くな! 全員動くな! 手を上げろ、口を閉じろ!」

「なんだ?」

 ロイドは振り返った。入口が蹴破られ、続々と武装した人間が入ってきていた。

「手を頭の後ろに! 全員地面に伏せろ!」

 武装した人々はパイロスーツを着込み、識別用ジャケットを着ている。

 そのジャケットに刻まれた胸章は渋谷区、龍対策課。

「まさか、龍対……? 白楽さん、まさか」

 ロイドはケイに改めて銃口を向けた。いつ応援を呼んだ? そんな状況を作った覚えはない。


「うっさい! 話しかけるな!」

 ケイはなおも龍を撃ち抜きながら叫び返した。はっきり言って、ケイにはコマンド実行以外に口を動かす暇もないし余裕もない。何やらフロアが騒がしいが、ケイには気にする暇がない。

 消耗が激しい。パイロスーツなしの戦闘はしんどすぎる。息が上がって、滝のように汗をかく。それでも龍は止まらない。ケイを喰う。そのためだけに咆哮し、飛びかかる。咆哮の圧でそろそろ鼓膜が破れそうだ。

「ケイちゃーん、助けにきたよー。さて、──〈墨のごとき闇に落ちよ〉」

 龍の巨体が真っ黒に染まった。感覚を封じ、一時的に動きを拘束する魔法だ。

 地球では使用者がほとんどいない古風な術式。ケイは距離を取り、そして声をかけた人物に目をやった。


「……辻堂課長! もうめっちゃ好き! ほんと好き!」

「わ〜、お姉さんも大好き。はい、そこの人。銃は下ろしてもらえるかな?」

 辻堂が声をかける寸前に、ロイドはケイに向けて発砲した。

「確保! ケイちゃん、根性!」

 辻堂は即座にロイドを押し倒し、拘束してからケイに叫んだ。一瞬の出来事だった。

 しかし、ケイだってこれでも龍狩りだ。弾道の読める射撃くらい読み切れる。

 ケイは身を翻したが、弾丸が頬と髪を掠めた。痛みが燃え上がるが、擦り傷だ。今はそんなことより、早く檻から出なければならない。


「だああ! 助かったぁ!」

 ケイは檻から身を捩って抜け出した。檻の外というだけで、空気が異常に美味しく感じた。緊張が解けて、一気に体が重くなる。孤立無援の龍との戦いは精神が擦り減る。

「お姫様に感謝するんだよ〜。誰か、ケイちゃんの治療お願い。あとパイロスーツも!」

「……は?」

「ケイちゃん、残念だけど、渋谷の一日は長いんだよ」

 ケイは辻堂の笑顔に愕然とした。辻堂の発言から、今回の件で彼女とエレナがつながっていることは明らかだ。

 しかし、だ。治療は嬉しいが、パイロスーツ? まだ仕事を振るつもり? 最悪だ。エレナは狂ってる。


「くそっ、邪魔だ!」

「うおっイキがいい」

 ロイドは辻堂を跳ね除けると、檻の前まで走った。そして檻を背に、辻堂に銃を向けた。

「ダメだ、ロイド! おしまいだ!」

 ダグラスが叫んだ。

「そんなことはない」とロイドは言った。「檻を開けて、龍対を食わせればいい。それからあるだけの鎮静剤を打ち込むんだ。ありったけ。それでこいつを檻に戻せばなんとかなる。龍対がいくら行方不明になっても、龍洞内の事故をでっちあげればいい」

「まずは状況を考えろ! それに、隠蔽にどんだけ金がかかると思ってる!」

「俺が調達する」

 ロイドは冷静だった。呼吸も正常で、肩で息をするダグラスとは正反対だった。

 ロイドには緊迫も恐怖も見受けられない。巨大な龍を背に彼は冷静だった。


「お前たちが知らないルートを見つけたんだ。そこから調達する。龍養殖と、それを地球でやることに興味津々って感じだった。隠蔽は金があればいくらでもできる。だったら隠すべきだ。この事業はここで終わらせない」

「そんなルートがあるなら、どうして先に言わなかった?」

 ダグラスは困惑しきりだった。

「誰だって秘密くらいはあるだろ」とロイドは言った。「それに、その相手の目的は龍の養殖だけじゃないんだ」

「それってどういう、」

「檻の前にいる人間、今すぐ檻から離れろ。龍から離れろ」

 辻堂は高圧的に言ったが、ロイドは従わなかった。龍が唸り、龍の体がぼこぼこと変化し始めていた。拘束のために使われたであろう魔法が緩み始めているのだろうか、龍の成長は急速だった。職員たちが思わず一歩引いた。龍が形を変え始めている。ここにいるのは危険だ。


「龍対がなんです。どうぞお好きに。でも、もうこんな大きさです。もう一人でも食べれば、すぐにでも三等星になるでしょうね」

「あ、やば」

 辻堂は思わず口にした。辻堂の目はロイドではなく、龍を見ていた。

「逃げるなら今の内ですよ。龍を解き放つのだって、全部俺の、ぃ、?」

 ごり、と檻が鳴った。ロイドの肩に痛みが走る。なんだ? どうなってる?

 青年が後ろを振り向くと、龍の口先が檻をひしゃげさせ、青年の肩に噛みついていた。龍が檻に顔をねじ込むと、ぎりぎりと激しい音が鳴り、檻の隙間がどんどん大きくなっていく。


「なんだ。本当にもう一歩だったじゃないか」

 ロイドは言った。声色はどこまでも優しさが滲んでいた。

 龍の鼻先に手をやった。龍の硬い鱗の感触。温かささえ感じるような、命の感覚。

「そうだ、全部喰っちまえ。俺も、こいつらも、龍対も全員! それで俺は、」

 龍は青年を飲み込んだ。龍の体が白く発光する。めきめきと音を立てて龍の体が変化していく。


「退避!」と辻堂は叫んだ。「龍が出る! 総員、下渋谷市民の避難の支援に! そして地上班に連絡! 総員退避!」

 辻堂は隊員たちと共にフロアを出た。その間にも龍は檻を破壊しながら形を変えている。

「辻堂課長、しんどい!」

 ケイは退避しながら叫んだ。まだパイロスーツにも着替えられていない。体力が保たない。

「じゃあ、今日だけケイちゃんはお姫様だ」

 辻堂は冗談めかして言うと、ケイを姫抱きにして退避した。辻堂が言っていることは相変わらず分からないが、とにかくこの場は助かった。ケイはようやくため息をついた。

 龍の体は巨大化し、細く、長くシャープな体つきになっていく。檻から完全に抜け出た龍は、フロアに逃げ遅れた人間を残らず喰い尽くし、咆哮を上げた。

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