第28話:制御環
「ラヴァンさん、あなたは私たちを攻撃するんですか?」
アイシャはラヴァンに問いかけた。アイシャがラヴァンと過ごした時間はわずかだったが、ラヴァンという人が侵害性の高い人類には見えなかった。龍への攻撃はしても、人に対して攻撃をする仕草は見せなかった。
噂を聞いて想像した悪辣な姿とは程遠い。アイシャにとって、ラヴァンは実直で素直な人だった。そんな人が自分たちを攻撃する様子を想像することはできなかった。
「おまえたちからして、私は危険人物であることに変わりはない。危機感を持て、アイシャ。自分の星の人間も、他の星の人間も信じるな。龍はすべての関係性を破壊する」
そう言うと、ラヴァンは片膝をつき、自らの首をアイシャに晒した。エレナはアイシャに制御環を渡した。それを持って、アイシャは身動きが取れなかった。
ラヴァンは危険ではない。アイシャは知っているつもりだった。それに、本当に危険な人物であれば、何度だってアイシャを殺すチャンスはあったはずだ。そして、エレナの話にも素直に受け答えをするだろうか?
「それとも、私が危険性を出した方がアイシャはやりやすいかな?」
ラヴァンはそう言うと、歯を見せて笑った。すべての弱点をさらけ出してなお獰猛に笑うラヴァンは、息が止まりそうなほど美しかった。こんな時に見惚れてしまいそうになる自分の愚かさを、アイシャは少なからず呪った。
室内に、ピンと張り詰めた気配が満ちるのが分かった。殺気だ。初めて感じた人間の殺気。思わず一歩引きそうになったが、アイシャは堪えた。
しかし、ラヴァンにここまでされては、アイシャができることはひとつだけだった。アイシャは制御環を差し出されたラヴァンの首に装着した。まるで何かの儀式のように。
カチン、と金属質な音が鳴った。制御環は装着を行った者の意図に反して外れることはない。たとえ装着をした人間を殺したとしても、制御環は外れない。ある種、制御環は強力な呪いのようなものだった。
「それでいい」とラヴァンは言った。「それでいいんだ、アイシャ」
ラヴァンは立ち上がり、首に装着された制御環を撫でた。
「制御環の兼ね合いもあることだし、アイシャ、君も一緒にルパラギ理事のところに行こうか」
エレナの言葉に、アイシャは頷いた。これを外すためには、アイシャが外す意思を持って制御環に触れる必要がある。なるべく早く外すことができれば良いとアイシャは思った。
「アイシャ、そんなに固くならないで」とエレナは言った。「真実を見るなんて、心が躍るじゃないか」
真実。何が真実なのだろうか。アイシャには分からなかった。しかし、この胸中のもやもやとしたものを解消するためには、エレナに付いていくしかない。
自分はどこへ向かっているのだろうとアイシャは思った。輸入物品管理課で働いていたと思ったら、急に龍対策課に連れて行かれて、そして龍洞の第六層に入って、ラヴァンと出会って、これからルパラギ理事に会いに行こうとしている。激動の一日だった。今日は絶対に直帰だな、とアイシャは思った。
✳︎
アイシャがエレナ、ラヴァンと共に病院を出ると、出入り口にはすでに車が横付けしてあった。黒塗りの大型SUVで、アイシャが道玄坂方面の入口に向かった時にも乗ったものだった。
車外ではウルヴォグが待っていた。アイシャとラヴァンと同じく、ウルヴォグもパイロスーツを着たままだった。パイロスーツは着心地が良いのも手伝って、他の服に着替えるのが億劫になるのだろうか。アイシャは思ったが、おそらく理由は異なる。ウルヴォグは龍討伐部隊の人だから、いつでも緊急対応ができるよう、勤務中は基本的にパイロスーツのままなのだろう。
運転手は別にいるようで、今回はウルヴォグの運転ではないらしい。ウルヴォグはアイシャ達の姿を認めると、小さく礼をした。
車に乗り込むと、車内は大柄な二人がいても少しは余裕があった。四人は特別言葉を交わすでもなく、ルパラギがいる宇宙人類連盟のオフィスがある渋谷スクランブルスクエアに向かっていた。ラヴァンは窓の外を見ていた。渋谷スクランブル交差点に近づくにつれて、巨大な龍の頭骨が見えてくる。いつ見ても巨大で、どこか場違いのような光景だった。
「外から見ると正しくだな」とラヴァンは言った。
「君の目から見ても?」とエレナが尋ねた。
「自分で討伐した龍は忘れない。あれはカラグィだ。頭骨は利用しないのか?」
ラヴァンは目線を少しだけ車内に向けて尋ねた。龍の素材は血の一滴ですら同量の金よりも価値があるといわれるように、龍の素材はすべてが貴重な資源だった。そんな素材を使わずに外に放置していることは、ラヴァンのような始原人類文明の人間からすると意外なことかも知れなかった。
「あれは観光目的のオブジェのようなものになっていてね。撤去はしないとのことだ」
エレナは言った。それから、素材として使えないのは惜しいけどね。と付け加えた。
「渋谷の新しいランドマークで、龍害の象徴。私たち地球人類が龍の脅威を忘れないために残してある」
「忘れようとも、忘れられないだろうに……一等星の頭骨だ、いくらにでもなっただろう」
ラヴァンの言う通りだった。たとえカラグィの頭骨がなくなったとしても、地球人類は龍の脅威に晒され続けるのだから。
「人の中には損得勘定だけでは動かせない部分がある」とエレナは言った。
「そうだな。その通りだ」
それからしばらくラヴァンは口を閉ざした。カラグィの頭骨を見つめる目の中にどのような色が浮かんでいるのか、アイシャからはよく見えなかった。
「ああ、おまえがウルヴォグか。先程の戦闘は見事だった。たしか……」
「三等星位、内藤ウルヴォグです。名前を覚えていただき、光栄です。一等星位ラヴァン」
ラヴァンはふと思い至ったように、ウルヴォグに声をかけた。ウルヴォグは自然な仕草で返事をした。
「地上での戦闘はどのように行なっている?」
ラヴァンは尋ねた。
「龍との戦闘は三次元戦闘だ。私もさっきは苦労したが、重力下での戦闘は厳しくはないか?」
「地上戦闘用のパイロスーツが新たに製造されています。そして、我々は〈階梯〉を使います。空気中に障壁を張り、それを足場とします」
エレナがそこに補足した。
「そこに〈浮遊〉も組み合わせている。うまく使いこなせば、重力下でも無重力状態と同じ戦闘状態を構築できるという算段だよ」
パイロスーツそのものの戦闘への活用はアイシャも知らないことだった。
言われてみれば、龍との戦闘は宇宙が主戦場だ。地上で戦うとなると、戦闘のスタイルは大きく変わるだろう。宇宙空間は無重力で慣性の力を利用することができるし、上下への移動でエネルギーを使うこともない。地上ではそれがすべて困難だ。それを宇宙での戦闘行動と同じレベルまで押し上げたというのはすごい技術の進歩なのだろう。
「魔力の消費が激しくなるな。戦闘継続時間はどうなってる?」
ラヴァンの質問に、ウルヴォグは太もも部分に触れて回答した。パイロスーツの太もも部分には防護パッドが入れられていて、衝撃から身を守る作りになっていた。
「スーツのここに増槽がついているんです。戦闘継続時間は確かに宇宙用スーツよりも短くはなりますが、対龍戦闘は短期決戦です。これまでに大きな問題は生じていません」
「なるほど。そうやって対処したのか。ただ、加速も減速も含め、宇宙よりも段違いに動作の負荷が高い。よほどの訓練を積んだと見える」
「地球が生き残るための戦いです。身につける他ありません」
ウルヴォグはきっぱりと言った。龍狩りは志望者が非常に多い職業のひとつであり、日本で最も死亡率が高い職業でもあった。龍狩りは五等星の龍を一頭狩るだけで一年は遊んで暮らせる給与が与えられるといわれている。宇宙全体の龍狩り志望者がどのくらいいるのかは知らないが、死亡率でいえばどこも同じようなものかもしれない。
宇宙で最も過酷な仕事。宇宙で一番の高給取り。人類を守る英雄。
龍狩りは人類に不可欠な存在だった。この地球でもそれは同じことだ。同じことなら、慣れるしかない。宇宙が主体の龍狩りだから、地上で同じことはできないなんて言うことはできない。龍狩りがいなければ人と文明、そして星は龍に喰われる。
「違いない」
ウルヴォグの言葉に、ラヴァンはすぐにそう応えた。龍狩りの間にだけ伝わる言葉が二人の間にあり、それ以上の言葉は必要ないように見えた。
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