第27話:なぜ、地球だったのか
「アイシャ。君はどうして渋谷がこんな街になってしまったと思う?」
「それは、渋谷龍が堕ちてきたからです。二〇三〇年の八月二十四日に。龍が堕ちてきたことで、地球は龍の標的となりました。そして、本来宇宙からやってくる龍に対して、宇宙での戦闘手段を持たない地球人類のために渋谷龍の中から龍が出てくるようにして、今の形に……」
エレナは頷いた。
「そう、渋谷龍が堕ちて来たからだ。では、なぜ堕ちてきたと思う? 今や私たちは宇宙に何千億もの星があり、何百もの人類種があることを知っている。そんな中から、なぜ龍は地球を選んだのだと思う?」
エレナの言葉に、アイシャはすぐに返事をすることができなかった。龍がなぜ地球に、そして渋谷スクランブル交差点に堕ちてきたかなんて、考えたこともなかった。
噂のひとつとして、ノストラダムスの大予言である、という話を聞いたことがあった。
なんでも、〈一九九九年七の月に、空から恐怖の大王が降ってくる〉という予言があって、その予言が天文学的に解釈すると二〇三〇年八月を指していた、という説だ。
この予言の話は、当時の新聞にも掲載されていたという。なんでも発信源はルパラギ理事で、地球に降りて最初に開かれた会合の中でそう発言した、というのがネットでよく見る話だった。
「予言で、そうなっていたから……?」
「逃れられない運命だった。君はそう言いたいんだね?」
「エレナさんは、そうではないと?」
エレナは微笑んだ。しかし、これは微笑んでいるわけではない。極めてビジネス的な意味合いを含んだ、形式だけの笑みだ。
「では、ラヴァン。君はどう考える?」
ラヴァンは思案顔をした。
「龍の襲来が予言として残されるのは、ない話ではない。新興人類文明の多くでそういった記録はあるはずだ」
「君たち二人は予言を信じるというわけだ」
「龍が人類文明をどのように発見し、狙いをつけるかは分かっていない。始原人類文明よりも新興人類文明の方が狙われやすいというのは確かにあるが、地球の件もそのひとつではないかと私は思う」
ラヴァンは片目を閉じて応えた。
「龍は文明ごとに狙いをつけているんですか?」
ラヴァンは首を振って応えた。
「いや、単純に始原人類文明は龍への対処が早いだけだ。狙われる前にある程度の距離に近づいた時点で迎撃する。新興人類文明は対応が遅れる場合が多く、喰われやすい。それだけだ」
ラヴァンの話には筋が通っているようにアイシャには思えた。確かに、迎撃を受けなければ龍はその星に接近しやすいだろうし、一方的に襲われる頻度も増えるだろう。
「一般論だね。ただ、今回の件に関しては、龍は明確に地球を狙ったと私は考える。おそらく、イヅーカムという新星の龍が地球に刻印をつけた。アイシャ、君も名前くらいは知っているんじゃないか?」
「イヅーカム、って……」
アイシャは思わずラヴァンを見た。
イヅーカム。ラヴァンは確かに口にした。自分が胸に受けた槍をイヅーカムの槍だと。
宇宙に十体存在するという新星の龍の一体。つまり龍の最上位に位置する幻のような、伝説的な存在。彼らはそれぞれ違った特徴を持っていて、その特徴は他の龍にも共通している。
たとえば、〈クジラ〉はタイプ:イヅーカムに分類される龍だった。
龍は元々十体の龍の特徴を持っているが、三等星くらいにならないと特徴が現れない。だからこそ、三等星以上の龍を狩ることは龍狩りにとってのステータスなのだ。
「イヅーカムは地球の中でも、多重交錯型広場という特性が最も強かった渋谷に龍を堕とし、刻印をつけた。次の問題は、それをどのようにして行なったかということだ」
「多重交錯型広場、ってなんですか?」
「人流の渦のことだ」
ラヴァンは言った。宇宙ではかなり常識的なことなのだろう。地球よりも始原人類文明の方が龍に関する多くの情報を持っているのは当たり前のことだ。
「人流の渦が集まる場所を宇宙ではそう呼んでいる。人類は必ず交差点を作る。そして、交差点は直線、斜線、逆流という三次元の移動が交差する」
「そう。渋谷スクランブル交差点は地球上でも稀に見る多重交錯型広場だったのさ。そういう場所には人のエネルギー……つまり、意識、感情、そして人間が潜在的に持っている魔力の源、魔素が溜まる。そういう場所を龍は標的にして、目印をつける。自らの餌場としてね」
「でも、それとラヴァンさんは関係があるんですか?」
アイシャが言うと、エレナは笑みを浮かべた。
「だからこそ、我々はラヴァンを確保しなければならなかった。地球外人類から。そうだな、うん。もっと言うとバビナ人類から。そしてさらに言うなら、ルパラギ理事よりも早く発見し、確保する必要がある」
「ルパラギ理事……」
ルパラギは龍が渋谷に堕ちてきた時から渋谷区と日本、そして地球という星を龍と地球外人類から守るために奔走を続けた人物だった。今も渋谷スクランブルスクエアの上階に宇宙人類連盟のオフィスがあり、ルパラギはそこにいる。
ルパラギは今でも地球のために宇宙との交渉を行うなど、精力的に地球保護のための活動を続ける地球外人類の中でも友好的な人物だ。
「ルパラギ理事は我々地球人類に大きな隠し事をしているはずだ。私はそれを暴きたいんだよ」
「それは、なぜですか?」とアイシャは尋ねた。
「アイシャ、君は渋谷区の職員だね」
「はい、そうです」
「公務員の仕事は市民社会全体のためであり、特に君の仕事は渋谷区の人々を守ることだ。でも、私の仕事は違う」
「それは……住吉商事の最高経営責任者だから、ですよね」
「そう。そして私はCEOである前にビジネスマンでもある。私の仕事は企業の利益を最大限にすることだ」
公務員とビジネスマン。守るべきものはそれぞれ違うと言いたいのだろうか。アイシャは考えたが、まだまだ三ヶ月しか働いていないアイシャにとって、何年もCEOを務めるエレナに意見を言うのは難しい。
アイシャとエレナは住む場所が違う魚たちのようなものだった。アイシャは小さな池しか知らないが、エレナは大海原を知っている。潮の流れも、その深さも、すべてを知っているような気さえした。
「さて、ラヴァン。君は二〇年前、カラグィを討伐した。そしてその時、同じ場所か、それが見える場所にルパラギ理事がいた……違うかな?」
「二〇年前という実感はないが、そうだ。私はルパラギによって休眠から起こされ、バビナの戦艦に乗った。そしてその艦にはルパラギが搭乗していた。私とルパラギは、私の意識がなくなる直前まで話していた」
「その時、君たちはイヅーカムに遭遇したね?」
ラヴァンは少しの間、無言だった。彼女の眉間に僅かに皺がよった。
「なぜそこまで知っている……と、言いたいところだが、そうだ。イヅーカムに遭遇した。奴は戦闘宙域から三光年離れた場所に出現し、私とカラグィを攻撃した。その後のことは分からない」
「どうもありがとう」とエレナは言った。「これで本当に君の秘密を解くことができる。そして、ルパラギ理事の隠し事を暴くことができる」
「ルパラギの秘密に、私の秘密か……あまり秘密はないつもりだが」
エレナは微笑んだ。「君も知らない秘密かもしれないよ」
「それは面白い。同行しよう」
ラヴァンはそう言うと、自身に繋がる管や計器を外し始めた。異常を知らせる音が鳴るが、誰も来る気配はない。エレナが入室を止めていることは明らかだった。
ラヴァンはパイロスーツを着た姿で、集中治療室に嵌められたアクリルガラスの横に備え付けられた扉を開けた。近くで見るラヴァンはエレナから見ても大きかった。
二メートル二センチ。数字を知ってから彼女を前にすると、その大きさに圧倒されそうになる。
「ラヴァン。申し訳ないが、これをつけてくれるかな?」
そう言うと、エレナは首輪のような形のデバイスを取り出した。
「制御環か」
それを見て、ラヴァンは一目で何か分かった様子だった。アイシャも聞いたことはある。魔法の使用を制限するための道具だ。小さな子どもの中でも付けている人はいるし、スポーツなどで魔法を使ってはいけない場面で抑制のために付けられることもある。あるいは、魔法的犯罪の実行犯に付けられる。デザインは様々なものがあるが、エレナが差し出したそれは無骨なデザインのものだった。
「不服だったかな」とエレナは肩をすくませた。
「そんなことはない。正しい判断だ。私の噂もよく知っているようだし、地球人類は正しい教育を受けている。宇宙に存在する数多の人類は信用ならない。信頼してはいけない。これは当然の措置だ」
ラヴァンはそう言うと、エレナの前に手をかざした。
「私に制御環をつけるのはアイシャがやるべきだ。エレナ、おまえがやるべきじゃない。その方が、何が起きても対応できる」
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