第17話:精製!アイシャの武器!
「ウルヴォグ、アイシャさん、こっちに来ていただいてもいいですか?」
スタッフの一人が待機室の大型の機械の前で声を張り上げた。
アイシャがきょとんとしてウルヴォグの顔を見ると、ウルヴォグは何かを思い出したかのように目を見開いた。
「そうでした。エレナ様から武装も用意するようにと言われていて……。一緒に行きましょう」
ウルヴォグは颯爽と歩き出した。アイシャも慌ててついていく。
「そんな、武装まで用意していただけるんですか!?」
「武装は必要ですよ。住吉では新人の武装は精製機で出すんです。ほら、あれですよ」
案内された先にあったのは、アイシャの部屋よりも大きな魔導機械だった。内部はスモークがかった窓によってよく見えないが、内部では様々な回路に沿って燐光のようなものが光っていた。
「精製機っていうのは……」
戸惑うアイシャに、精製機の前にいたスタッフが応えた。
「精製機というのは、まあ簡単に言うと魔法を使った3Dプリンターみたいなものです。そこにあるパネルに手を置いてもらうと、手を置いた人の魔力量や質を読み取って、戦闘の際に使いやすい武装を精製できるんです」
「じゃあ、もう最初からオーダーメイドなんですか?」
「ほとんどそうです。簡易な精製品ですので耐久力がないので、みんな最初はここで武装を作って、それを後々武装部門が立派な武器に仕立てたり、調達したりします」
スタッフはにこやかに言った。
「自分も最初はここで作ってもらいました。太刀だけでしたが、後で戦闘スタイルの関係で弓を使うようになりましたね」
「そうなんですか……でも、時間とか結構──」
「なんと、三十秒くらいでできます」
「すっごい!」
オーダーメイド品が三十秒。すごすぎる。そんな短時間で武装が出てくるなんて嘘のようだ。
「これぞ住吉の圧倒的技術力ですよ。内部機関はすべて魔法の付与によって制御され、圧倒的な時間短縮と短時間ながら精製物の強靭性を高めることに成功しています。今では多くの龍狩り機関がこの精製機を使って、龍狩りの手に合う武装を精製しています。地球発の技術ですが、すでに別の星にも輸出して──」
「アイシャさんすみません。この人は話が長いんです。ここに手を置いてください」
「ああっ、ウルヴォグいいところで!!」
ウルヴォグに連れられるまま、アイシャは精製機に取り付けられたパネルの前に立たされた。既に精製機は起動していて、ごんごんと鳴り響く鈍く低い稼働音が振動のようにアイシャに伝わってきた。
「それでは、やります!」
アイシャはパネルに右手を当てた。すぐに読み取りが終わったのか、ピッと軽い電子音が鳴った。精製機の音が大きくなる。低い音が、アイシャの胸の高揚を後押ししてくれるようだった。
「アイシャさんのことですから、盾とかかもしれませんね」
武装が出てくる場所なのだろう。スモークがかかった窓の手前でウルヴォグは言った。
「盾……、いいですね。私の魔法との相性も良さそうです」
盾を携えて戦う自分をアイシャは夢想した。盾、どんな盾だろう。
大きな盾を強化を使った体で取り回すのも格好が良いし、カイトシールドや小型の盾で戦場を縦横無尽に駆け回りながら戦うスタイルもドキドキするものだ。
待っているだけでも、胸がときめく。どんな武器を持って自分は龍と対峙することになるのだろうか。早く出てきてほしい、とアイシャは思った。そしてその武器を持って、自分の龍狩りとしての道が始まるのだ。
がこん、と音を立てて窓が開く。本当に早かった。いよいよだと思うと、否応なしに手が震えた。これが自分の武装。一体どんな形で、どんな──
「え」
パッと見た印象は、T字の物体だった。両端は赤く、ギザギザとした構造の赤い蛇腹のようなものでできていた。その間には黄色い一本の棒が。
これは、見たことがある。主にバラエティ番組で。何十年も前から使われている、伝統的なお笑いの道具で……。
「ピコピコハンマー……?」
スタッフが呆けた顔で、小さく口にした。そう。ピコピコハンマーだ。どこからどう見ても。
試しにアイシャは手に取ってみた。取手の部分は、プラスチックめいた軽い素材。そもそも全体的に軽い。ハンマーの部分を、片手に打ち付けてみる。
ぴこっ、という、間抜けた音。本物だ。間違いない。ピコピコハンマーが精製されたのだ。アイシャの武装として。
「初めてみる武器ですね。ハンマー、ですか? 不思議な形状です」
ピコピコハンマーを、ウルヴォグは興味深そうに眺めていた。多分この人はバラエティ番組やお笑い系のメディアに触れたことがないのだろう。ウルヴォグという人は見た目の通り、ストイックな人なのだろうなとアイシャは思った。
「ハンマー、ではあります。でもその、攻撃力とかは……」
「そうですね。素材も柔らかいですし、どちらかというとおもちゃに近いというか」
ウルヴォグの冷静な言葉がアイシャにはつらかった。
おもちゃだ。これはおもちゃなのだ。これが自分の武装だと思うと、アイシャの中にあった格好の良い龍狩りとしての自分の姿がガラガラと崩れていくようだった。
「私の武装って、もしかして、これ、ですか」
「いや、間違いかも……エラーとか、起こしてるかもしれませんね。ね! ちょっとアイシャさん、もう一度やっていただけませんか? ちょっと調整しますので!」
「えっ、いいんですか? そんなに何回も……」
「エラー品をお渡しするわけにはいきません! 我が商事の沽券に関わる問題ですから!」
スタッフは口早に言うと、調整用のコンソールディスプレイを立ち上げた。ホロディスプレイ越しにスタッフが何かを弄くり回しているのがアイシャにも見てとれた。
なるほど。エラーか。そういうこともあるのか。
アイシャはなんとかこの状況を納得できるものにしようとしていた。エラーなら仕方がない。それに、住吉商事が自信を持って提供するマシンにもエラーが起こるのかと思うと、ちょっと安心するところもある。何事も完璧すぎるのは良くない。こういうことはたまに起こる事故なのだ。
「これで、もう一度パネルに手を置いてください」
「……はい」
言われた通りに、アイシャはパネルに手を置いた。
アイシャの内在魔力が読み取られ、精製機はすぐに唸りを上げて動き出す。取り出し用の窓が開くまでの時間が、なぜか果てしなく長いように感じた。スタッフも食い入るように窓を見つめている。その目に、先ほどまでの誇らしかった色はない。じっとりと真剣に、汗までかいてその様子を見ていた。
がこん、と音を立てて窓が開く。いよいよだ。いよいよ自分の本当の武装が──
「なんでぇ!?」
スタッフは喉がひっくり返ったような奇声を上げた。
今回も無事に精製されたのだ……ピコピコハンマーが。
「エラーとかじゃ、ないってことですよ、ね?」
アイシャはこわごわと尋ねた。エラーだと言ってほしい。これを持って龍と戦う? 誰かを守る? そんな想像は自分の中に少しも湧いてこない。だいたい、どうやったらピコピコハンマーで龍を脅かすことができるのだろうか?
龍が漫才に乗ってくれるとでも? そんなノリの良い龍がいるのであれば、宇宙はもっと平和だったはずだ。
「二回精製して同じものが出てくるということは、エラーではないでしょう。アイシャさんの戦い方には、このぴこぴこ? ハンマーが合っているのだと思いますよ」
「ウルヴォグ、それ本気で言ってるのか?」
スタッフは顔を青ざめさせてウルヴォグを問い詰めた。しかしウルヴォグは逆にきょとんとしていた。精製機の性能を信頼していて、ピコピコハンマーのことを知らなかったら、確かに何かしらの仕掛けがある武器に見えたのかもしれない。
「自分はいつでも本気です。この武器も、自分は分かりませんが使い方があるのでしょう。精製機はアイシャさんが使いこなせるものを出力します。二回も同じものが出てきたんです、よほどアイシャさんと相性が良いのでしょう」
「相性……相性かぁ……」
毅然としたウルヴォグの言葉がアイシャの心にドスドス刺さった。このピコピコハンマーが、アイシャが使いこなせる、相性の良い武器。このピコピコハンマーが。
防性魔法には自信があった。攻性魔法に自信はないが、少しは使える。そんな自分の武器が、このおもちゃみたいなハンマー。お前は戦いに向いていないんだ、という言葉がどこからか聞こえてくるようだった。お前には適性がないんだから、大人しく帰れ、とでも言うような。
「……私の役割はバディの防衛役だと思うんですが、本当に必要ですか?」
思わず、そう言ってしまった。それくらい今起こったことはアイシャの自信を失わせるのに十分なものだった。
ウルヴォグは攻性魔法の特級の使い手だということは周知の事実だ。だからといって、防性魔法が使えないというわけではない。龍狩りはどちらの魔法も高水準で使えることが条件だ。たとえアイシャが防性魔法の特級の使い手だとしても、ウルヴォグほどの龍狩りが守りに徹しなければならない場面をアイシャは想像することができなかった。
「それも少々申し上げづらいことなのですが」とウルヴォグは言った。そしてもう一度申し訳なさそうに顔を俯けた。「アイシャさんにお任せしたいのは、第六層で発見した人物からの防衛です」
「……こちらを攻撃してくるんですか?」とアイシャは恐る恐る尋ねた。
「もし無事であるのなら、可能性はあります。何せ相手は一等星位の龍狩りですし、推測の通りなら良くない噂がある人物です。備えるに越したことはありません」
一等星位の龍狩り? アイシャは思考が停止した。しかも、その人物が攻撃してくる可能性がある?
「あの、ウルヴォグさんって……」
「自分は三等星位です。地球では三等星以上の龍はまだ観測されていませんから。この星で観測されたクラス:一等星はカラグィ……ああ、失礼。渋谷龍だけです」
渋谷龍。この渋谷でスクランブル交差点を飲み込む巨大な頭蓋骨を持つ龍。スクランブル交差点の地下に埋まった渋谷龍の体は、マントル付近まで達しているという。
「この案件って、もしかしてものすごく危険だったりしますか?」
「はい」とウルヴォグは頷いた。「クラス:一等星の龍、もしくはそれ以上の存在と戦う可能性を覚悟してください」
そんな馬鹿な。アイシャは龍と戦ったことはあるにせよ、事件の時の一瞬だけで、守ることしかできない。それに、話が全然違う。第六層にいる人は倒れているから、地上まで運ぶために守る必要があるのでは? そして道中の龍からの防衛に自分が選ばれただけなのでは?
「では、武装も新たに手に入れたことですし。行きましょうか。アイシャさん」
ウルヴォグはそう言うなり、龍洞入口までの送りの車両に向かって行ってしまった。
「……アイシャさん」
スタッフの声は頼りなく、しわがれているように聞こえた。
「はい……」
「その、グッドラック、です」
「…………はい」
もう無理と言って引き返せる地点はとうの昔に過ぎてしまっていた。頼りないハンマーだけが、これからのアイシャの武器となる。とりあえず、これを持ちあることは恥ずかしいので、縮小をかけてパイロスーツの腰ポケットにそれを押し込んだ。
もう引き返せない。アイシャには分かっていた。アイシャはもう、腹を決めるしかなかった。
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