第9話この空の下で。

「本橋くん、一ヶ月も入院していたらしいけど、大丈夫?」


 久々に登校した俺に、川谷が話しかけてきた。心配をかけてしまったらしい。


「…うん。全然大丈夫。」

「そっか、よかった!あ、部活とかは出れそう?」

「うん。」


 俺の返事を聞いて安堵している川谷。

 その姿を見て、少しだけほっとする自分がいた。






 放課後。部活に行く途中で、海藤に「グラウンド手前まで一緒にいい?」と言われた。


 全然構わなかった俺は、二つ返事でOKした。


「私、悠大くんと出会えてよかった。」

「え?」

「…私もね、お父さんがいなくなっちゃってすごくショックだったの。でもね、それは私だけじゃない。1人じゃないんだって、君に会ってそう思えたの。」


 それは、こっちのほうだ。

 不安定な俺をずっと支えてくれていた。

 それもこれも同じような経験をしたから…。


 すると、海藤は俺が黙っているのが機嫌が悪い風に感じたのか、申し訳無さそうにぴょこぴょこと汗を出している。


「あ…、別に嫌な意味じゃないから…!」

「わかってる。…俺も、海藤に出会えてよかった、……と、思ってるから。」


 正直で素直な気持ちを言うのは何故か恥が出る。

 顔を赤らめていると、海藤はニコっと笑い、


「本当に、よかった。」


 と俺が言ったセリフを噛み締めているように思えた。






 グラウンドの入口に差し掛かると、海藤が足を止めた。


「またね、悠大くん。来年も同じクラスだといいね!」


 そう言って、校門のほうへと向かう。


 来年も…。


 …言わなきゃいけないことがあるんだった。


「あ、あの、海藤…!」

「?どうしたの?」


 振り返った海藤は、不思議そうに俺を見つめている。


 穢れもない、純粋なその目に吸い寄せられてしまう自分がいる。


 あ、やっぱ、言いにくいな…。


「な、なんでもない…。」


 言葉を濁してしまった…。


 場は静まり返っている。言えるわけ、ないだろう。言ってしまったら、どんな反応されるか想像つく。


「本橋くん、こっち!」

「あ、よ、呼ばれたから…!じゃあ。」


 川谷に呼ばれる声を聞くと、気まずい空気から逃げるようにその場を離れた。






「本橋くん。何かあったらなんでも聞いてね。」


 サッカーボールを片手に川谷の質問コーナーが始まった。


 コイツも俺に構ってくれたよな。悪い態度しか取ってこなかったはずなのに、よく最後まで、接してくれたな…。


「…なんで俺に優しくしてくんの?」 

「え?」


 やば…。口に出てしまってたか。川谷が聞いてるのはサッカーのことについてだろうに。


 すると、川谷は親身に考え込んでいた。


「えー…、なんでってそうだな…。優しい、か…。」


 無理に考えなくても…。


「よくわかんないけど、そういう性格…だからかな?」

「性格?」


 …確かに、見返りとか何かを求めている感じでも無かったし、こればかりは、性格なのか…。

 そりゃあ、突き放しても無駄だったわけだ。


「あはは、どうして急にそんなこと聞いたの?」


 それは……。


「…これで会うの最後になるから知りたいなって。」


 川谷の前では言ってしまった。

 それでも、顔を見上げることができない。


「最後って…?」 


 疑問の声が後頭部に刺さる。


 最後は…、本当の意味での最後なんだ。


 もう一度会うことは奇跡でもなけりゃ無理だ。川谷も海藤も。お別れの時間が、迫って来る。






 悠大くん、何を言いたかったんだろう。


 自宅に帰った私は、おやつのクッキーを頬張りながら考える。


 切羽詰まったようなそんな感じ?がした。だが、それは今までとは空気が違っていた気がする。私を気遣っていた、そんな風に感じた。


 すると、リビングにお母さんが入ってきて衝撃な言葉を耳にした。


「美羽。悠大さんから聞いた?彼、お引っ越しするんだって。」

「え…、引っ越しって…?」

「聞いてない?ご両親いないでしょう、まだ高校生だからって、親戚に引き取られる形になったみたい。」


 そんなの、知らない。


 そっか、これが悠大くんが伝えたかったことだったんだ。


「い、いつから引っ越しちゃうの…?」

「確か…今日引っ越しって聞いたような。」


 今日!?そんな、急に…。

 どうして私に言えなかったの…。






 部活が終わり、俺は自宅に向かっている。


 あいつ…、寂しそうな顔してたな。


『引っ越し、そうなんだ…。ううん、家の事情だから仕方ないよ。また会えるといいね…!』


 最後の最後まで俺に笑顔を見せていた。


 なんだかんだでここにいた期間は短かったけど、

 

 …虚しいな。


 自宅が近づいたので、顔を見上げると玄関前に1台の車が止まっていた。

 そこには例の親戚、父さんのお兄さんが待っていた。


「悠大くんおかえり。荷物の準備はできている。早速で悪いが、行こうか。」


 父さんのような穏やかさを感じる人だな。

 流石、DNAが深く繋がっているだけある。


 俺はそのまま車に乗り込んだ。


 車窓から誰もいない海藤の家を見つめる。


 お別れ、できなかった。あんな顔されたら言えるものも言えないだろう。


 …いや、


 これは言い訳に過ぎない。


 彼女に言い出せなかったのは、俺の心の問題だ。


 数秒後、ブルルルルルと車が走り出す。

 見覚えがある街並みがどんどんと過ぎていく。


 本当に、最後なんだ。


 交差点の赤信号で止まっているその時、歩道から足音が聞こえた。


 その音に気づいて振り替えると、海藤が息を切らし走ってきた。


 海藤……!


 窓に張り付いている俺に気づくと、海藤が大声をあげた。


「悠大くん!」



「ありがとう!


 …………さようなら!!」


 ……………。

 ……え、それ、、だけ……?


 信号が青に変わり、車が再出発した。


 海藤はどんどん遠ざかり、ついに見えなくなってしまった。


 俺は自分の座席に力を込めて座った。


 なんだか、心がザワザワする。


 あいつにも言ってほしかった…。"さようなら"じゃなく、別の言葉を……。






 あれから5年の月日が過ぎた。俺も21歳になり、就活に勤しむ大学生になった。


 それに、今日は母さんの13年目の墓参り。


 外に出るため俺は、マンションにある一部屋の鍵をガチャンとかける。


 両腕には花束を抱えていた。どれも母さんの好きな花達が俺の顔を覗いている。やはり、あの人の趣味は最高だ。


 …この年になっても、母さんを亡くしたあの日を忘れたことは無い。父さんの時もそうだ。忘れるはずが無い。


 父さん、母さん。

 俺、頑張って生きてるよ。就職合格することは今はまだまだ無謀だけど、昨日の面接は手応えがあったんだ。次は上手くいくといいな。


 友達も1人できた。趣味が合うヤツなんだよ。今日、会わせてあげるね。きっと、喜んでくれるだろうな。


 ………。


 でも、心残りも沢山ある。


 ふと家電量販店の前のテレビに目をやる。そこにはサッカーのヒーローインタビューが行われていた。


『今、大活躍中!未来の日本代表、渡辺竜哉選手にヒーローインタビューです!』


 アナウンサーが隣にいる選手にマイクを向ける。


『このサッカー業界に入ったきっかけはありますか?』

『はい!元からサッカーが好きだったんですけど、あの時親友と約束したことで決心ついたんですよ、そして2人で誓ったんです、一緒に世界一になろうって!』

『素敵なエピソードですね!差し支えが無ければなんですけど、その親友さんは選手になれたんですか?』

『……いえ、聞いたこと無いです。でも俺、信じているから…!あいつ、絶対俺に追いついてきますよ笑

 いえーい!見てますか〜!!』


 画面に向かって、竜哉が手を振っている。


 ごめん、竜哉…。

 その約束、守れないんだ。大学1年の時、サッカーのサークルに入っていたんだけど、その時の試合で足が骨折してしまって…、医者にもう無理だって言われた。


 ごめん、本当にごめんなさい……。


 テレビの前で俯いていると、誰かが近づいてくるのに気づいた。


 ふと横目を向くとそこには、


 大人な姿になっていた海藤がいた。


「…あ、やっぱり悠大くん!」


 雰囲気が変わっても彼女と一瞬でわかった。


「海藤…?」

「えへへっわかった?…久しぶり。悠大くん、なんにも変わってないね。また、出会えて嬉しい。」


 本当に、"あの時"ぶりだ…。


 俺は何も言えず、海藤にはさようならだけを告げられたあの日。


 海藤もそこに気づいたのか、一瞬気まずそうにしていた。


「あの時は、別れの言葉を軽く言っちゃってごめんね。あれは、またこうして会えると思ったから深くは言わなかったの。当たったね!」


 そうして、海藤は子どものようにピースサインを作って笑っている。


 その笑顔を見て、俺は涙が止まらなくなった。

 いい大人が変だろう?しかも、外に置いてある売り物のテレビの前で、だ。


 父さんも母さんも笑ってくれ。


 ひとしきり泣いた後、俺も海藤にピースサインを見せた。大丈夫だ。心配ないよ。



 人生は残酷だ。


 だけど生きていればいつかは奇跡でも希望でもなんでも起こってくれる。

 そういう、山型のグラフようにできている。


 父さん、母さん。

 これからもずっと、この空の下で見守っていてほしい―――。






―――――――――――――――――――――――

 最後まで読んでいただきありがとうございます。ここで一旦は終わりなんですが、この次からとある人物のサイドストーリーを展開します。最後の最後まで楽しんでいただけたら幸いです。











 ●サイドストーリー・渡辺竜哉編●


『ゴォォォォォォォォル!!またしても渡辺が1点を稼いだぁぁぁぁぁぁぁ』


 ワァァァァァァァァァァァ!!


 俺はゴールの前で、パフォーマンスをした。その時でさえも、歓声は鳴り止まない。


 チームメイト達も笑顔で駆け寄ってきた。


「ナイス竜哉!」

「優勝しちゃったよ、竜哉さんのおかげだ!」


 誰も彼も俺を褒め称える。それは嬉しいけど、心の奥底でざわつく俺もいた。


 悠大……。


 君は今どこで何をしているんだろう―――。






 16年前………。

 幼稚園の頃からサッカーが好きだった俺はよく公園でボールを回していた。


 だがこの時は、一緒にサッカーをする仲間がいなかった。ボールが友達状態だ。


 すると、近くの方でボールを転がす少年とその母親がいた。


「よくできたね〜!」


 母親が少年を褒めている。その光景を羨ましく思った俺は、その少年に目を送っていた。ずっと1人でサッカーをしてきたのだから、当たり前だ。


 その、羨望の目線に気づいた母親が、少年に話しかける。


「お友達も仲間に入りたいって。いってらっしゃい。」

「うん!いいよー!!」


 少年が近づいてくる。恥ずかしかった俺は両手を前にしていたが、何食わぬ顔で目の前まで来ていた。


「こんにちは!僕、悠大!一緒にサッカーやろ!!」


 なんと純粋な瞳なんだろう。その時の俺は、少年の顔を見ると、恥ずかしさが一気に飛んだんだ。


「うん…。俺は竜哉…!」


 この少年、悠大は優しくて思いやりのあるやつで、すぐに一番の親友になれた―――。


「…ねぇ、竜哉。」

「ん?」

「僕、サッカー選手になるのが夢なんだ!」


 ……!


「……俺も!世界一のサッカー選手になろうな!2人で……!!」


 俺達は並んでボールを蹴った。そのまま、ゴールにシュートする。


 その時の悠大は夢と希望に満ちていた、そんな感じがした。



 でも、小学2年のある日、悠大は1週間程学校を休んだ。


 何か、あったのか?


 次の日には登校してきたが、ずっと俯いていた。


「おい、どうしたんだよ悠大。1週間も休んで……。」

「…なんにもない。」


 その一言だけを言うと、スタスタと俺の横を通り過ぎた。


 マジで何があったんだよ。


 その日から悠大の笑顔は消えた。今までの純粋で優しい親友は別人のように変わった。


 そして、小学校・中学校と時は流れ、高校1年の終わりに悠大は地元から転校していった。


 俺は違う高校だったから気付くのに遅れてしまったけれど、悠大の父から連絡があって、急いで悠大の家まで行った。


 玄関先で悠大の父から、とあるものをもらった。


「竜哉くん、これ。」


 すっと、1枚の小さなメモ用紙が目の前に添えられる。


「これ、は……?」

「次の家の住所だよ。たまにでもいいから来てやってほしい。悠大だって喜ぶと思うよ。」


 喜ぶ、か。そうならいつか、遊びに行けたらいいな…。




 高校2年の夏。インターハイ出場が決まった俺はメモを片手に未知の世界へと、向かう。


 久しぶりに悠大に会いたいな。

 あいつは、インターハイ行けたんだろうか。

 元気にしているだろうか…。


 知らない土地で道がわからなくなっている俺は住宅街の真ん中で立ち止まっていた。


 あれー?ここらへんのはずなんだけどなぁ…。


 ……?


 誰かの気配を感じ、後ろに振り返ると、そこには悠大がいた。


 悠大!久しぶり!!また、昔みたいに、サッカーやりたいな!


「サッカーは辞めた。諦めた。」


 ………は?


 え、何言ってんだよ。冗談だよな?


 よく見てみても悠大の顔はガチだった。


 俺は無我夢中で悠大を掴みかかった。そんなこと、言ってほしくなかった。



 気づけば俺は、帰る方向へ歩いていた。


 なんで、こうなったんだよ…。


 違うんだ、悠大。俺はただ、悠大と前みたいに楽しく会話とかサッカーとかしたかっただけなのに…!



 その支障が、インターハイ本番でも、目に見えて形になった。途中で、ボールが見えなくなったんだ。


 ピーっ鳴る試合終了の笛で、我に返ると、俺達の学校が負けていた。負けたんだ。


 俺…、世界だけじゃなく、日本一にすらなれねぇのかよ……。


 先輩に散々怒られた俺は会場の外でふらふらと帰りのバスへと向かっていた。


 すると、背後から悠大に話しかけられた。一部始終、試合を見られたらしい。


 俺は恥ずかしかった。だってこの前、悠大に向かって世界一になるって高を括ってたんだ。顔を向けたもんじゃない。


 その表情に気づいたのは悠大は語り出す。


「よかった、優勝しなくて…。俺も目指すから世界一。2人でなろう?」


 嬉しかった。そうだよ、悠大と一緒だったからプロになるって決めたんだ。




 あれから数年経って現在、大人になった今でも世界一は夢のまた夢だ。悠大も何処で何をしているのかすらわからない。


 それでも、


 世界一になる時は2人でなろう!なっ?悠大!!


 そうして俺は、サッカーボールを蹴りづつける。



 この広い空の下で―――――。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この空の下でもう一度、あなたに会えるのなら。 紫音 色羽 @shion1118

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ