第4話 ゴルド村の少女④

(よし、とりあえず魔法は使えたな)


 ダレットはふたりが最初の関門を突破したことに安堵した。

 最悪の場合、恐怖や緊張で魔法の行使すらままならないのではないかと危惧していたのだ。


 その後もアーシェラを加えた3人から魔法が飛び、ダレットもモールで殴ってダメージを与えて行く。

 このまま勝てそうだとほんの少し気が緩んだ、その刹那。


 フーグルマンサーの1体がダレットの攻撃をすり抜け、早口で呪文を唱えた。


「くそ!」

「ヴェス・ザルド・ル・バン。ストラル・スルセア──エスパドル」


 ダレットのモールがそのフーグルマンサーを捉えたが一歩遅い。

 既に呪文は完成し、【リープ・スラッシュ】の魔法の刃がみるふぃーちゃんに襲いかかる。


「きゃーーー! みーちゃん!!」


 アーシェラの悲鳴が響き渡る。


 魔法を使ったフーグルマンサーを仕留めたダレットが振り返ると、みるふぃーちゃんは真っ白の体毛を鮮血で紅く染めて倒れ伏していた。

 そこに駆け寄るアーシェラ。


「みーちゃん、すぐに助けてあげるから!」

「嬢ちゃん待て! 先に残りを倒してからだ!」


 フーグルマンサーは手負ではあるが2体残っている。そしてこのパーティでは野伏の心得があるのはダレットだけなので、敵を倒してしまわないと回復薬を作って与えてやることができないのだ。


「嫌よ、嫌よ! だって、みーちゃんが!!」

「姉さん、しっかりして! ファイアボルト!」


 クレインがアーシェラを叱咤しながら、自身も魔法を行使する。

 セリーヌも顔を真っ青にしながらも【ファイアボルト】を使って援護する。


「みーちゃん、みーちゃん」


 アーシェラが泣きながら銃を撃ち、1体が地に沈んだ。残る1体をクレインの魔法とダレットのモールで倒し切る。


「みーちゃん!? みーちゃん!?」


 アーシェラがみるふぃーちゃんに縋り付き、アウェイクポーションという気付薬を振りかける。


「……ぴょん」

「みーちゃん! よかった!」


 弱々しく目を開いたみるふぃーちゃんを、アーシェラがきつく抱きしめる。

 そこへダレットが救命草から作った薬を水で溶いたものを差し出す。救命草はそのまま使うこともできるが、野伏や薬師が薬へ加工してから使用する方が効果が安定するのだ。


「うさころ、とりあえずこれを飲め。それから、傷の方は嬢ちゃんに薬塗ってもらえ」

「……ぴょん」


 ダレットが口元へ充てがった薬を、みるふぃーちゃんは素直に飲んだ。

 クレインが冒険者セットから毛布を取り出して地面に敷く。そこにみるふぃーちゃんを寝かせ、セリーヌが別の毛布を持って目隠しをする。

 そこまで確認すると、ダレットはひとりそこから離れた。


(くそっ、俺の油断のせいだ)


 自己嫌悪と苛立ちに任せてフーグルマンサーにとどめを刺して回る。

 尋問することもできたと気づいたのは、4体とも息の根を止めてしまった後だった。


(不甲斐ねぇ。やっぱりパーティなんてのは俺には……)


 ため息をついて、無理矢理気持ちを切り替える。

 3人に愛想を尽かされるにしても自分から離れるにしても、それはこの依頼が終わってからの話だ。今考えることではない。


 みるふぃーちゃんの手当てが終わったのを確認すると、ダレットは冷静を装って話しかけた。あちこちに包帯を巻かれた姿はとても痛々しい。


「うさころ、このまま行けるか? 村に戻って休ませてやりたいのは山々だが、ルイを探すのも優先してやらないといけない。ひとりで戻るって言うなら戻って休んでもいい」


 ダレットの言葉にアーシェラは何かを言いかけ、そして口に出さないまま飲み込んだ。

 本当はみるふぃーちゃんに付き添っていたいのだろうが、彼女も冒険者。人命がかかった依頼の遂行の重要性は分かっている。

 ただ、その表情はひどく張り詰めている。


「みーちゃん、無理しなくていいのよ」


 アーシェラが気遣うが、みるふぃーちゃんはふるふると首を横に振った。


「みーちゃんはアーシェラちゃんと一緒に行くぴょん」

「みーちゃん!」


 ひしっと感動的に抱き合うアーシェラとみるふぃーちゃん。

 結局そのまま全員で進んでいくことになった。


一行がさらに森を進んでいくと、道の左側に倉庫のようなものが見えてきた。

 様式からして魔動機文明時代の建物のようである。


 魔動機文明時代は300年前に〈大破局〉と呼ばれる蛮族の大侵攻で滅びた文明で、約1700年続いたと言われている。

 高度に発達した魔法の道具を用いており、その遺物や遺跡が各地に残っている。アーシェラが使う銃もこの時代に作られたものだ。


「セリーヌ、あれが村長に聞いた廃墟か?」

「いえ、違うと思います。廃墟はもっと奥なはずです」


 確かに「廃墟」というほど荒れておらず、金属製の扉はぴったりと閉ざされている。


「どうする? 蛮族のねぐらと違うとはいえ、あそこにルイが閉じ込められてる可能性もなくはない」

「僕と姉さんで扉を調べてみるよ。姉さん、いいよね?」

「ええ、いいわよ」


 密偵の技能を持つ姉弟が慎重に扉を調べる。


「鍵はかかってるけど、特に危険な罠なんかはないみたいだ。開けてみていい?」


 クレインがダレットに聞き、ダレットは頷く。

 念のためにセリーヌとみるふぃーちゃんは自分の後ろに下がらせ、モールを構えておく。


「私が開けるわ」


 クレインが荷物から針金を取り出そうとしているのを尻目に、アーシェラが問答無用で【ノッカー・ボム】を発動し、鍵を吹き飛ばした。


 アーシェラが使う魔動機術は〈マギスフィア〉という装備が発動に必須である。〈マギスフィア〉によってマナを弾丸に込め、それを銃で発射するという使い方が多いが、弾丸を使わない術も存在する。

 アーシェラが行使した【ノッカー・ボム】はその代表格であり、鍵や錠前を吹き飛ばす魔法の爆弾を作り出す術だ。魔法の鍵ではない通常の鍵であれば確実に破壊できるのだが、その鍵は修復することができないというデメリットがある。


「…………………………」

(嬢ちゃんの方がやばいな)


 そのような後戻りのできない魔法を躊躇いなく行使する姿は、これまでのアーシェラの印象と異なっている。心なしか目も据わっており、みるふぃーちゃんの怪我が本人以上にアーシェラの精神状態に悪影響を与えているようだった。


「ね、姉さん! なんでいきなり壊してるの!?」


 クレインに詰め寄られても一切取り合わず、銃を構えて扉を開けてしまうアーシェラ。クレインは頭を抱えている。

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