第3話 ゴルド村の少女③

 やがて、丘の向こうに村が見えてきた。

 村の周りにはブドウ畑が広がっているが、畑の中央からはまだ黑い煙の柱が立ち上り襲撃の爪痕を伺わせた。


 村に到着すると、髭を生やした男性が出迎えてくれた。


「冒険者の皆さま。私が村⻑です。よくぞ、おいでくださいました」


 彼の表情はやつれ果てている。おそらく、襲撃が起こってからまともに休んでいないのだろう。

 ダレットたちが一通り名乗ると、村長は早速説明を始めた。


「村を襲ったのは、大柄で毛深い蛮族です」


 ダレットは3人を見やる。


「わかる奴はいるか?」

「そういうのはみーちゃんが得意よ! たくさん勉強しているもの!」


 初めて会う村長が怖いのかアーシェラの後ろに隠れているみるふぃーちゃんだが、アーシェラに促されておずおずと顔を出す。


「……ボルグだと思うぴょん」


 ボルグというのは村長の言葉通り大柄で毛深い蛮族で、青みがかった肌に白い体毛を持つ者が多い。また、剣や槍などの長柄の武器を好んで使う。知能は低いものの、獰猛で戦いを好むため厄介だ。


「農作物が被害を受け、酒樽を盗まれたほか、村の少年が連れ去られてしまいました」


 村長が言う「少年」とはルイのことだろう。酒樽は酒盛りでもするためだろうか。


「その蛮族はどこにいるんだ?」

「森の奥に廃墟があり、そこに住み着いているようです」


「畑の方から煙が上がってるみたいだが、あっちはもう大丈夫なのか?」

「はい。まだ燻ってはおりますが、周りの木や草も刈り取ってありますのでじきにおさまると思います」

「だったらすぐにルイ君を助けに行きましょう!」


 アーシェラが決然とした声でそう言うと、クレインも頷く。みるふぃーちゃんはアーシェラの意見に反対することはないだろう。


「そうしよう。蛮族が住み着いてる森はどっちだ?」

「森の入口へは、私が案内します」


 ルイを助けたい一心なのだろう。セリーヌの表情は決意に満ちている。


「私は妖精使いです。戦いの経験はありませんが……皆さんのお力になれたら、と思います」


 村人たちに見送られながら森の入り口へ向かう。

 森の中は木々に光が遮られ、薄暗かった。一気に体感温度が下がり、ぞわりとした気配が一行の背を這い上る。


「入り口までは来たが、ここからどう行くかだな」

「森の妖精たちが、『穢れ臭い人たちがたまにこの辺りまで来ることがある』って言っていたような気がします」


「そうか、じゃあ足跡が残ってるかもしれないな。おい、密偵とか野伏の心得のある奴は?」

「私とクレインが密偵の訓練を受けているわ!」

「よし、足跡とかなにか痕跡を探すんだ。うさころは……とりあえず、あんまり動き回るな」


 アーシェラとクレインはなかなかに機敏な動きを見せていたが、みるふぃーちゃんはタビットらしく短い足でぽてぽてと歩いていて見るからにどんくさい。下手に動き回られると手がかりを破壊してしまいそうだ。


 落ち葉をかき分けて3人で足跡を探す。

 ダレットが視線を感じて顔を上げると、みるふぃーちゃんがじっとこっちを見ていた。目が合うと、慌てたように持っていたイチゴのクッションで顔を隠してしまう。


(なにやってんだ……。てか、あのイチゴはどこから出したんだよ)


「あったわ!」

「僕も見つけた!」

「ああ、こっちもだ」


 3人とも、人間よりも大きな足跡が森の奥の方へ続いているのを発見した。足跡は複数であり、蛮族のもので間違いないだろう。


 足跡を辿りながら森の中を進んでいく。時折風が吹いて木々が揺れ、木漏れ日が差し込んでは消えていく。


 すると突然、翼を持つ蛮族が4体、茂みから飛び出してきた。

 トカゲのような顔と、鋭い爪を持っているのが見てとれる。


「チッ、蛮族か!」


 ダレットはモールを両手に持ち、魔法使いたちを庇うように1歩前へ出る。

 アーシェラも銃を構えながらクレインとみるふぃーちゃん、そしてセリーヌを魔法が届くギリギリまで後ろに下がらせる。


「みーちゃん、あいつはなんなのかわかるかしら?」

「フ、フ、フ、フーグルマンサーぴょん。魔法を使うぴょん」


 みるふぃーちゃんが恐怖で震えて噛みながらも、蛮族の正体を看破した。


 フーグルとはトカゲのような顔に茶色の鱗と長い尾、さらに大きな皮膜状の翼を背に持つ蛮族だ。身長は人間よりも小さいが、人間の子どもや山羊ぐらいなら掴んで飛び去るぐらいの力を持っている。

 さらにそのフーグルの中で魔法を使う者がフーグルマンサーだ。

 奴らはおそらく敵の斥候だ。敵意を剥き出しにしており、戦う以外の選択肢はない。


「いいか、とにかく落ち着いて魔法を使うんだ! わかったな!?」


 ダレットは初陣になるクレインとみるふぃーちゃんにそれだけ叫ぶと、モールを振り回しながら蛮族たちへ躍りかかっていった。

 近接攻撃を行うのが自分しかいないため、どれだけ魔法使いたちのことが気がかりでも側について教えてやるわけにはいかない。最前線に出て敵を食い止めるのが、ダレットに課された最大の役割なのだから。


 ダレットがその巨体を生かしながらモールを振りまわし、フーグルマンサーたちを足止めしつつ魔法の行使も妨害する。


「クレイン、みーちゃん。魔法を使うのよ!」


 アーシェラが自身もマナを込めた弾丸を撃ちながら、初陣になるふたりを励ます。


「大丈夫大丈夫、僕だってちゃんと戦える……。ファイアボルト!」

「みーちゃんも弟には負けないぴょん! ヴェス・ヴァスト・ル・バン。スルセア・ヒーティス──ヴォルギアぴょん」


 クレインの【ファイアボルト】とみるふぃーちゃんの【エネルギー・ボルト】がフーグルマンサーに向かって飛んでいく。

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