第3話 振動刀

自衛隊の歓声を背に、俺は校舎の裏手にある資材倉庫へと滑り込んだ。  ここなら人目につかない。  俺は壁に背を預け、ズルズルと座り込む。


 【警告:エネルギー残存量15%】  【警告:活動限界まで、あと20分。セーフティモードへ移行しますか?】


「……却下だ。まだ寝るわけにはいかねえよ」


 俺は荒い息を吐く――いや、肺が空気を求める音ではない。過熱した排熱機関が、強制冷却のためにファンを回している音だ。  未来のボディは強力だが、燃費が最悪だ。  特に、現代にはバックアップしてくれる発電衛星も、補給基地もない。  戦えば戦うほど、俺は死に近づく。


「ハァ……ハァ……見つけた、レン!」


 倉庫の扉がガラリと開き、眩しい光と共にミライが飛び込んできた。  息を切らし、制服は土埃で汚れている。俺を追って走ってきたのだろう。


「ミライ……来るなと言っただろ」 「言われた通り隠れてたら、あなたがどこか行っちゃいそうな気がして……!」


 ミライは俺の前に立ち塞がると、俺の右腕を両手で掴んだ。  さっき、パイルバンカーをぶっ放した腕だ。今は人間の腕に擬態しているが、その質量と冷たさは隠せない。


「ねえ、教えて。本当にレンなの? その体、どうなってるの? 戦車より強いなんて、人間じゃないわ」 「……」


 誤魔化すのは無理か。  俺は覚悟を決め、擬態スキンの制御を一部カットした。  ミライが握っていた俺の手首から先が、ジャキッという音と共に、鈍色の金属骨格へと変化する。


「ひっ……!?」


 ミライが短く息を呑むが、それでも彼女は俺の手を離さなかった。  その事実に、俺の胸(コア)が少しだけ熱くなる。


「俺は一度死んだんだ、ミライ。十年後の未来で」 「十年後……?」 「ああ。そこじゃ人類は負けて、俺以外は全員食われた。俺は生き延びるために、体を機械に変えて、化け物を殺す兵器になったんだ」


 淡々と語る俺の言葉。  普通なら精神異常者の妄言だ。だが、さっきの光景を見た彼女には、それが真実だと伝わったらしい。  ミライの瞳から、ポロポロと涙が溢れ出す。


「そんな……じゃあ、レンはずっと一人で……」 「泣くなよ。俺はこうして戻ってきた。今度は助けられる。お前も、みんなも」


 俺が不器用な金属の指で彼女の涙を拭おうとした、その時だった。


 ガシャァァァァァンッ!!


 倉庫の高い位置にある採光窓が砕け散った。  降り注ぐガラスの雨。   「きゃっ!?」 「伏せろッ!」


 俺はミライを抱き寄せ、床をごろりと転がって瓦礫の影に隠れる。  侵入してきたのは、三体の影。  先ほどの蟻やカブトムシとは違う。細長く、鋭利な鎌を持った緑色の影。  『狩猟種(ハンター・マンティス)』。  飛行能力を持ち、音もなく忍び寄って首を刈る、暗殺者タイプだ。


「ギチチチ……!」 「カマキリ……!? ここにも入ってくるの!?」


 ミライが悲鳴を上げる。  まずいな。ここは狭い倉庫だ。  パイルバンカーのような「点」の攻撃じゃ、すばしっこい奴らには躱される。かといってプラズマ砲を使えば、誘爆でミライごと吹き飛ぶ。


 マンティスの一体が、俺たちの隙を突いて跳躍した。  速い。  視認してから瞬きする間に、死神の鎌がミライの首元へ迫る。


「――舐めるな」


 俺は手を伸ばした。足が空き、刀が展開される。  取り出すのは、対・高速戦闘用武装。


 【武装換装:高周波ブレード『アメノハバキリ』】


 俺の手の中に、一振りの「刀」が出現した。  柄は無骨なカーボンブラック。  だが、俺がスイッチを入れた瞬間、鍔元から切っ先にかけて、青白い光の刃が伸びる。  ブォン、という低い唸り声。  毎秒数万回の超振動が、空気中の分子すら切断する未来の日本刀。


「斬ッ!」


 俺は座ったままの体勢で、頭上の空間を横薙ぎに一閃した。  青い軌跡が残像となって走る。


 マンティスが空中でピタリと止まった。  次の瞬間。    ズバァッ!!


 胴体を真一文字に切断されたカマキリが、緑色の血を撒き散らしながら左右に分かれて落下した。  断面が焼けて、肉が焼ける異臭が立ち込める。


「ギ、ギシャアッ!?」


 残りの二体が、仲間の死に怯むことなく左右から同時に襲いかかってくる。  連携攻撃。  だが、俺の思考加速された世界では、止まっているも同然だ。


「遅い」


 俺は立ち上がり、刀を逆手に持ち替える。  一歩踏み込み、回転斬り。    ヒュン、ザンッ!!


 鋼鉄をも切り裂くカマキリの鎌が、俺のブレードに触れた瞬間、豆腐のように切断された。  驚愕に目を見開く(複眼だが)マンティスたち。  返す刀で、二匹の首を同時に跳ね飛ばす。


 三体撃破まで、わずか二秒。  鮮やかなる剣舞。  だが、勝利の余韻に浸る暇はない。


 【警告:エネルギー残存量5%。緊急停止まであと30秒】


 視界が赤く点滅し、膝から力が抜ける。  ガクリ、と膝をついた俺を、ミライが支えた。


「レン!? どうしたの、顔色が……!」 「……ガス欠だ。派手に動きすぎた」


 このブレードは切れ味こそ最強だが、エネルギー消費も馬鹿にならない。  俺の視界がブラックアウトしかける。  死ぬか? ここで?  いや、目の前には「最高のご馳走」が転がっているじゃないか。


 俺は這うようにして、死に絶えたマンティスの死骸へ近づいた。  狙うは胸部にある発光器官――『生体コア』だ。  奴らの動力源であり、高純度の生体エネルギーの塊。


「ミライ、今から少し……グロテスクなものを見せる。目を逸らしててもいい」 「え……?」


 俺は『アメノハバキリ』を戻し、左手の指先を変形させた。  鋭利な五本の注射針のような形状になる。  それを、マンティスの傷口へ容赦なく突き刺した。


 ジュルリ、ゴクッ、ゴクッ……。


 不快な音が響く。  俺の腕がポンプのように脈打ち、マンティスの体内から青い体液を吸い上げていく。  人間の食事ではない。  機械が燃料を給油する作業だ。


 【エネルギー充填率……20%……40%……60%】


 体内に熱が戻ってくる。  薄れかけていた意識が鮮明になり、全身のモーターが唸りを上げて復活する。


「ふぅ……」


 俺は空になったマンティスの死骸を捨て、口元(といっても吸収したのは腕からだが)を拭う仕草をした。  最悪の味だ。未来でも何度も啜ったが、慣れたことは一度もない。  俺は恐る恐るミライの方を見た。    化け物を食べる元人間のサイボーグ。  ドン引きされて、悲鳴を上げられても文句は言えない――。


「……レン」


 ミライは、真っ直ぐに俺を見ていた。  恐怖はない。 あるのは、痛ましいものを見るような、深い悲しみと決意だった。


「そんな体になってまで……ずっと戦ってたのね」 「……生き汚いだけさ」 「ううん。凄いわ。……ねえ、お腹いっぱいになった?」


 彼女はハンカチを取り出し、俺の汚れた頬を優しく拭いた。その母性のような優しさに、俺の強固な精神防壁が揺らぐ。


「……ああ、満タンだ」 「なら、行きましょう。まだみんなが逃げてる。レンの力が必要なんでしょ?」


 ミライが手を差し出す。  俺はその手を取り、力強く立ち上がった。


 【システム再起動完了。戦闘出力120%】


「ああ、行くぞ。この街の害虫駆除(おそうじ)を終わらせにな」


 俺は再び『アメノハバキリ』を生成し、青い刃を煌めかせた。 エネルギーの心配はもうない。  敵がいる限り、俺は無限に戦える。


 倉庫の外では、空を覆い尽くすほどのドローンの群れが、避難所へ向かっていた。  次は空中戦だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る