第4話 負け戦は情報さえあれば勝ち戦にできる
街は地獄の釜の蓋が開いたような惨状だった。 上空を覆うドローンの群れ。地上を埋め尽くす巨大生物。 俺はミライを背負い、建物の屋根を飛び移りながら移動していた。 目指すは、このエリアの防衛拠点となっている陸上自衛隊の駐屯地だ。 「レン、あそこ……!」
ミライが指差した先、駐屯地の正門付近では、壮絶な防衛戦が行われていた。 だが、戦況は最悪だ。 無数の『兵隊蟻』に加え、新たな敵――空中に浮かぶ鏡のような装甲を持った『シールド・キャリアー』が前衛に立ち、自衛隊の銃弾をすべて弾き返している。
「くそっ、駄目だ! シールドが抜けない!」 「戦車隊、全滅! もう持ちません!」 「撤退だ! 民間人を置いてでも下がれ!」
風に乗って、隊員たちの絶望的な怒号が聞こえてくる。 指揮官らしき男が、苦渋の決断で撤退命令を出そうとしていた。 あそこが崩壊すれば、避難していた数千人の市民は虐殺される。 過去の歴史と同じ、敗北の光景。
「……へえ。懐かしい陣形だ」
俺は屋上の縁に立ち、ニヤリと笑った。 未来の戦場じゃ、あの程度のシールド展開種は「歩く的」でしかなかった。 奴らの弱点は、防御に特化しすぎたせいで、攻撃の瞬間だけシールドが消えること。そして、そのタイミングはすべて「群れの呼吸」によって同期されている。
「ミライ、ここで待ってろ。少し『軍隊』に入隊してくる」 「えっ、入隊って……レン!?」
俺はミライを安全な給水塔の陰に降ろすと、背中のブースターを展開した。 青い噴射炎が迸る。
【フライトユニット:出力最大】 【戦術指揮リンク:強制接続開始】
俺は弾丸となって、戦場の空へ飛び出した。
◇
「撤退! 総員撤退ッ! これ以上は犬死にだ!」
剛田三佐は、無線機に向かって声を張り上げていた。 目の前で部下が次々と蟻の餌食になっていく。 最新鋭の10式戦車ですら、あの奇妙な浮遊物体の防御障壁を抜けずに破壊された。 人類の科学は、奴らに敗北したのだ。
『……こちら、コード・ゼロ。撤退命令を取り消せ』
突然、全回線の無線にノイズ混じりの声が割り込んだ。 低く、冷静で、機械的な響きを含んだ少年の声。
「なっ、誰だ!? これは軍の専用回線だぞ!」 『前線を見ろ。状況を変える』
剛田が顔を上げると、空から青い光を纏った人影が降ってきた。 人間? いや、背中からジェットを噴射する鉄の塊だ。
そいつは、最前列で無敵を誇っていた『シールド・キャリアー』の直上に着地した。
「重力制御装置(シールド)、いただき」
謎の少年が、キャリアーの装甲に手を突き刺す。 バチバチバチッ! 青い火花が散った瞬間、キャリアーが展開していた光の壁が霧散した。
「な……!?」 『シールドの周波数を解析、中和した。これで貴様らの豆鉄砲も通るはずだ』
無線から再び声が響く。
『全砲門、俺がマーカーをつけた敵を狙え。タイミングは俺が指示する』
剛田の目の前にある戦術モニターが勝手に書き換わった。 敵の群れの中に、赤い「×印」が次々と表示されていく。 ハッキングだと? 高度な暗号化が施された自衛隊のシステムを、一瞬で?
「ふ、ふざけるな! 貴様何者だ!」 『今は味方だ。……死にたくなければ撃て! 3、2、1、今だッ!』
少年の怒声。 剛田の体は、思考するよりも先に動いていた。
「全隊、攻撃開始ィィッ!!」
生き残っていた戦車と歩兵が一斉に火を吹く。 これまでは弾かれていた銃弾が、シールドを失ったキャリアーの装甲を貫き、内部の肉を弾けさせた。
「通る……通るぞ!」 「やれる! 殺せるぞ!」
兵士たちの目に光が戻る。 だが、敵の数は依然として圧倒的だ。 蟻の大群が、倒れたキャリアーを乗り越えて押し寄せてくる。
『慌てるな。奴らの動きは大方決まっている』
空を飛ぶ少年――コード・ゼロは、戦場を俯瞰しながら冷徹に告げた。
『右翼の第三小隊、弾幕を薄くしろ。わざと敵を引き込め』 「なっ、正気か!? 突破されるぞ!」 『いいからやれ。そこに地雷原があるだろう』
半信半疑のまま、右翼の部隊が射撃を緩める。 蟻たちが殺到する。 その瞬間、コード・ゼロが手から何かを撃ち込んだ。 地雷が一斉に起爆し、密集していた蟻たちを吹き飛ばした。
『左翼、戦車隊。11時の方向のビルを撃て。敵じゃなくていい、柱を崩せ』
ズドン、という砲撃音。 崩壊したビルが、路地裏から回り込もうとしていた別働隊を完璧なタイミングで押し潰す。
「す、すげぇ……」 「まるで、未来が見えているみたいだ……」
剛田は戦慄した。 この少年は、ただ強いだけじゃない。 奴らの習性、移動速度、そして自衛隊の配置と火力。すべてを計算し、神のような采配で戦場を支配している。 負け戦だった盤面が、みるみるうちに逆転していく。
『指揮官、聞こえるか』
ノイズ混じりの声が、呆然とする剛田を呼んだ。
『仕上げだ。敵の指揮官を引きずり出す。俺が突っ込むから、全火力を俺の進行方向に集中させろ。誤射は気にするな、どうせ俺には当たらない』
「……無茶苦茶だ。だが――乗った!」
剛田はマイクを握りしめた。 もはや彼の中に迷いはない。この正体不明の「英雄」に従えば、勝てる。
「総員、あの少年に続け! 弾薬が尽きるまで撃ちまくれぇぇぇ!!」
轟音と閃光の中、コード・ゼロが加速する。 背中のスラスターが爆音を上げ、彼は地を這うミサイルのように敵陣中央へと突撃した。
立ち塞がる蟻を両腕のブレードで切り刻み、酸の直撃を最小限の動きで回避する。 その姿は、美しくすらあった。 鋼鉄の舞踏。 彼の通った後には、敵の死骸の道ができる。
そして、彼は敵陣の最奥にいた巨大な『指揮官種(クイーン・アント)』の目の前に到達した。
『チェックメイトだ、デカブツ』
コード・ゼロの右腕が変形する。 三本の杭が飛び出す。パイルバンカー。 だが、今回は様子が違う。杭の周囲に、青白い雷光がバチバチと収束していく。
【リミッター解除:レベル2】 【オーバーロード雷撃(サンダーボルト)】
「消え失せろォォォォッ!!」
ズガァァァァァァンッ!!
杭がクイーンの頭部に突き刺さると同時に、凄まじい雷撃が放出された。 クイーンの巨体が内側から発光し、破裂する。 飛び散る体液と共に、周囲にいた護衛の蟻たちも感電し、黒焦げになって倒れた。
指揮系統を失った敵軍が、混乱して動きを止める。 勝負あった。
◇
硝煙の匂いが立ち込めるか戦場。 敵の残党は撤退し、駐屯地には信じられないような静寂が戻っていた。 俺はスラスターの排熱を行いながら、ゆっくりと剛田隊長のもとへ歩み寄った。 周囲の兵士たちが、俺を囲むように集まってくる。 銃を向けている者はいない。 全員が、畏敬の眼差しで俺を見ていた。
「……礼を言う。君のおかげで助かった」
剛田が敬礼をした。 俺は首を振り、擬態スキンを顔だけに戻し、人間の少年のフリをする。
「礼には及びません。……それより、取引をしたい」 「取引?」 「俺をこの部隊で雇ってくれ。階級はいらない。その代わり」
俺は指を三本立てた。
「一、俺の整備と補給を最優先すること」 「二、俺の正体について不問にすること」 「三、俺の指示に従うこと。奴らの殺し方は、俺が一番知っている」
剛田は目を丸くしたが、すぐにニカっと笑った。 歴戦の軍人らしい、いい笑顔だ。
「即採用だ。歓迎するぞ、未来の英雄殿」
こうして、俺は人類軍の「非正規エース」として、最前線に立つことになった。 だが、安心するのはまだ早い。 俺のセンサーが、上空のはるか彼方、成層圏に潜む『絶望』を捉えていたからだ。
今回の襲撃は小手調べ。奴らの本隊――空を覆う超巨大母船が、主砲のチャージを始めている。 ――都市消滅まで、あと1時間。
ーーーーーーーーーーーーーー
見てくれてありがとうございます。
結構頑張ってストックはあるのですが、人気があまり出なかったらボツにしようと思ってます。
後、何か誤字等あれば、教えてくれると嬉しいです。コメントや、⭐️も嬉しいです。
人類滅亡まで残り3分でしたが、過去に戻ったので全力で負け戦をやり直す。 ミンミンゼミ @sasakimasao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。人類滅亡まで残り3分でしたが、過去に戻ったので全力で負け戦をやり直す。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます