第3話 「壬生狼の牙、異世界の刃」
道場には朝日が差し込み、薄い埃が光を反射して舞っていた。
「わぁ……集まってるねぇ」
沖田に連れられ、リュシアンは畳の中央へ出る。
周囲には永倉新八、原田左之助、井上源三郎、斎藤一――
錚々たる顔ぶれが腕を組んで並んでいた。
ざわ……と隊士たちがひそひそ声を上げる。
「噂の浪人か?」
「構えが素人みてぇだぞ」
「本当に“化け物を斬った”のか?」
(あぁ、この空気……懐かしいな。異世界のギルドもこんな感じだった)
リュシアンは苦笑する。
永倉が一歩進み出た。
「俺がいこう。名前は永倉新八。まぁ軽く、実力を確かめさせてもらう」
「あ、どーぞ。軽くでお願いします」
軽口に、道場の空気にわずかな笑いが走る。
永倉は木刀を構え――
次の瞬間、バッと踏み込む。
だが。
永倉の肩に、木刀が“軽く”触れた。
「……は?」
永倉は動けなかった。
気づけばリュシアンが背後に立っている。
「えっと……これで“軽く”なんだけど、大丈夫だった?」
どよめきが爆発した。
「嘘だろ!?」
「見えなかった……」
「構えも気配もなかったぞ!」
斎藤は細い目をさらに細める。
(……消えた、か。いや、“踏み込みが見えなかった”だけ)
永倉の闘志が燃え上がる。
「二撃目――本気でいくぞ!」
永倉が渾身の踏み込みを見せる。
しかしリュシアンの姿がまたふっと消える。
気づけば永倉の木刀は空を切り、
背後に“軽く”刃を添えられていた。
「……参った」
永倉が木刀を下げ、観客は息を呑む。
やがて、道場の入り口に影が二つ。
「おお……見事なものだな」
近藤勇だ。
隣で腕を組む土方は渋い顔をしつつも、
明らかに興味を隠せていない。
「総司。これは……噂以上じゃねぇか」
「でしょ?」
沖田が得意げに笑う。
その時だった。
外から怒号が上がる。
「ぎゃああああああ!!」
隊士が飛び込んできた。
「し、新人の村田が! 急に暴れ出して……!」
全員が外へ駆け出す。
そこには白目をむき、関節の折れ曲がった隊士がいた。
血のような黒い液が指先からぽたりと落ちる。
「ひっ……村田!? おい!」
近藤が呼びかけても、隊士は答えない。
次の瞬間――
獣のような速度で襲いかかってきた。
「くっ――!」
永倉が防ぐが押し負ける。
土方がすぐさま介入し刀を抜く。
「くそっ、またかよ……!」
隊士たちが必死に押さえるも、
村田の力は常人のそれではなかった。
暴れた村田が、近藤の喉へ爪を伸ばした瞬間。
風が揺れた。
リュシアンが一瞬で背後に立ち、指で村田の首元を軽く叩く。
――奇妙な音。
村田の全身から力が抜け、どさりと崩れ落ちる。
「“気脈断ち”。俺の世界の技だよ。殺してないから安心して」
全員が呆然とする。
正気に戻った村田は、何も覚えていなかった。
土方が怒気を含んだ声で問う。
「リュシアン。……お前、あれを知っているな?」
リュシアンは少しだけ遠くを見た。
「俺の世界にもいたんだ。
『魔王の残りかす』に精神を侵されて、
暴走する人間が」
「ま、魔王……?」
近藤は唖然とし、土方は歯噛みする。
沖田はただ静かに、確信するように呟いた。
「やっぱり、君は“こっち側”なんだね」
その意味はまだ誰も理解できない。
近藤は深く息を吐いた。
「リュシアン殿。君がいなければ、今日誰かが死んでいた。
……しばらく我々の“客分”として力を貸してもらえないか」
土方は渋々付け加える。
「勝手に動くんじゃねぇぞ。二度言わせるな」
「いや、もう三度目だけど」
「言わせんな」
周囲にわずかな笑いが戻る。
その夜。
縁側で月を眺めるリュシアンの隣に沖田が座る。
「今日のあれ、“魔素の濁り”でしょ?」
「っ……なんで、その言葉を」
「匂いが同じだからですよ。
僕が――かつていた世界のね」
リュシアンは息を呑む。
(この人……まさか……)
沖田は微笑んだ。
「ま、今は寝ましょう。明日から忙しくなりますよ?」
風が冷たく流れた。
京都のどこかで、また一人、
“変質の前兆”が静かに生まれていた。
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