第5話


 後日、雪が更に弱まった。


 ふわふわと綿毛のような雪が舞う中、ミルグレンの願いを聞き届け、彼女達はミルグレンを連れ、彼女を見つけたという場所に一度戻ってくれた。


 北嶺サーザンドは不思議な静けさの中にあった。


 周囲を出来るだけくまなく探したが、結局人を見つけることは出来なかった。

 夜になる前にもうそろそろ下山しなければならないとなった頃、マグノリアの使い魔がサーザンドの更に上方で雪に埋まった一振りの剣を見つけた。



 ――紛れもない、エドアルト・サンクロワの剣だった。



 修道女達は一度山を下りた。


 剣を抱いたままそこから動かないミルグレンを気遣ったが、ここは依然【凍土アフレイム】において最もたる危険地帯なのだ。

 ミルグレンの側にはマグノリアだけが黙って残り、その守りを引き受けてくれた。

 更に付近に飛ばしていた使い魔が戻って来る。


「サーザンド一帯に異変が起こっている。

 これは嵐の前の静けさかもしれん。

 一度山を下りた方がいい」


 ミルグレンはしゃがみ込んだままだ。


「行こう」


 マグノリアがミルグレンの手から聖戦士の剣を取った。

 巨大な聖戦士の剣は普通、女の手には余るほど重いものだが、

 女性にしては長身の彼女は軽々と背に負いミルグレンの腕を掴み立たせる。



「ここでやれることは私達にはもう、ない」



 何よりも残酷な真実を、女騎士は静かな声で告げたのだった。




◇    ◇    ◇



 アルマナにあるエデン聖教会の神殿についた。



 この修道女達は北の大地では広く知られているようで、

 女達だけで絶望の大地を巡礼する、

 その勇気ある振る舞いは人々の絶大な支持と尊敬の念を集めていた。


 シザリオン・レナーテはその一行のリーダーとして神殿でも祭壇に立つなど忙しい日々を過ごしていたが、それでも時間があるとミルグレンの元を訪れてくれた。


 ミルグレンは神殿に辿り着いてから一時臥せっていたのだが、徐々に健康を取り戻しつつある。


 その日、少しでも身体を動かそうとベッドから下り礼拝堂に行くと、中にはシザリオンとマグノリアがいて、次はクレナド王国の方へ行くつもりだということを話していた。


「第四次救世軍の出発が延期にならなかったら、クレナドの様子を見て来てもらってから向かおうと思っていたのだけれど……この際仕方ないわね。また危険な旅路になってしまうわ、きっと……」


 マグノリアは使い魔である赤蝙蝠を腕に留まらせその毛を撫でながら言った。

「私は行くよ」

 短いが、迷いの無い声だった。

「でも」

「こんなご時世じゃ安全な場所なんかどこにもない。気にするな」

 マグノリアは歩き出す。


「いつも、何も返せなくてごめんなさい」


「別に見返りを求めてお前に同行しているわけじゃない。他の連中もそうだよ」

 シザリオンは小さく笑んだ。


「……ありがとう、マグノリア」


 やって来たミルグレンに気づき、彼女は穏やかに挨拶をする。


「マグノリアはクレナド王国の正式な騎士だったの。

 本当はきちんとした報酬と名誉と目的を与えなければならない方なのに……何もいらないと受け取ってくださらないの」


 若干困ったように彼女は笑ったが、マグノリアは礼拝堂の木の椅子に腰掛けて自分の長い髪を結い直している。

「国の仇を執るならぜひ救世軍に参加してほしいと聖都から声が掛かっているのに。

 ……とても名誉な仕事よ」


「王族は死んでもう国は存在しない。

 だから私はもう国の為に剣を取ることはないよ」


「でも、私達を助けてくれているわ」

「他の誰よりもお前は危なかしくて見てられない」


 二人の遣り取りを見ていたミルグレンがくすと笑った。

 シザリオンはそれを見て安堵したようだ。

 大切な人を失い、少女は永遠に笑顔を失ってしまったのだろうかと思ったから。


「やっと笑ってくれたわ」


「ううん。『わたしたち』に少し似てたから……」



 本当に、国も名誉もなかった。

 正しいことをしていても、見返りは何も求めなかった。

 ただ、それぞれが望む場所にあったのだ。



「そうだわ。まだ貴方の名前も聞けていなかったわ」


 礼拝堂の天井を見上げていたミルグレンが振り返る。




「………………、メリク」




 彼女は言った。

 そして微笑む。



「私はサダルメリク・オーシェ」




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