心の、基柱の
姉様が魔族にされた。
姉様が神父様を殺した。
姉様が教会の施設を破壊した。
姉様が全聖騎士から狙われる立場になった。
……全部。全部あいつのせいだ。
☆
教会の本部が魔族に襲撃され、研究施設が破壊、神父も一名殺害された。この前代未聞の醜聞に対して、教会は黙っていなかった。襲撃者の魔族を討伐対象として全聖騎士に通達した。
あたしが、いくらその魔族は姉様で魔神に騙されていると訴えても、誰も聞き入れてはくれなかった。
「おい、大丈夫かよ……」
「何がですか」
頼んでもいないのに心配そうに話しかけてくる男。先輩だ。団長たちに抗議を続けた結果謹慎になったあたしを、先輩は度々訪ねてくる。その優しさは、今のあたしには鬱陶しいとしか思えない。
「お前のことに決まってるだろ」
「大丈夫なわけないじゃないですか。姉様がいなくなってから、ずっと……」
本当に、先輩には早く帰ってほしい。辛く当たってしまうから。こんな姿、姉様に見られたら怒られるだろうけど。でもしょうがないのだ。姉様がいないだけで、あたしの中から他人の優しさを受け取るような余裕はすべて吹き飛んでしまったのだから。
「……それで、だからなんです? 先輩にどうにかできるんですか?」
「それは……いや。今日はお前に伝えることがあってきたんだ」
「伝えること……? そういうの、禁止されてたはずですけど」
そもそも、謹慎中のあたしに先輩が訪ねてくること自体がダメなのに、そのあたしに情報を渡すのはもっとアウトだ。
「そうだが、お前には伝えておくべきだと思ってな」
「……なんですか」
「例の魔族による襲撃が、また起きた」
「っ!?」
「どうもまたよく分からん施設が破壊されて、責任者が殺されたらしいが……」
「…………姉様……」
例の魔族。姉様。なんで、どうして。いや、そんなの決まってる。魔神スティーア。あいつのせいだ。あいつに騙されて、姉様はやりたくもないことをさせられているんだ。
「あのな、トリア……俺は正直、その魔族がカトルだってのは信じてねぇ。だが、もしそうだったとして……人間が魔族にされるなんてことが本当に有り得るとして、教会に攻撃を仕掛けてくる時点で、そいつはもうカトルじゃねぇ。ないだろ……倒すしか」
「黙ってください!」
申し訳なさそうに紡がれる不快な言葉に、思わず拳を叩きつける。
「スティーアさえ……スティーアさえ倒せばきっと、姉様は元に戻る……きっと元の人間に……あたしの姉様に……」
「……トリア」
やっぱり、こんなところで大人しくしている場合じゃない。すぐにでも脱走して、誰より先にスティーアを殺す。そうすれば、姉様が元に戻って、全部解決する。そうだ、それしかない。だったら今すぐに……。
そんな思考が結論へと向かう直前、先輩が沈黙を破った。
「それで、だ。教会は本格的にその魔族を排除するつって、聖騎士を要所に常駐させるそうだ。俺も含めて、な」
「っ……」
「……そんで……もし俺んとこに引っかかったら、お前にも分かるように信号を出す」
「え……?」
聖騎士の『炉』には、仲間に信号を出す簡易的な機能がついている。間に合わなかったとはいえ、姉様がいなくなったあの日に先輩が救援に来れたのも、この機能のおかげだ。それを使って、姉様と遭遇したらあたしに合図を送ると、先輩はそう言っている。
「良いんですか……?」
「正直……このままお前が何もできないまま事態が収束したとしても、お前の現状が改善するとは思えねぇ。真偽はどうあれ、必要だと思ってな」
「先輩……」
その言葉に初めて、あの日以来初めて、視界が開けるような気がした。
「ありがとう、ございます」
「おう」
そうしてあたしは、一抹の希望を抱いて先輩を見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます