言っておくけど俺は一貫して可能な限りハッピーエンドを目指しているぞ!
「……つまり、あなたの目的は……私にトリアと戦わせることだと、そういうことですか……?」
「その通りだ」
「っ……」
『目的』についてかみ砕いて説明すると、カトルはすぐに俺の行動を点と線で繋げたようで、俺の真意を言い当てた。目を逸らさずに肯定すると、カトルの表情が曇る。間違いなく好感度が下がった音がしたが、もう誤魔化しは必要ない。
「でも、ボクだって自分から悲劇を生み出すのは本意じゃない。だからせめて、最終的にはプラスで終わってほしい。何もしなかった時よりもマシであってほしい。だから、失われるはずだった命を使うことにした」
「! それで、私を……」
「真実を教えたのも、キミが教会から離反する理由にちょうどいいと思ったからだ。けれど、キミが知らなければならない事実だと感じたのも本当だ。信じては、くれないかな……?」
魔神スティーアにはあるまじきというか、聞いたことのないような不安げな声がこの喉から響く。間違いなく、『俺』自身の心境を反映した声。どういうわけか、告白をしはじめた時からどうも仕草や口調の補正が弱い。
「いえ……信じます。あなたの行動に、納得できない部分は見当たりません。ですが……」
「……期待には応えられない、と?」
「はい。命を救っていただいたこと……その感謝は忘れません。それでも私は……トリアとは、戦えない」
分かっていたことだ。カトルはそういう子だと。しかし、そうは問屋が卸さない。俺の問題ではなく、カトルの問題で。
「けれど、カトル。キミは聖騎士は存在してはならないと言った。だがトリアは聖騎士だ。その上トリアには事情を説明する気はないと言うのなら……」
「っ……! いずれ、戦うことに……なる……」
その矛盾に思い当たったカトルの表情が歪む。魔族へ変じ教会へ攻撃を始めた姉の言うことを大人しく聞いて聖騎士をやめるなんてことができる妹ではないと、カトルも分かっているんだろう。
……そこで、だ。
「……取引をしよう、カトル」
「え……?」
「一年……二、いや三年。キミはボクの眷属を演じてそのように振る舞い、トリアと適度に戦う。その三年を全うすれば、好きなタイミングでキミを人間に戻し、キミにやったのと同じ方法でトリアから換光炉心を取り除く」
「っ……!?」
一回魔族に変えて、すぐ人間に戻す。すると身体の再構成の際に心臓と一体化している炉心が消える。ほぼバグ技みたいなものだけど、これで安全に聖騎士を普通の人間に戻せるはずだ。
「三年の間、挑んでくるトリアを殺さずに圧倒する。他のことは求めない。教会の施設を襲撃するのも、他の聖騎士を無力化してもいいし、聖騎士の代わりに王国を魔族から守ってもいい。むしろボクがキミに協力する。どうかな……?」
三年……それだけあれば、まぁかなり十分だ。カトル視点でガチの殺し合いにならない部分はマイナスだけど、そもそも魔神だって人間と同じで過度な食いだめはできない。本当に殺してしまって莫大な餌を一度に得るよりも、継続的に供給してくれた方が良いに決まっている。カトルとトリアのような絶好のケースもこの世界では他にないわけではないし、三年あれば次のターゲットを見つけることも容易だろう。完璧だ。
「……トリアは、優しい子です。私が怪我をしてしまった時、真っ先に駆け寄って手当てをしてくれた……」
「……」
「そんなあの子に……聖騎士の真実を伝えることなんて、私にはできない。それでも、私はトリアに……普通の女の子として幸せになってほしい。あの子の分の罪も、私が背負うから……どうか、私のことを忘れて生きていってほしい……」
──無理な願いだ。どれだけ頑張っても、向こうがそれを認めない。
……とは、口にはしない。
「そんな、私のわがままを叶えられるのがあなたしかいないのなら……」
大切なもののために闇へと下るが如き覚悟を決めて、カトルは俺の手を取った。
「──よろしくお願いします。スティーア様」
「うん。よろしくね、ボクのカトル」
ここに、偽りの主従が結ばれた。
☆
──結ばれた後。
「ところで、スティーア様。先の話でまだ疑問が残っているのですが……」
「あぁ、なにかな?」
カトルにはまだ気になることがあるらしい。いや、さっきの説明は結構強引に進めたからそりゃ疑問があってもおかしくないんだけど……態度が。
もうさっきの瞬間からスイッチ入って、もう完全に俺の眷属として振る舞っている。トリアの心を揺さぶるための約束だったんだけど、真面目だ。
「魔神は『目的』を果たすことで存在を維持できる、という話でしたが……それ以外に必要なものはあるのでしょうか?」
お、おう? なんか思ってたのと違う質問だった。前世のこと聞かれるのかと思ったんだが。
「なぜ、そこを疑問に思ったのか聞いても?」
「これからスティーア様のお世話をするにあたって、把握しておいた方が良いと思ったのですが……」
「……お世話?」
めっちゃ役に入り込むじゃん。頼んでないんだが……答えとしては、魔神はマジで『目的』以外の生理的欲求はない。だからお世話は不要である。と口にしようとして。
「いや、魔神の身体は便利でね。『目的』さえ果たしていれば特に必要なものはないんだ。だからお世話は……あぁいや、身体で慰めてもらうくらいしか思いつかないかな」
……おい。セクハラやめろ
「からっ……!? わ、分かりました……その、不慣れなのですが……」
そっちも真に受けるんじゃないよ。
「ごめんね、冗談さ。でもカトルの方から求めるのなら……ではなく、悪いね。張り切っているところだけれど、ボクに世話なんかは必要ない。ここで過ごす間は自由にしていいよ」
「しょ、承知しました。ではもう一つ……『目的』さえ果たしていれば他に何も必要ない、ということは、『目的』を果たし続けている魔神は不死、ということなのですか?」
おぉ、今度は大事な質問だ。不死……ではないな。魔神。寿命はなさそうだけども。
「いや。寿命で消滅するようなことはないけど、不死というのも違うかな。シンプルに、戦って負けたらそこまでだ」
「なるほど……しかし、スティーア様が負けるような相手となると……」
「いるさ。そもそも複数の魔神に囲まれたら厳しいし、人間や魔族にも規格外はいる」
「魔神はともかく、そんな存在が……?」
俺の威圧を正面から受けたことのあるカトルには信じられないみたいだが、まぁいる。いるんだけれども……。
「世界は広いからね。けれど、あまり心配しすぎるようなことじゃない。魔神は狙われにくいんだ。事情を知っている強者ほど、魔神を殺すのを躊躇する」
「躊躇、ですか?」
そう、実力トップレベル界隈においては、基本的に魔神を殺すのはタブー行為なのである。これは別に魔神に支配されてるからとかではなく、合理的に考えた結果。
「この世界に存在できる魔神の数には限りがある、と言ったのを覚えているかな」
「もちろんです」
「正確には、『現界する魔神の数は常に一定』。これが問題なんだ。つまり、魔神を殺すと、新しい魔神が湧く」
「湧く……?」
「世界のどこかに、殺した数と同じだけ魔神が現れる」
俺が転生した時も、多分どっかで魔神が餓死したか殺されたかしたのだろう。ちなみに魔神の具体的な数は分からん。多分三桁届かないくらいだと思われる。
「問題は、どんな魔神が出てくるか分からないところなんだ。それこそ、世界を滅ぼすような厄介者が出てきてもおかしくない。そう考えると、気質や『目的』がマシな魔神は生かしておいた方が良いって、そういう判断になるだろう?」
「たしかに……そうかもしれません」
つまり、善玉魔神である俺が生き残るのは世界に貢献する行為である? OK? ちなみに同じ冠の魔神が出ることもありえなくはないらしい。が、俺が死んで出てくる『愛憎』の魔神は『俺』じゃなければスティーアですらない。どうすんだよマジの愉悦部が出てきたら。やはり俺は生き残るべき。
「では、もしもその厄介な魔神が出てきた場合は……」
「そうだね……生憎若いボクには経験がないんだけど、かつて『殺戮』の魔神が出てきた時は魔神が複数で組んで討伐したらしいね。人間がいなくなると困る魔神は多いから」
つまり、やべーのが出てきたら魔神レイドバトルが発生するのである。こわいね。ちなみにこの出来事は歴史的には一晩で原因も分からず国が消滅した事件として語られているらしい。こわぁ。
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