第20話 三日目 後半

 ブラッドが、ニヤリと笑った。


「でよ。いつまでも俺と運ゲーと主席様とシアラだけが喋ってんのも変な話だろ」


 わざとらしく肩をすくめて、円卓を指でコン、コン、と叩く。


「三日目だ。そろそろ、今までダンマリ決め込んでた連中も、口を開いてくれねぇと困るんだが?」


 円卓のあちこちで、視線が泳いだ。


 沈黙していた五人。

 今まで、ほとんど名前すら出てこなかった面々。


 回復役の少女。

 寡黙な剣士。

 防御魔法特化の土使い。

 索敵と結界が得意な女子。

 そして、いつもヘラヘラ笑っていたくせに何も言わなかった風魔法使い。


 全員、第一階層を生き残った「それなりに強い」奴らだ。


「……っ」


 最初に口を開いたのは、回復役の少女だった。


 栗色の三つ編みを揺らして、小さく手を挙げる。


「わ、私からでもいい?」


 Bクラス中位。

 光と回復魔法が得意な、エミリア・セントレイ。


 いかにも優等生って感じの、真面目そうな顔立ち。


「エミリア。良いわ。話して」


 シアラが促すと、彼女はぎゅっとスカートの裾を握りしめてから、声を出した。


「わ、私は……これまであまり喋らなかったのは、正直、怖かったからです」


 素直な理由だった。


「誰が裏切り者なのか分からない状態で、変なことを言って目を付けられるのがいやで……。でも、昨日と一昨日で一人ずつ、目の前から人が消えて。黙っている方が、もっと怖いって思いました」


 言いながら、エミリアは円卓を一周ぐるりと見渡す。


「私の役割は、回復と補助です。攻撃力はありません。でも、最終日の処刑人戦で、誰かが傷ついたときに、私がいないと困る場面はきっとあると思います」


 その言葉に、何人かがうなずいた。


 回復役は、どう考えても貴重だ。


「だから、私は自分から提案したい。今の段階で、私を吊るのは得策じゃないと思います。……その代わり、黙っているのはやめます。見たこと、感じたことは、全部話します」


 エミリアは、少しだけ息を整えて続けた。


「一日目と二日目。投票の結果を聞いたときの、みんなの顔も見てきました。嘘をついているかどうかなんて、私には分かりません。でも……」


 そっと視線が、二つの席で止まる。


「ブラッドくんと、フォルくんが疑われていた時よりも、ダリオさんの名前が出た瞬間の方が、“ホッとした顔”をした人が多かった、気がします」


 ぐ、と誰かの喉が鳴った。


 それは、たぶん僕の背後のリュシアさんじゃない。

 別の誰かだ。


「……一人目を吊ったときより、二人目を吊ったときの方が、みんな“納得してる”ように見えた。だから私は、ダリオさんが裏切り者だった可能性は高いと思っています」


 エミリアは、最後に小さく頭を下げた。


「以上です」


 思ったより、ちゃんと見ている。


 次に口を開いたのは、寡黙な剣士だった。


 短く刈った黒髪に、鋭い目。

 Cクラス上位、近接戦闘特化。名前はカイル・ローレン。


 いつもは壁にもたれて、何も言わないタイプ。


「……俺も、そろそろ黙ってると吊られそうだから話す」


 正直だ。


「俺の役割は単純。近づいて殴る。斬る。それだけだ。第一階層も、それで生き残った」


 カイルは、円卓越しに僕の方を一瞥した。


「正直に言う。俺は、昨日までお前が一番怪しいと思ってたぞ、フォル」

「ですよねぇ」


 否定できない。


「でも、二日目のダリオとのやりとりを見て、少し考えを変えた。もしお前が裏切り者なら、あそこであんなに突っついて、わざわざ疑いを分散させる必要はない。黙って乗っかって、別の誰かを落とせばよかった」


 カイルは、ゆっくり肩をすくめる。


「俺には、そこまで器用に他人を操る頭はない。だから、論理の話は他の奴らに任せる。俺が言えるのは一つ」


 彼の視線が、円卓の中の一人に向いた。


「あの日、グレンが吊られた時も、ダリオが吊られた時も、ほとんど表情を変えなかった奴が一人いる」


 静かな視線が、土色の髪の男に突き刺さる。


 Bクラス、防御魔法特化。ノエル・バーンズ。


 土壁や石の鎧で味方を守るタイプの魔法使いだ。


「……ノエル。お前だ」


 カイルの指摘に、ノエルは、ほんの少しだけ目を細めた。


「表情を変えないことが、そんなに罪か?」


 低い声だった。落ち着いていて、感情をあまり感じさせない。


「俺の魔法は、壁を作り、防ぐことだ。感情で魔力が乱れたら、守れるものも守れなくなる。だから、普段から顔には出さないようにしている」


 それは、それなりに筋が通っている。


 ノエルは、ゆっくりと円卓を見回した。


「俺も言おう。俺が裏切り者かどうかは、最終日まで誰にも証明できない。だから、役割で判断してくれ」


 土の魔法使いは、淡々と続けた。


「処刑人がどんな奴か知らないが、あの爪を見る限り、“物理的な攻撃”をしてくるのは確かだ。壁は必要になる」


 床に転がった黒い爪を、ちらりと見下ろす。


「少なくとも、今ここで俺を切るのは、処刑人戦のことを考えると悪手だろう」


 また一人、「戦力として必要です論」が追加された。


 続いて口を開いたのは、細身の女子生徒だった。


 銀色のポニーテール。

 制服の袖からのぞく腕には、いくつもの魔法陣の刺青が刻まれている。


 Aクラス下位、索敵と結界術に特化した、ミラ・フォンデ。


「じゃあ、私もいい?」


 ミラは、円卓の上に肘をついて、顎に手を当てる。


「フォルの仮説は、私もおおむね賛成。処刑人が爪を落としたのは、ダリオが裏切り者で、その結果として弱体化した証拠。これは、情報として使える」


 彼女の声は、分析的で、どこか冷たい。


「それと同時に、確認しておきたいことがあるわ」


 ミラは、ゆっくりと僕を見た。


「一日目。あなたは“全員でフォルに入れるのは裏切り者にとって一番ぬるい展開だ”って言った。二日目は、ダリオを追い詰めて吊らせた。結果として、処刑人は弱体化した」


 指先で、円卓の上の名前をなぞる。


「ここまで来ると、あなたは『裏切り者を一人は処理させた』功労者、ってポジションにいる。だからこそ、第三夜以降、“油断してあなたを疑わなくなる”人が増える」

「光栄ですねぇ」

「だから警戒する」


 ミラはきっぱり言い切った。


「私は、フォル・エルノートを『一度裏切り者を落とした功労者』として評価すると同時に、『自分の疑いを薄めるための高度な自演を平気でするタイプ』としても見ておく」


 リュシアさんが、背後で小さく息を呑む気配がした。


「……つまり、ミラ。あなたの中ではフォルはどういう位置づけなの?」


 シアラが問う。


「最後まで残しておいた方が情報が出る駒」


 ミラは、あっさり答えた。


「処刑人戦の戦力としては微妙。でも、裏切り者だった場合の被害も比較的小さい。だから、最終盤まで様子を見る価値がある。今吊るのは勿体ない」


 はっきりと言われた。

 褒められているのか、貶されてるのか、よく分からない評価だ。


「で、あとは俺か」


 最後に残った風魔法使いが、面倒そうに頭をかいた。


 淡い茶髪をオールバック気味に撫でつけて、眠たそうな目で笑う。


 Cクラス中位、風と補助魔法が得意なレオン・グラッド。


「レオン。あなた、ずっとヘラヘラしてただけで、まともに喋るの初めてじゃない?」


 リュシアさんが、呆れたように言う。


「いやだってさ、主席様。怖い話してる時に明るく喋るのも空気読めねーだろ?」


 レオンは、肩をすくめて笑った。


「でもまあ、そろそろマジで黙ってると吊られる気がしてきたんで、一応言っとくわ」


 彼は、指を一本立てる。


「俺のスタンスは単純。“フォルが生きてると、このゲームが一番面白い”」

「評価軸がおかしい」


 思わずツッコんでしまった。


「だってよ?」


 レオンは、円卓越しに僕を指さした。


「一日目、全員が乗りかけた“フォル吊り”をひっくり返した。二日目、ダリオを追い詰めて、処刑人に爪を落とさせた。ここまでやった奴を、三日目で“じゃあ殺そうか”ってのは、さすがに芸がなさすぎる」


 誰かが、ふっと笑いそうになって堪えた。


「裏切り者でも面白い。味方でも面白い。だったら、ギリギリまで残しておいて、最後の最後まで踊ってもらった方が、見てる側としては楽しいだろ?」


 完全に観客目線の発言だった。


「……レオン」


 シアラが呆れたようにため息をつく。


「あなた、本気で生き残る気あるの?」

「ありますよ? だからこそ、“処刑人戦までに必要なタンクと火力と回復”は残したいと思ってる」


 レオンは、ノエルとカイルとエミリアを順番に顎でしゃくった。


「防御役のノエル。前衛のカイル。回復のエミリア。遠距離火力と索敵のシアラとミラ。で、意味分かんねぇ運ゲーと、狂犬ブラッドと、ラスボス候補のリュシア様」


 円卓を一周して、ニヤリと笑う。


「ぶっちゃけ、誰を切っても惜しいメンツしか残ってねぇよ」


 それは、ある意味で真理だった。


 ここまで生き残った八人は、誰も「完全なハズレ」ではない。


 誰かを吊るたびに、処刑人戦の戦力は確実に落ちていく。


「だからこそ――」


 レオンは、指で円卓を軽く叩いた。


「今日の投票は、“裏切り者っぽさ”だけじゃなく、“自分が一緒に最後まで戦いたいかどうか”でも決めるべきだと思ってる」


 妙に真面目な結論だった。


 沈黙していた五人が、順番に口を開いたことで、円卓の空気は一気に変わった。


 それぞれの役割。

 それぞれの生存戦略。

 そして、それぞれの「恐怖」の形。


 全員が喋った。


 全員が、「自分はここにいる意味がある」と主張した。


 だからこそ、誰かを切らなきゃいけない。


 学園長の声が、タイミングを見計らったように落ちてくる。


『ふむ。良いね。だいぶ、互いの“顔”が見えてきたようだ』


 天井の魔法陣が、柔らかく光る。


『では、三日目の投票の時間だ。主たち八人――心に、一人の名を思い浮かべたまえ』


 円卓の上に、再び名前が浮かび上がる。


 フォル・エルノート。

 ブラッド・ガードラン。

 シアラ・ルーメン。

 ノエル・バーンズ。

 カイル・ローレン。

 エミリア・セントレイ。

 ミラ・フォンデ。

 レオン・グラッド。


 ここから、さらに一人が消える。


 僕は、ゆっくりと息を吸い込んで、掌を円卓に置いた。


 誰の名前を、思い浮かべるか。


 それが、今夜の「鍵のかからない部屋」を決める。

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