第19話 三日目の昼 前半

 三日目の朝は、みんな少しだけ静かだった。


 グレンが死んで、ダリオも死んだ。


 主が二人。奴隷も二人。


 二組分のルーンが、この塔から消えた。


 円卓の席も空いたまま、誰も座ろうとしない。


 残っているのは、主が八人。奴隷も八人。


 処刑人は、爪を一本落としていった。


 弱ったのかどうかは、さっき僕が口にした仮説どまりだけど、それでも「何かが減った」って事実は、全員の頭の中に残っている。


『さて、三日目だ。そろそろ君たちも、自分たちの削り方について真剣に考える頃合いだろう』


 天井の魔法陣から、学園長の声が降ってきた。


『繰り返すが、最終日に処刑人を倒せなかったチームは全員失格だ。五日目までに、裏切り者を始末し、処刑人を倒せる体制を君たち自身で整えなければならない』


 その「整えなければならない」の部分を、やけに楽しそうに強調する。


『コングラチュレーション。君たちは優秀だね。昨晩、処刑人は誤って仲間を傷つけたことで、爪をもいでしまった。しかし、裏切り者はまだいるんだ。裏切り者を見つけることができれば、その者のが死んだ時点で、生き残った者たちの勝利だ』


 学園長が、僕の言葉を言語化してくれた。


 どうやら正解だったようだ。


『では、話し合いたまえ。今日も投票の時間はやってくる』


 魔法陣が静かに光を弱める。


 ホールには、八人分の呼吸音と、重たい沈黙だけが残った。


 誰かが、咳払いをする。


「……とりあえず」


 ブラッドが、椅子の背にもたれながら口を開いた。


「学園長の言葉を信じるなら、裏切り者は最低一人は死んでる。処刑人は弱った。だが、五日目までに裏切り者を見つけても俺たちの勝ちだ。今日で決めてやる」

「そうね」


 シアラが腕を組む。いつもの冷静な目だ。


「今までは『裏切り者を探す』という名目は強いままだけど、これから先は、『最終日に勝つために、誰を削るか』という視点も加わる」


 その通りだ。僕は円卓の上に視線を落とした。


 フォル・エルノート。Zクラス。基礎魔法四つだけ。固有魔法は運を上げるベットシフト。


 僕の背後には、Aクラス主席、氷の女王リュシア・フロストリア。


 この組み合わせは、戦力だけ見れば、この場で一番歪だ。


 僕が死ねば、リュシアさんも一緒に消える。


 これまでの二夜を見れば、それはほぼ確定事項だ。


 だったら、ここで言っておいた方がいい。


「……じゃあ、一つだけ、僕からも言っておきたいことがあります」


 全員の視線が、ぴくっとこちらを向く。


 僕は、あえて肩の力を抜いた声で続けた。


「僕を吊るのは、今のところ、最悪の手だと思います」


 ブラッドが、露骨に顔をしかめた。


「お前、自分で言うかそれ」

「言いますよ。だって、誰も言ってくれないじゃないですか」


 リュシアさんの気配が、背後で一瞬だけ揺れる。でも、止める気配はない。多分、僕が何を言うか、だいたい予想している。


「理由は簡単です」


 僕は、振り返らずに彼女を親指で示した。


「僕が死ねば、この場で一番の戦力であるリュシア・フロストリアさんも一緒に消えます」


 ホールの空気が、すこし固くなった。


「……それは、まあ、そうだな」


 シアラが、少しだけ眉を寄せる。


「これまで二人の主が死んだ時も、奴隷は跡形もなく消えていた。ルール上、『主が処刑人に殺された場合、奴隷のルーンは除外される』のは確定している。つまり」


 僕は、淡々と続けた。


「僕=ゴミ戦力を切ると同時に、リュシア=トップ戦力を切り捨てるって選択になるわけです」

「自分でゴミって言えるのは、ある意味強いわね」


 リュシアさんが、乾いた声でぼそっと言う。事実だしなあ。


「五日目、処刑人と戦う時のことを考えましょう」


 僕は、指を三本立てた。


「学園長が言ったとおり、裏切り者を見つければ早々にこのゲームは終わる。もしくは、裏切り者とともに五日目までに三人の犠牲者を増やして、主人四人と奴隷四人で処刑人に挑むのか? その時にリュシアさんの戦力は大きいと考えます」 


 三日目で、僕とブラットの発言が多かったこともあり、他のメンバーが話を聞いてくれる。


「処刑人の強さがどれくらい落ちてるかは分かりません。裏切り者が本当に全滅したかどうかも分かりません。それでも、『最終日にまだ驚異的な敵が一体残っている』という前提で準備するべきです」


 僕は、円卓をぐるりと見回す。


「その時に、氷の女王を欠いた状態で戦いたいですか?」


 誰も、すぐには答えなかった。


 ブラッドが、舌打ちを一つ落とす。


「……まあ、リュシアがいねぇと、勝率は確実に下がるな」

「そこは認めるのね」


 リュシアさんが、少しだけ目を細める。


「お前、氷塊の中で暴れてた黒狼、見ただろ」


 ブラッドは肩をすくめた。


「正直、俺が正面からぶつかって、お前に勝てる気はしねぇ。処刑人も似たようなもんだとしたら、リュシアは必要だ」

「つまり、僕とリュシアのペアをここで切るのは、全員の首を絞めることになります」


 僕は、きっぱりと言った。


「裏切り者がどうこう以前に、単純に戦力の話として」

「……それはそうかもしれないけど」


 シアラが、テーブルを指でとんとん叩く。


「じゃあ、誰が適任だと言いたいの?」


 そこだ。全員が、そこから目を背けたいであろう場所。


「今までは、変な言い方ですけど、『どうせ誰かが死ぬなら、そこそこ惜しくない人』を選んできたと思うんです」


 グレン。中堅の盾役。真面目で、でも飛び抜けてはいない。


 裏切り者らしいダリオ。


「でも、もうそれは通用しない」


 僕は、指を二本に減らした。


「残り三日で、裏切り者を見つける。それ以上を犠牲にするかどうかは僕らの投票次第です」


 ブラッドが、眉をひそめる。


 僕は彼女を挑発するように肩をすくめる。


「今日、誰かを吊る。明日、誰かを吊る。五日目の朝には、主が六人以下になっている可能性だってある。処刑人の強さがどれだけ落ちてても、数は重要でしょう」


 シアラが目を細めた。


「つまり、あなたはこう言いたいのね」

「今日の投票で誰を選ぶかが、処刑人戦に連れて行くメンバーを決める選抜会になるってことよ」

「よくまとめてくれました」


 僕は笑った。


「だったら、基準は二つになると思います。一つ、裏切り者を全力で特定する。二つ、処刑人戦で必要な戦力かどうかを決める」


 誰かが、小さく息を呑んだ。



「逆に言えば、『戦力として必要』で、『裏切り者っぽさも薄い』人は、今のところ候補から外した方がいい」

「たとえば?」


 シアラが、試すような目で聞いてくる。


「僕とリュシアさんのペアとかですね」

「自分で言うな」


 ブラッドが、呆れた声を出す。


「でも、理屈としては整ってるわ」


 シアラが、珍しくあっさりと認めた。


「第一階層で彼女が見せた実力、今までの言動、そして処刑人戦での必要性。フォル・エルノートに関しては、裏切り者として疑うよりも、『変な賭けが好きな底辺』として扱う方が妥当に思える」

「ひどい言われようですけど、否定はしません」


 本当にひどいけど、否定できない。


「じゃあ、誰が適任だ?」


 ブラッドが、ぐっと身を乗り出した。


「俺か? シアラか? それとも、今まであまり発言してねえ連中か?」


 ホールの空気が、また重たくなる。今まであまり喋ってこなかった、回復役の少女や、無口な剣士たちの視線がざわつく。


「一つ言えるのは」


 僕は、ゆっくりと息を吸った。


「ここまでほとんど発言してこなかった人は、そろそろ疑われても仕方ないタイミングだってことです」


 空気が、ピン、と張り詰めた。


「発言しないのは、裏切り者だから黙ってるのか。それとも、本当に何も考えていないのか。どちらにせよ、材料がなさすぎる」


 そこまで言ってから、あえて続ける。


「でも、だからといって、単純に“静かな人”から順番に吊るのは、処刑人戦に向けて戦力を削る行為になりかねない」

「……じゃあ、どうしろって言うのよ」


 誰かが、堪えきれずに声を上げた。


「あなたの言うことを全部聞いてたら、誰も吊れなくなるじゃない」

「いえいえ」


 僕は首を振る。


「だから、話し合いをしましょうって話です」


 円卓の縁を、指で軽く叩く。


「僕とリュシアさんを候補から外すのは、単純に勝率の問題としてお願いしたいところです」


 これは、はっきり言っておく。


「その上で、残りの六人の中から、『処刑人戦に絶対必要ではない戦力』で、『裏切り者候補としてそこそこ疑わしい人』を探す」


 ブラッドが、ニヤリと笑った。

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