堕天使の明日
猫小路葵
堕天使の明日
「やれよ、天使様」
悪魔は邪悪な顔で笑った。
天界の石畳にうつ伏せで倒され、背中を天使に踏みつけられている。
這いつくばった悪魔は翼を閉じ、抵抗をやめた。
天使は槍を構え、今まさに悪魔の心臓を貫こうとしていた。
けれど天使は苦し気に、その美しい眉をひそめた。
「できない……」
悪魔の闇色の目がぴくりと動いた。
声がした方をわずかに仰ぐ仕草をした。
かつて悪魔も、天使と同じ神の御使いだった。
神の意思に背いたことで反逆者となり、いま“悪魔”として討たれようとしている。
天使は、踏みつけていた悪魔の背中を見つめた。
目の前に過去の光景が浮かんできた。
共に天空を駆けた、あの頃の二人。
光る翼が、対になって舞っていた。
天使は、悪魔から足をおろした。
翼を大きく広げ、片膝をつく。
羽の先が悪魔の頬を掠めた。
天使は悪魔を肩を抱き起こすと、静かに告げた。
「一緒に堕ちよう」
天に雷鳴が轟いた。
天使のこの行いは、決して許されない。
正義は勝たねばならない――それが天界の定めだった。
神の怒りが壁を砕き、カーテンを裂く。
天使の誘いに、悪魔ははじめて狼狽えた。
「おまえ、何を――」
悪魔の声はそこで途切れた。
天使が口づけで塞いだから。
天使の槍から炎が上がり、瞬く間に炭へと変わった。
地鳴りがして、石畳が割れた。
めくれた隙間から空が見えた。
二人は、裂け目から落ちた。
翼はもがれ、全身から色が抜けてゆく。
二人は一つの白い塊となり、落ちていった。
薄れゆく意識の中で、天使は悪魔に問いかけた。
「ねえ、明日は二人で何をしようか」
悪魔は答えた。
「おまえ、まさかのノープランかよ」
天使が最後に笑った。
悪魔も軽口で返した。
「参ったね」
塊はどこまでも白く光り輝き、やがて透き通るように消えた。
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