不思議なファンタジー

嵐の風

『冷たい世界は永遠と』

2018年、世界に奇病が蔓延した。

冷たいものに触れると、人は凍りついてしまう――

その病は、人々の生活だけでなく、地球そのものの呼吸まで変えてしまった。

地球の人口は40億人まで減り、かつての喧騒は、遠い夢のように静まり返った。


だがそのおかげで、飢えや貧困に喘ぐ者はいなくなった。

人類にとって、人口減少は不幸の中の微かな救いだった。


その世界で生きる人々は、互いに触れることをやめた。

冷たさが、命の終わりを意味する。

手袋や防護服で身を守っても、誰もリスクを冒す者はいなかった。


「寒い……」


吐く息は白く、冬の霧のように空へ溶けていく。

少女の頬と鼻は赤く染まり、震える手は妹の小さな手をそっと握った。


「ねぇねぇ?」


妹は手袋越しに少女の手を握り、瞳で問いかける。


「どうしたの?」


少女は冷たい空気に焼かれた頬を微笑みで隠し、静かに答える。


「最近、寒くなったよね……」


「うん……もう、夏なのに、寒いね」


少女は知っていた。病が流行してから、世界は季節さえも壊れてしまったことを。

曇った空は灰色の絵具で塗りつぶされたようで、太陽の暖かさなど遠い記憶だった。


姉妹は白く濁る空の下を歩き、家の扉を開けた。


「ただいまー」


冷え切った家の中に二人の声が響く。

土足のまま上がる音が、静寂を少しだけ揺らした。


「ねぇ……これ、脱ぎたい」


妹は首のマフラーを手で握り、目で少女に訴える。


「ダメだよ」


少女はしゃがみ込み、手袋越しに妹の顔を撫でる。

そしてマフラーとニット帽を手で掴み、目で「まだ」と告げた。


妹は小さく鼻をすする。

涙の光がほんの少し、寒い光の中で瞬く。


「さあ、ご飯の準備するよ」


少女は元気な声を振り絞り、棚から紙コップ、プラスチックのフォーク、一枚の紙を取り出す。

沸かしたお湯をフォークにかけ、余りは紙コップに注ぐ。


妹は左手に抱えた人形をぎゅっと握り、静かに見つめていた。


少女は缶詰を開け、フォークで紙の上に中身を落とす。


「ご飯できたよ。食べよ」


「……うん」


妹は小さく頷き、少女に抱かれながら椅子に座る。

二人は手袋越しに手を合わせ、静かに食事を取った。


食後、二人は寄り添って眠った。

少女の胸は不安で締めつけられる。

寒さだけではない――この世界には、もう誰も助けてくれる人はいない。

孤独と沈黙が、部屋の空気に絡みついていた。


やがて少女は目を覚ます。

妹は胸元で眠り、両手で人形を抱えていた。


少女はそっと毛布をかけ、ベランダへ出る。


「ふぅ……」


吐く息が白く、冬の霧のように舞う。

夜空は深い黒で、星の光がかすかに瞬く。

その光は、少女の涙を通して、いつもより美しく輝いた。


部屋に戻ると、妹の姿はもうなかった。

声も出せず、少女は手を揺らしながら探す。

息が荒くなり、体温が冷たく、そして重くなる。

目に映るのは、モーフ、人形、そして自分の白い息だけだった。


少女は知っていた。妹は両親の元へ行ったのだ――

それだけで、一人じゃない。家族みんなが、少しずつ一緒にいられる――


安堵と孤独が、少女の胸を同時に満たす。

手を伸ばし、そっと触れると、冷たくもわずかに温かい感触があった。


少女の体は徐々に冷え、光を失っていく。

目を閉じ、息を止める。


それから数日、数か月、数年――

地球は静寂に包まれ、人類の声は完全に消えた。

風だけが、凍てついた大地をなで、遠い星々の光が、冷たい世界をやさしく照らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る