第42話 も、モテたい

冬の空気がまだ冷たい土曜日。

俺は、なぜか一人で駅前の美容院の前に立っていた。


(……マジで来ちゃったよ。)


理由は単純だ。

昨日、黒木にあっけらかんと笑顔で言われたからだ。


「晃大! ツーブロにしろって! 絶対そっちのが似合うから!」


あのテンションに押し流される形で、気づけば予約まで取っていた。


(ツーブロ……ツーブロックって、これで合ってんだよな?

 よくわかんねぇけど、とりあえず切るしかない。)


店のドアを開けると、暖かい空気とシャンプーの匂いがふわっと広がる。


「いらっしゃいませ〜。あ、斎木くん? 初めてだよね?」


声をかけてきたのは担当の **海野(うみの)さん**。

胸元に「UMINO」と書かれた名札、優しそうな雰囲気の人だ。


席に案内され、ケープをかけられる。

鏡に写った自分の緊張顔がひどい。


海野「今日はどんな感じにしたい?」


俺「えっと……ツーブロ、で。」


海野「あ、ツーブロックね! うんうん、いいじゃん。どのくらい刈る?」


(刈る……?)

聞かれた時点で既に想定外。


俺「え、えっと……えー……普通で。」


自分でも何を言ってるかわからない。

海野さんは笑いながら、


海野「了解。じゃあ校則に引っかからない範囲で、爽やかにしてみようか。」


(助かった……。)




バリカンの「ブイーン」という音が耳の横で響く。

くすぐったいような、緊張するような不思議な感覚だ。


海野「中学生だよね? 部活してるの?」


俺「はい……野球です。」


海野「へぇ、野球! じゃあ髪短くするの慣れてると思ったけど、そうでもない?」


俺「え、いや、その……ツーブロは初めてで……」


海野「ふふ、そうだよね。最初は怖いよ。

   でもね、似合うと思うよ。顔立ちスッとしてるし。」


(ほ、褒められてる……?)


普段男だらけのグラウンドで生きてるせいで、こういう褒め方に弱い。


海野「それでさ、なんでツーブロに挑戦しようと思ったの?」


来た。

来たぞ、核心。


(黒木に言われまして、なんて恥ずかしくて言えねぇ……!)


俺「えっと……友達に……すすめられて。」


海野「あ〜なるほど。友達に『モテたいの?』とか言われた?」


手が止まった。


(モテ……!? な、なんでそんな直球聞くんだよ!!)


俺「あ、いや、その……そ、そういうわけじゃ……」


声が小さすぎて、自分でも何言ってるかわからない。


海野「え、今なんて? もしかしてモテたいの?」


ニヤッと笑われ、完全にペースを持っていかれる。


俺「ち、ちが……なくはない、というか……ちょっと……」


(言っちゃったーーー!!!)


海野「かわいいな〜! 中学生って素直でいいよ。

   よし、じゃあ“ちゃんと似合うツーブロ”にしてあげるよ。」


恥ずかしさで死にそうだが、悪い気はしなかった。




仕上げのドライヤーが終わり、海野さんが鏡の前に立つ。


海野「はい、できたよ。どう?」


俺「……あ、えっ……」


思わず声が漏れた。


いつもより軽い。

横がスッキリして、上の髪が少し立って見える。

前より背筋が伸びる感じさえする。


(……なんか、変わった……?

 いや、これ……わりと……カッコいいんじゃねぇの?)


海野「お、嬉しそうな顔してるじゃん。

   その感じなら、明日学校でウケるんじゃない?」


俺「……っ!」


図星すぎて返事が詰まる。


海野「気になる子でもいるんでしょ?」


俺「っ……!!」


(なんでバレんだよおおおお!!)


顔が熱くなるのを必死に隠しながら、お金を払い、店を出た

外は夕方の金色の光。

髪が風になびくのが、いつもより気持ちいい。


(明日……学校行くの楽しみじゃねぇか……。)


三浦ほのかが何か言ってくれるかな。

気づくかな。

からかわれるかな。


胸がバクバクしているのに、それが全部嬉しい。


(黒木……言われた通りにしてよかったわ……。)


歩くスピードがいつもより自然と速くなる。


明日の登校が、待ちきれない


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