第27話 最終兵器

宇治が一塁に立っていた。


あの緊張の中で、ファーボールをもぎ取ったのは本当にすごい。

俺はベンチ横から思わず跳ねて喜んだ。


「ナイス選球!!!」


宇治は軽く親指を立てて笑った。

あの余裕、本当に尊敬する。

そして、

スコアボードの打順が “最初” に戻る。

** 一番・樋口 **

その瞬間、宝塚シニアのベンチが動いた。


「和田、行くぞ。」


一年生とは思えない落ち着きで、

宝塚の“秘密兵器” 和田がゆっくりマウンドへ歩き出す。


相手応援席が一気にざわめいた。


「一年で和田出してきた…」

「これは勝ちにきたな…!」


和田は宝塚シニアの中でも別格。

ただ投げるだけで球威があるタイプ。

マウンドに上がると、

軽く腕を回し、

キャッチャーの古谷と短く頷き合う。


試し投げ――

バッシィィィン!!!


ミットが爆発したような音がした。

球が、伸びる。消えるように。


(120キロ軽く出てる…

 いや、もっとあるかもしれない…)


藤本シニアのベンチにも緊張が走る。

樋口が深呼吸してバッターボックスへ入った。

和田は初球から躊躇がない。


――ズバァァンッ!!

高めいっぱいのストレート。

見逃しストライク。


「速い…!!」


樋口の声が聞こえた。

宇治は一塁から小さくリードしつつ、

俺の方を向いてニヤッと笑う。


(走る気満々かよ…)


だが和田、微動だにしない。

プレッシャーにも揺れない。

林が構えを低くし、

二球目のサインを出す。

和田は小さく頷き――


――ズドンッ!!

低めいっぱい、完璧なストレート。

これには樋口も手が出ない。

ツーストライク。

宝塚応援席が湧く。


「いくぞ和田!!」

「仕留めろ!!」


樋口は一度バットを握り直し、

全力で集中する。

(頼む…出塁してくれ…

 宇治を返すのは、上位打線しかいない…!)


そして――

三球目が放たれた。

――ゴッ!!

打った!

だが、詰まっている!

上がった打球は三塁手の正面――


「落ちろッ!!」


祈るように見つめたが、

三塁手がほとんど動かずに片手で捕球。

ワンアウト。

宇治は戻りながら、

俺の方に苦笑い。


「うわぁー…速すぎて無理だわ、あれ。」


一番・樋口が倒れ、

ベンチの空気は一段階重くなった。

だが――


まだ宇治が一塁に残っている。

二番の中山がゆっくり打席に向かった。

背番号“6”。

普段は冷静だが、

さすがに和田の“あの球”を見て表情が硬い。

キャッチャーの古谷が構えたのは外角高め。

和田は足を上げ、

無駄のないフォームで投げ込む。


――ズバァァァン!!!


ストライク。

中山、完全にタイミングが遅れている。


「速っ……」


ベンチから小さな声が漏れる。

和田は淡々と、

二球目も同じコースへ。


――ビシィッ!

バットが空を斬る。


ツー・ストライク。

宇治がリードを少しだけ広げる。

だが、和田は気づきもしていない。


(この人…一年生でこれはおかしい…

 才能が違いすぎる……)


そして三球目。

林が低めに構えた。


――ズドンッ!!!


完璧。

ボールが地面をかすめるほど低いのに、落ちない。

中山、手が出ない。

三振。

宝塚側の拍手が響く。


「ナイスボール!!」

「決めろ和田ぁ!!」


藤本シニアは沈黙した。

(ヤベぇ……

 本物だ…この投手……)


三番・小谷がバットを握り直す。

パワー型で、ホームランも狙える男だ。


だが――

顔は真っ青だった。

和田は表情一つ変えず、

帽子のつばを触り、

軽く深呼吸。

古谷のミットが、

ど真ん中に置かれた。


(え、ど真ん中……?

 舐めてる…?)


全員が息を呑んだ。


和田が振りかぶり――

――ズバァァァァン!!


ミットが悲鳴を上げた。

小谷、振った。

だが空振り。


「うそだろ……」


球が速すぎる。

ただそれだけだ。

二球目、またど真ん中。


――ズバァンッ!!


小谷のスイングは完全に置いていかれる。

宇治が一塁で苦笑いしていた。


「いや、無理だってこれ……」


俺も気づいていた。

これ、手を出せる人間の球じゃない。

林が構えた。

三球目は外角低め。

和田のフォームが一瞬だけ力む。

最後の球。


――ゴォッ!!!


見えなかった。

小谷は反応すらできないまま――


三振。

二者連続三振。


宝塚シニアのスタンドが揺れた。


「よっしゃあああ!!」

「一年でエース超えとる!!」


藤本シニアは立ち上がれなかった。

俺は、ベンチから動けなかった。

(これが……

 全国レベルの“本物”かよ……)

和田はマウンドを降りながら、

少しだけこちらを見た。

その目は――

戦い慣れた“投手”の目だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る