第3話 夏の初戦

家に戻ると、部屋の空気は暑いのに、

胸の奥はひどく冷えていた。

今日のノック……

最初の一球だけ神がかったのに、

そのあとはミスの連続。


「調子極端」


ウィンドウに出たその言葉が、

頭の中でじわじわ広がる。

確かに、俺らしい。

いい時はいい。でも崩れたら連鎖する。


一年生の今まで、

ずっとそうだった。


バッグを床に置くと、汗の匂いがふっと上がる。

その匂いだけで胸がぎゅっと締めつけられた。

「……明日、大会か」

三年生にとっては最後の夏。

一年の俺には、本来まったく関係ないはず。

それなのに。


今日、あの動きで先輩たちがざわついたのを見て、

期待されてるかもしれないと、少しだけ思ってしまった。


いやいやいや、調子乗るな俺。

ちゃんと自分に言い聞かせて、

ベッドに倒れ込む。

だが——


ピコン。


またウィンドウが開いた。


ーー通知ーー

《精神状態:緊張(弱)》

《睡眠推奨:明日への備え》

《任意ミッション: “明日の夏を、逃げない”》

報酬:???


「……やめてくれよ。プレッシャー与えてくんなよ……」

なのに、胸の中が少しだけ熱くなる。

逃げたくない。


そう思ってる自分が、間違いなくいる。

翌朝(7月某日・大会当日)

蝉の声がうるさいほど響く朝だった。

玄関を出ると、

もう夏休みの空気みたいにムワッと熱気が押し寄せる。


バッグは軽い。

緊張か、ステータスのせいかはわからない。

自転車をこいでシニアのグラウンドに向かうと、

すでに三年生たちが真剣な顔でアップしていた。


一年の俺は、当然端の方で準備する。

そんな時、

宇治が駆け寄ってきた。


宇治:「よ。昨日よりマシな顔してんじゃん。」


佐藤:「……してるか?」


宇治:「うん。まぁ、ミスりまくった一年が今日守備固めのベンチ入りってのはすげぇよ。」


佐藤:「え?」


宇治:「監督が言ってた。“レフト守れる奴置いときたい”って。お前の走力、昨日見て評価変わったんだよ。」


一瞬、息が止まった。

俺が……ベンチ入り?

一年の夏なのに?


宇治は肩を軽く叩いて笑った。


宇治:「調子極端でも、ハマれば強いって監督が言ってたぞ。」


その言葉が、妙に響いた。

ミーティング前、監督が全員に告げる。


山田監督:「……一年の佐藤。」


呼ばれた瞬間、胸が跳ねた。


山田監督:「今日の試合……終盤、守備固めでレフトに入れる可能性がある。

理由は一つ。お前の“追いつく力”は本物だった。」


ざわつく空気。

三年生の視線。

二年の先輩たちも驚いている。

俺は、無意識に背筋が伸びていた。


山田監督:「ただし——ミスが続いたら即交代だ。それだけ覚悟しておけ。」


佐藤:「……はい!」


声が震えた。

でも、ちゃんと出せた。

その瞬間、ウィンドウが開く。


ーー特別クエストーー

《初戦:守備固めとして役目を果たせ》

《条件:①打球に追いつく ②暴投しない ③メンタルを崩さない》

《報酬:???》


……よし。

俺、一年でも戦っていいんだ。

逃げる理由なんて、

もうどこにもない。

宇治が横で小さく笑う。


宇治:「なぁ晃大。守備固めってのも、カッコいい役割だからな?」


佐藤:「……あぁ。絶対やってやるよ。」


蝉の声が響く中、

初めて“自分の夏”が始まった気がした。



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