アラン―輸送される兵士―
「オレ、故郷に帰ったら結婚するんだ」
隣に座っていたアランが不意に語り始めた。
「そうか」
俺は素っ気なく応じる。一世一代の決意なのかもしれないが、俺にとっては無骨なトラックの荷台に痛めつけられているケツのほうが大事だった。
このトラックは兵士を雑に移動させるための軍用車両である。荷台には俺を含めて十名ほどが乗せられている。端の方にはリーダーにあたる人がいて、俺とアランのおしゃべりに気づいているが、止める気配はない。黙認してくれるようだ。
「ほら、見ろよ」
アランは俺の方に少し身を寄せ、首元からロケットペンダントを取り出した。簡素な紐に丸っこい写真入れがついていて、アランは写真入れの蓋を開いた。
「彼女だ。オレにはもったいないくらいの美人、ナイスバディで、おまけに性格も良い。写真の写りで分かるだろ?」
俺は写真に詳しいわけじゃないが、よく撮れていて感心した。
「いい写真だな」
率直な感想を口にする。アランも満足げで、口元を緩ませた。俺も少しだけ口が軽くなる。
「被写体だけじゃないな。撮った人も相当の腕だ。じゃなきゃ、ここまでいい写真にはならない」
「オレが撮ったと言いたいが、悔しいことに撮ったのは彼女の兄でね。いつかは俺の方がいい写真を撮ってみせるさ。まだ半世紀以上、彼女と一緒に過ごすつもりだからね」
喜びと自信と未来への期待。アランは少年のように瞳を輝かせる。
その時、大きめの石でも踏みつけたのか、トラックが大きく揺れた。
「おっと。……道が荒いな。これじゃケツがいくつあっても足りないよ」
アランとの明るいトークに水を差され、俺は少しムッとした。だが、アランは以前、笑みを浮かべていた。
「オレは嫌いじゃないがね。彼女に熱く求められた夜を思い出す」
男と男の会話である。気を許した証拠でもある。
「おいおい。禁欲生活なんだ。耳に毒だからほどほどにな」
「彼女は情熱的で、寂しがり屋でね」
「ははは。妬けるよ」
俺は少しだけ昔を思い出した。
「……俺には寂しがり屋の妹がいてね。ガキの頃は俺の後ろにずっとついてきていた。俺に似ずに可愛く育ってくれてさ。あいつのウェディングドレス姿を見るのが、俺の夢なんだ」
「二人とも、そろそろ止めないか」
どうやら盛り上がりすぎてしまったらしく、俺とアランの会話にリーダーが割って入った。
「隣で、彼女あるいは妹さんが恥ずかしさから今にも死にそうに悶えている。戦争終結で前線から帰還するタイミングで話す内容でもないだろうに。あと半日ほどで故郷に戻れるのだから、続きは三人でやってくれ」
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