数千幸恋~数千文字の幸せな恋~
弗乃
理系浪漫
「ねえ、今日は何の日か知ってる?」
一緒に朝食を食べていた夫に聞いてみる。何でもない朝の日常会話だ。
結婚してしばらく経つ夫婦だったら、あれこれ考えてドキッとしてしまう質問かもしれない。誕生日だったか、結婚記念日だったかって。だが、彼は冷静だった。私たちが新婚だからかもしれないし、彼がそういったものを大事にする性格だから耐性があるのかもしれない。
「ん。ん。ごめん。……なんでもないと思うけど?」
壁掛けの大きなカレンダーを睨み、首を二回ほど左右に揺すってみたが、答えが出なかったようで彼はギブアップを宣言した。
私は得意満面でネタバラシする。
「へへー。いい夫婦の日でした」
「ああ、そういう」
してやられた、という柔らかい表情で彼が笑った。もう少年という年齢ではないけれど、彼のこの子供っぽい表情の変化が好きだ。
今日は十一月二十二日。いい、ふうふ、の日である。二人だけの特別な日ではなく、一般的なゴロ合わせ記念日だ。十一月は「いい」が確保されているからゴロ合わせが楽で、色々な業界が商魂たくましく記念日を作っている。
彼はカレンダーに目線を奪われたまま、スッと指差した。
「僕は明日のほうがいいな。いい夫妻の日」
確かに、十一月二十三日は、いい、夫妻、の日である。「夫婦」と「夫妻」では私の方の担当文字が異なるが、彼なりに思うところがあるのだろうか。
私が不思議がっていると、彼はすぐに続きを話してくれた。
「二十二って数字は二で割り切れるからね。素数の二十三の方がいいよ」
私の想定とは違った方向性だったが、理系の彼らしい答えだった。
定番だなっと思いつつ、私はちょっといたずらっぽく聞いてみる。
「ご祝儀は三万円にこだわるタイプ?」
「いや、三は素数だけど、三万は素数じゃない」
今度は私の考えた通りの返答だった。自分の想像と彼の言動が一致すると嬉しくなる。彼はこういう人だし、こういう人を好きになったんだなって実感できる。
「あと一円足したとして、三万一も素数じゃなかったと思う。そもそも、お金を貰えるなら多い方がいい。四万円の方が嬉しいし、八万円の方が嬉しい。末広がりだし」
ご祝儀八万円は大奮発だが、流石にそのレベルの金額が動く人の心当たりはない。貰える方も、渡す方も。
「んっ、ちょ、ちょっと待って」
突如として彼は神妙な顔になって、少し興奮気味にカレンダーを凝視する。
「三、十一、十九、十三、七……おお! 素数でVができている。素数Vだ。すげぇ」
まだ朝食の時間であるが、おそらく今日これを超えることはないくらい、目を輝かせていた。
ちょっとバカっぽくて可愛いと思う。
私もちょっとだけ乗っかってみる。
「じゃあ、二、九、十六、二十三はどう? 素数、平方数、平方数、素数だけど?」
私も彼と同じ大学の同じ学部出身なので、自覚はないが一応理系出身だ。彼との出会いだって大学の授業のグループ課題だったか学生実験だったか。義務教育の範囲くらいまでなら、特別な数の判別はサクッとできる。
私は内心少し自信があったのだが、彼は唇を尖らせた。
「その下の三十がね。あと、ルールが二つまたがるのは美しくない」
否定されると少しムッとしなくもないのだが、ここで私に迎合したりしないのも彼らしさだと思う。
次の規則を見つけようとカレンダーに目を凝らしてみたが、上と下で七だけ違う、なんて当たり前なことを言いかけたが、ギリギリで踏みとどまった。カレンダーの仕組みくらい小学生でも知っている。
「懐かしいなぁ」
私がまだカレンダーとにらめっこしていると、彼がしみじみ呟いた。
私はカレンダーから彼に視線を戻し、問いかける。
「何が?」
彼は少し言いづらそうに「キモがらないでね」と前置きした。
「実はね、学生の頃、君と話が弾むネタがないかってずっと考えていたことがあってね。学籍番号とか誕生日とか電話番号とか、めちゃくちゃ考えてさ。足したり引いたり、平均したり、もう色々やってね。二人の誕生日の間が七夕とかクリスマスとかだったらドラマチックだけど、全然そんなことなくてさ。何かないか。何かないかって。友愛数とか婚約数とかも調べちゃったり。ん、どうしたの? 顔、赤いけど?」
「な、なんでもない!」
私は慌ててそっぽを向いた。
全く。何でもない朝のおしゃべりだったはずなのに、秘密が一つできてしまった。
私も学生の頃、彼と同じようなことを考えていたなんて。
恥ずかしくって言えたものじゃない。
少し会話が途切れて、私は顔が赤くなっていないか心配だななどと考えていると、彼が言いづらそうに次の話を切り出した。ほんの少し頬を赤く染めて。
「と、ところで、二は素数だけど、二で割り切れちゃうからさ。そろそろ三になってもいいと思うんだけど。僕たち二人」
言いたいことはすぐに分かった。
「双子だと四になっちゃうね」
「貰えるなら多い方がいいって言ったでしょ」
「必死かよー」
私たちは顔を揃って赤らめながら笑った。
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